ぬい変身 ~高校生サバイバルオーディションに参加したら、消えた推しVと再会した件~

 ミツキもユウも、いろいろな対案を出した。
 事情を話して別日に審査してもらうことはできないか? ――できない。役に決まったあとならともかく、オーディションの時点でスケジュール管理のできないやつは、それまでだ。
 この合宿のスケジュールを変更してもらうのは? 一旦撮影を休止し、そのあいだにルイは帰ってオーディションを受け、戻り次第、撮影を再開する。――軽く相談したが、制作の都合上、厳しそうだ。
 ユウは「俺からこんなことは言いたくないけど」と前置きしてから言った。
 
「この合宿を辞退するのは?」
「……それは、したくない」
「なんで?」
 
 ユウの声には棘があった。疑心と失望と反発の棘。
 ルイはその棘をまっすぐ受け止めて答えた。
 
「このオーディションにケチがつくだろ。オレが辞退したあと、誰がグランプリになったって『でもルイが辞退しなきゃ、グランプリはルイだったのに』って言われることになる。そんぐらいの自負はあるよ。そうなったら、おまえたちや、ここまで一緒に頑張ったソウタやダイチに申し訳ない」
「だからイカサマをしたほうがマシだって? おまえが俺たちに『チート』すんなって言ったんだろ? 公正な勝負をしたかったんじゃないのかよ?」
「……」
 
 ルイは黙った。ミツキは、迷いながら口にした。
 
「『公正な勝負をしたかった』からこそ、いちばん苦しいのはルイさんだと思うよ」
 
 ユウは一段声を大きくした。
 
「そうかよ。だったら? おまえはルイの提案を受け入れるのか? わざと負けられてうれしいのかよ?」
「そんなのは嫌だけど……」
 
 ミツキはルイを見た。縋るように、こちらを見つめる瞳。
 どうしても最終審査に出たいのだ。その先にある夢を掴み取りたいのだ。この島のアンバサダーという一年限りの肩書きよりも、はっきりと形のある夢を。
 ルイの希望を叶えて、ミツキが失うものはどれほどあるだろう。失うものがあるとして、それはルイの夢に比べて、守る価値のあるものだろうか?
 ミツキにはわからなかった。
 迷いながら、「もうちょっと考えてみたい」と言った。それは今すぐに結論を出さないという先延ばしのつもりだった。
 けれど、ユウはミツキがルイの提案を受け入れたと思ったようだった。あるいは、受け入れるかもしれないという可能性にすら失望したのか。
 
「このイカサマだらけのオーディションのなかで、おまえたちだけはまともだと思ってたのに。俺が馬鹿だったよ!」
 
 ユウは叫んで、部屋を出ていってしまった。乱暴に扉を閉める音だけを、あとに残して。
 
「イカサマだらけのって……どういう意味?」
 
 ルイが呆気に取られてつぶやいた。

*

 急いでルイの部屋を出て、あとを追おうとしたけれど、廊下にユウの姿は見えなかった。自室にもいない。体育館にもいない。
 ミツキの胸に不安が広がっていく。
 一旦、ルイの部屋に戻って相談をした。
 
「さすがに昼メシは食いにくるんじゃないかな……それまで、体育館行ってコレオ進めちゃおうぜ」
「コレオ?」
「振り付けのこと」
 
 それから、ルイは全身で溜息をついた。
 
「結局、オレがおまえらにすることは最初に言ってたのと変わんないのにな。ダンスを教えて、おまえらをオレに勝たせる……ユウはなにが不満なんだか」
 
 きっと、カメラの前で嘘をつくことが、だ。ミツキは昨晩ユウから聞いた話を思い出した。
 十年以上も積み重ねてきた努力に、二日ぽっちで勝てるはずがない。ルイがミツキやユウを勝たせるなら、全員が嘘をつかなければならない。
 それをルイ自身がいちばんわかっているだろうに、だからこそわざと目を逸らしているようだった。彼は、ミツキの初めて見る自嘲を浮かべていた。
 嫌だ、と思った。いつもキラキラと輝いているルイに、そんな顔をさせてしまうことも。カメラの前で嘘をつくことを肯定したと、ユウに誤解されたままなのも。
 でも、どうしたらいいのかわからない。自分にはなにもできないという、馴染み深い諦めがミツキの胸に広がっていく。
 昼食時になっても、ユウは食堂に姿を見せなかった。ミツキは無心に練習を進めようとしていたが、いよいよ不安が募ってくる。
 「気をつけてね」――別れ際にソウタの残した言葉が、耳の奥でこだまする。けれど練習の休憩中に周囲のスタッフに「ユウを見かけなかったか」と尋ねても、黙って首を横に振るばかりだ。
 と、そのとき、「差し入れです」とスポーツドリンクとタオルが差し出された。隣のルイにも、同じように渡される。この合宿のあいだ、差し入れを受けることがなかったから、突然なんだろうと不思議だった。
 手渡してきたのは、朝にルイにいいニュースと悪いニュースを同時に伝えた女子生徒だった。ルイはそれに気づいて、「ありがとな」と親しげな笑みを浮かべる。
 彼女は言い訳をするように、「風を入れてもこの体育館は暑いですから。また熱中症にならないようにと思って」と早口で言った。
 それから、ミツキが口を開く前に、走り去ってしまう。
 不思議に思いつつも、ペットボトルの蓋を開けるためにタオルを首にかけようとして――なにかが、カサリと音を立てた。
 紙片のようだった。小さく折りたたまれて、タオルに隠されていた。
 直観した。これは他の人に見られてはならないものだ。ミツキは「トイレ」とだけ言って、その紙片をタオルごと首に押しつけたまま、カメラの射程から出た。
 トイレの個室に入って、すぐに紙片を開いた。
 そこには細かな字で「ユウさんの姿がどこにも見えません。海のほうへ向かっているところを撮影スタッフが追っていましたが、撒かれてしまいました。みんな血眼で探しています」と書かれていた。
 それから、「もし戻ってきても、制作スタッフには伝えないでください」と。
 
「『なにをされるかわかりませんから』……」
 
 不穏な響きに、ゾッと背すじが凍りついた。

*

 どれほど待っても、ユウは戻らなかった。
 ふたりの部屋に荷物は残されていた。口論のあと、そのまま飛び出して姿を消したようだった。
 心配で仕方がなかったけれど、どうしたらいいのかわからなかった。カメラが張り付いているので、メモの中身についてルイにも話せないまま、回らない頭に無理やりダンスの振りを詰め込んだ。
 ユウは怒っているだけだ。きっと夜には帰ってくるはずだ。楽観的に捉えようとしていたミツキの心は、合宿所の門限である夜九時を過ぎて砕けそうだった。
 ひょっとして、このオーディションや自分にほとほと嫌気が差して、帰ってしまったんだろうか。でも、荷物を置いたままだし、連絡船は一日一本、午前中にしか出ないはずだ。
 なら、海へ向かう途中で――撮影スタッフのカメラから逃げようとしているうちに、事故にでも遭ったのだろうか。もし怪我でもして動けなくなっていたら……。
 最悪の想像が頭に浮かんで、ミツキは腰を浮かせては、下ろした。
 助けに行かなくちゃ。でも、スタッフが大勢で探しているとメモには書かれていた。制作陣は車も持っているし、スマホで地図だって見られる。自分ひとりが暗いなかに飛び出していったところで、見つけられるはずが……。
 いや、ひょっとしたら、もうスタッフに捕まっているのかもしれない。捕まって……そうしたら、どうなる? 「なにをされるかわからない」とあのメモには書いてあったけれど、まさか、危害を加えられるなんてことは……。

「もう、いやだ……」

 じわじわと涙がこみあげてくる。チェリーくんの動画を見たい。動画を見て、嫌なことは全部忘れて、眠ってしまいたい。だけど、それはできない。
 スマホは没収されているし、チェリーくんは動画をすべて消してしまったし、なにより……。

「ユウ、どこにいるんだよ……」

 無事を確認したい。誤解を解きたい。ルイの提案にのったわけじゃなくて、どうすれば彼の大切にしているものと、ユウの大切にしているもの、どちらも大事にできるか考えたかったんだと。それで、喧嘩になったっていい。ユウがここにいなくちゃ、喧嘩すらできない。
 ユウに、会いたかった。
 コンコン。

「わっ!?」

 突然、部屋の窓がノックされた。ミツキは大きく身体を跳ねさせた。

「……」

 幽霊でも見たような顔で、そちらを見る。空耳かと思ったら、もう一度、ノックがあった。
 ミツキは慌てて立ち上がり、カーテンを開けた。
 ——そこには、ユウが立っていた。
 土埃にまみれて、疲れた顔をしている。

「よかった、起きてた……」

 ユウはげっそりした声で言うと、ミツキの開けた窓を乗り越えて部屋に入ってきた。

「お、おま……生きてたのか……!」
「はあ? 当たり前だろ」
「よかったぁ〜……」

 ミツキはへなへなと床に座り込んだ。新たに安堵の涙が滲んでくる。しかし、すぐに我に返って立ち上がり、窓を閉めてカーテンを引いた。
 ユウはミツキのまとった緊迫感につられるように、表情を険しくした。

「どこに行ってたんだ? 海へ向かう途中で、スタッフの前から姿を消したって……」
「昨日世話になった爺ちゃん婆ちゃんの家にこっそり行ってたんだよ。ちょっと話を聞きたいだけだったんだけど、昼飯食ってないなら食ってけとか、ちょっとまた手伝ってもらいたいことがあるんだけどとか、晩飯もついでに食ってくかとか、そういうのの相手してたら遅くなって……」

 ユウは懐かしい記憶を思い出すように、微笑んで言う。しかし、すぐにまた疲れた顔に戻った。

「この辺、日が沈むとマジで真っ暗なのな。舐めてたわ。チャリの鍵もらえなかったから徒歩だったし、道に迷ってなかなか帰れなかった」

 死ぬかと思った、とつぶやく。ミツキは「心配したんだからな」と彼を睨んだ。ユウはなぜだかちょっとうれしそうに笑った。
 ホッとすると、今までどおり会話ができていることに気がついて、ミツキもうれしくなる。けれど、そんなことより。

「……爺ちゃん婆ちゃんに聞きたい話って、なんだったの?」

 ミツキはドキドキしながら尋ねた。撮影スタッフを撒いてまで知りたかったこと。このオーディションを覆う不吉な影。
 ユウは、あっけらかんと言った。

「天気予報」
「……天気予報?」

 ユウの話を聞き終えたミツキは、すぐにルイを部屋に呼んだ。

「嘘だった!?」

 ルイが大きな声をあげる。ユウはうなずいた。
 昨日の課題で世話になった農家を回り、ユウは今後数日間の天気を尋ねたという。念には念を入れて、新聞やテレビも確認させてもらった。

「スマホ持ってない人ばっかだったから、実家のテレビ思い出しながら、なんとかデータ? の画面表示させて、最新の台風情報も見てさ」

 ユウの話によれば、たしかに日本の南で台風は発生しているが、速度は遅いし、進路も逸れる予想だという。島の人びとは「このレベルの台風で連絡船が止まることは、まずないだろう」と言っていたと。

「……嘘をついたわけじゃなくて、島のことには詳しくないスタッフが、事態を深刻に捉えすぎただけって可能性は?」

 ミツキの希望的観測を、ルイがきっぱりと否定する。

「いや、たしかに直撃する予報だって言ってた。そしたら連絡船が止まるって」
「でも、なんのためにそんな嘘を……」

 ミツキは戸惑うが、ユウは鼻で笑った。ミツキを馬鹿にしたというよりは、そんなのはわかりきったことだというように。

「覚えてるだろ? ミシンの替えの針が見つからなかったこと。最悪のタイミングでソウタの自転車がパンクしたこと。……このオーディションを盛り上げるために決まってる」

 ルイが絶対に負けるはずのない勝負で俺たちに負ければ、オーディションは盛り上がる。
 ユウの言葉に、ルイが「最低だな」と舌打ちをした。
 ミツキの頭にかかっていた霧がようやく晴れて、不安の正体がはっきり見えた――そこには、ノブナガの姿があった。
 ダイチやソウタ、そしてユウは、薄々勘づいていたのだろう。このオーディションの選考過程が完全に公正なものではなく、作為が存在することを。

「クソ、今すぐノブナガを問い詰める」

 今にも部屋を飛び出しそうなルイを、ユウが引き留める。

「馬鹿、カメラの前で真正面から訊いたって認めるわけがないだろ。なにを配信するか決めてるのはあいつなんだから。都合のいいように切り取られて終わりだ」
「じゃあ、どうすんだよ」

 ミツキは、ゆっくりと手を挙げた。

「あの、俺に考えがあるんだけど……」

*

 ルイが、ミツキとユウの部屋にもうひとりを連れて戻ってきた。
 彼女の顔を見るなり、ユウは「よう」と挨拶をした。
 それは、ルイにオーディション通過と台風直撃のニュースを同時に伝えた、鈴木という名の女子生徒だった。

「え、知り合い!?」

 ミツキの大声に、ユウは一瞬ためらったのちにうなずいた。

「俺にこのオーディションに出るように説得した、昔の知り合いってこいつ」
「へー、元カノとか?」

 ルイの言葉を即座に否定したのは、鈴木だった。

「いえっ、そんな恐れ多い! 私はV時代の東雲さんのファンで……」

 ユウは観念したように溜息をつくと、ミツキを見て言った。

「ほら、よく投げ銭してた『ピョンキチ』っていただろ? あいつ」
「えっ、あなたが筆頭御家人のピョンキチさん……!? チェリーくんが、兜を被ったさくらんぼモデルのころからオタだったという伝説の……!?」

 ファンネームを使って呼ぶと、鈴木は瞳を輝かせてこちらを見た。いわゆる地雷系メイクによく合うツインテールが、ウサギの耳のように揺れる。

「もしかして高城さんもチェリーくんさんの……!?」
「待てよ、なに、V? なんの話?」

 ルイが当惑を隠さずに尋ねる。ユウが「めんどくさいから、全部あとで」と言って、手を取り合って跳ねようとしていたミツキと鈴木は黙った。

「……とりあえず、俺たち、おまえが嘘をついたことに気づいちゃったんだよね」

 ユウが表情を消して言った。
 フォローするように、ミツキが「でも、ユウの身に危険が迫ってることを教えてくれたのも鈴木さんだった」と言うと、ユウはちょっと目を丸くして、微笑んだ。
 鈴木は、ツインテールを大きく揺らして頭を下げた。

「ごめんなさい! みなさんの話のとおりです。委員長の指示に違和感はあったんですけど、これは配信を面白くするための演出だって説得されて……。いえ、全部を委員長のせいにしちゃいけないですね。最後に決めたのは私なんだから」

 ユウが姿を消して、事の重大さに気づいたと彼女は言った。

「このままじゃ、委員長のすることがどんどんエスカレートしていって、大変なことになるかもしれない。私、怖くて……だから、止めるためなら、なんでもします!」

 ミツキとユウ、ルイは顔を見合わせてうなずいた。しかし、ルイは少しばかり納得していない様子だ。

「でもさ。ミツキの考えは聞かせてもらったけど、どうやって実行するわけ?」

 ルイが尋ねる。ユウは、ミツキの腕を取った。

「えっ、なに?」
「いや、これが計画の要だし。たぶん実際に見せないと納得してもらえないだろ」

 そのまま腕を引いて二段ベッドの下段に歩み寄り、「ご覧のとおり、種も仕掛けもないベッドです」とユウが言う。朝起きたときに、きちんとベッドメイクをしていてよかった。ミツキは現実逃避のように関係のないことを思った。

「ここにふたりで入ります」
「は!?」

 ユウがベッドの下段を示して、中に入る。ほかにどうしようもなく後に続くと、ユウがベッドの仕切りカーテンを閉めた。「ええ……?」とルイと鈴木の困惑の声が聞こえる。
 しかしそれを無視して、ユウはベッドの上に三角座りしたミツキへ、ゆっくりと身体を近づけてきた。

「えっ、ちょっ、おまえ、まさか……」

 ミツキは囁き声で、それでも精いっぱいの大声を出した。
 まさか、まさか、キスをしようとしている? 人前で? 俺の答えを聞くまで我慢するって言ってたのに? いやまあ、たしかにカーテンは引いているけれど、やむを得ない状況かもしれないけど、どっちかって言ったら嫌ではないけれど……!
 すっとユウの顔が寄った。唇と唇が近づく。ミツキはぎゅっと目をつむった。
 耳に、ユウの吐息が触れた。

「……キスされると思った?」

 クスリと、いたずらっぽい笑いが耳たぶをくすぐる。ミツキの胸がドキンと弾んだ。ユウはそのまま、いとおしげな声で囁いた。

「自分が危険な目に遭うかもしれないのに……計画を話してくれたときのおまえ、サイコーにかっこよかった。……好きだよ」

 ミツキの身体がぶるりと震えた。吐息がくすぐったかったからではなくて……なんだかうれしくて、涙が出そうだった。

「ユウも……怒って出ていっちゃったのかと思ったら、みんなのために調べに行ってくれてたなんて、うれしかったし……かっこよかったよ」

 ミツキの言葉に、ユウは小さく目を見張ったあと、心からうれしそうに笑った。

「……ごめん、マジでキスしたくなってきた。していい?」
「ダメダメダメ、俺の答え聞くまで我慢するって言っ——!」

 ミツキはそのまま、ポン! となにかが弾けるような音とともに、ぬいになった。

「はは、よかった、成功した」

 ユウは明るい声で笑った。それからミツキを拾い上げ、両手で包む。顔の高さに持ち上げ、じっと目を見つめて言った。

「がんばろうな」

 声は出なかったけれど、ミツキは「うん!」と心のなかで大きくうなずいた。



【配信コメント】
扉は静かに閉めて
なに喧嘩?
ユウどこ行く
ユウ帰るんか
コツコツがんばってるルイくんとミツキくんえらいね
〈コメントは削除されました〉
もうユウ脱落でいいだろ
〈コメントは削除されました〉
なにが起きてる?