訊きたいことはたくさんあったけれど、一日炎天下で釣りをしていたら疲れ果てて、部屋に戻るなりミツキもユウも寝てしまった。
釣果はまずまずで、イワシとアジがよく釣れた。「これアジなの? ちっさ」と豆アジを釣ったユウは驚いていたけれど、四人で食べるにはじゅうぶんな量だろう。明日釣れるぶんは、スタッフに分けようかと話すぐらいだった。
対照的に、ルイとソウタはどんよりとしていた。なんでも手伝う代わりに食材を提供してもらうという条件に同意してくれる農家は数軒見つかったが、直売所からそれらの家々を訪ねてまわろうとしたところで、ソウタの自転車のタイヤがパンクしてしまったという。
「急に?」とユウが眉をひそめて尋ねると、ルイはうなずいた。ソウタは泣き真似をしながら言った。
「結局、二軒しか回れなかった……ここに帰ってくるのにも一時間ちょっと歩いたんだよ〜」
それでもふたりは納屋の整理などを手伝い、米とピーマン、玉ねぎを手に入れていた。
連絡手段がないので「回れなかった農家さんを、なんであいつら来ないんだってガッカリさせちゃってそうなのが、いちばん悲しい……」とソウタは肩を落としていた。
翌日は予定を変更して、ミツキとユウも農家を回るのに加わることにした。
翌日の出発直前。昇降口から外に出て、駐輪場へ向かった。パンクしたままの自転車を見つめ、ソウタは言った。
「……やっぱ、俺は別行動してもいい?」
「自転車が要るなら、オレの使えばいいじゃん」とルイ。
「オレが歩くよ。普段から走りこんでるから体力あるし」
「ううん。それとは別に、ちょっと考えてることがあって……」
ソウタは思慮深く口元に手をやって、しばらく黙ったあと、にこっと笑った。
「もし俺に手を貸してくれるならさ。今日行くお宅で、てんぷら粉を分けてもらっておいてよ」
ソウタは手を振って、ひとり山奥へ歩きだす。ルイとミツキ、ユウの三人はその後ろ姿を見送ると、自転車に跨って海のほうへ漕ぎだした。
*
それから三人は、庭の草むしりをしたり、高いところにある電球を取り替えたり、無造作に積み上げられた大量の古新聞を束ねたり、運動不足の犬のために長めの散歩に出たりした。訪ねた家の人たちはみな老齢で、ソウタの自転車がパンクしたので昨日は来られなかったと伝えると、同情してくれた。
夕方には、三つの自転車カゴいっぱいに食材を積んで、帰路に着いた。
合宿所に戻ると、すでにソウタは戻っていて、食堂で調理の支度をしていた。
「おつかれ〜」
三角巾にエプロンをした彼の手元には、水を張ったボウルがあって、そこにはたくさんの草がプカプカ浮いている。
両手に抱えた食材を下ろしながら、「なにそれ」とユウが尋ねた。
「野草。夏は食べられる草が少ないから、大変だった〜」
「おお……」
一同から、感嘆とも困惑ともつかない声があがった。
そうだった。ソウタは生物多様性を訴える環境保護団体に所属していて、自然と親しむフィールドワークをよく主催していると言っていた。
パッとしない反応も、ソウタは気にしていない様子だ。
「シソとかドクダミとか、てんぷらにしたら美味しいやつ中心で取ってきた!」
「シソはわかるけど、ドクダミって食えるの……?」
独特の匂いがミツキはあまり好きではない。恐る恐る尋ねると、「食べてみたら驚くと思うよ」とソウタはニコニコしている。
ドキドキしながら「楽しみ……」と応えた。実際、少し不安はあってもワクワクする。この合宿に参加してから、いろいろな発見があって楽しい。
それはほかのみんなにとっても同じようで、ミツキが豆アジやイワシを手で捌く方法を教えると、「魚って手で捌けるの?」と驚いていた。
食堂から出たところにあるウッドデッキに、下ごしらえした食材を運び出す。分けてもらった肉と野菜、米。ミツキとユウが釣った魚。ソウタの揚げた野草のてんぷら。
いつもの夕食より少し遅い、午後七時過ぎ。ようやく日も落ちて涼しい風の吹き始めた屋外で、バーベキューが始まった。
「バーベキューというか、若干、和定食っぽいな」
そう言いながらも、ユウの声は弾んでいる。
ワイワイ言いながら、もらいもののアップルジュースで乾杯をした。
「それじゃあ、お疲れさま! かんぱーい!」
「乾杯!」
集めた食材は、どれもとても美味しく感じられた。新鮮だからかもしれないし、たくさん働いて腹が減っていたからかもしれないし、苦労したぶん思い入れがあるからかもしれない。どれでもいいし、全部でもいい。
ドクダミのてんぷらは、揚げたことで香ばしさが加わり、独特の匂いが薄れ、とてもおいしかった。
「最初から野草を取ってこようって考えてたんですか?」
ミツキの問いに、ソウタが「ううん」と首を横に振る。
「これはね、生存戦略」
「生存戦略?」
ソウタはジュースの入ったコップをぐるりと回した。
「今日、駐輪場へ向かってるときに思ったんだ。全員で農家さんを回ることにして、万が一、全員の自転車がパンクしちゃったら、食べるもの足りなくなっちゃうな〜って」
「さすがに、そんなことは起きねーよ」
甲斐甲斐しくみんなの肉を焼いているルイが、笑い飛ばした。
「そうかなあ。一昨日のミシンの針のことを考えたら、そういうことも起きかねないと俺は思ったからさ」
ユウは、ミツキの隣で黙って話を聞いていた。
「だから保険として思いついたんだ。あと、この機会にみんなにも身近にある自然の恵みに気づいてもらえたらな〜と思って」
そのとき、ひと際まぶしい照明を背負って、ほの暗いウッドデッキにノブナガが現れた。
ああ、もう投票結果発表の時間か、と思う。ダイチが去ってしまったときも寂しかったけれど、こうしてみんなで楽しく食事をしているときにノブナガが現れると、冷や水を浴びせかけられるような感じがした。
「豪華なバーベキューになったようでなによりだ。……この島の魚は美味いだろう?」
ノブナガは、いつのまに手に入れたのか、ミツキとユウの釣った豆アジをモグモグと食べながら言った。どこか誇らしげだ。
「今回の結果発表は、特別に明朝にしようと思う。それにともない、集計の締め切りも今日の午後六時から明日の午前六時に延長する。僕もこの楽しい食事の邪魔をするほど、野暮じゃないからな」
ミツキはホッとした。今だけは、別れのことを考えずに楽しみたかった。
「投票期間が延びたことで、きみのスタンドプレイがどう影響するか、見物だな」
ノブナガはソウタへ不吉な言葉を残して、ウッドデッキを去っていった。
*
夜、部屋に戻ったのは十時過ぎだった。なんだかずっと幸せな気持ちで、身体がふわふわしていた。今なら、なんでもできそうだ。
部屋の扉が閉まるなり、ミツキはユウに尋ねた。
「ユウが、『チェリー大将軍』さんなのか?」
「……ふっ」
ユウは噴き出した。そのまま、アハハ、と声をあげて笑う。
「我ながら、ひでえ名前。童貞丸出しだな」
「……」
我ながらということは――やっぱり、ユウが俺の推しなんだ。
その明るい笑い声には聞き覚えがあって、けれど皮肉っぽい言葉は記憶のなかの推しとまったく違う。
確信が事実に変わって、ミツキの胸に湧いたのは喜びよりも戸惑いだった。
ユウは笑いやむと、真剣な目でミツキを見た。
「嘘つかないって言ったのに、昨日は『ネットに歌をあげたことはない』って嘘ついて、ごめん」
「……表情で伝わったから大丈夫」
ミツキは自分のベッドに腰を下ろす。
「『嘘つかない』って決めたのは、どうして?」
ユウは、言葉に詰まって視線を泳がせた。
「……俺の最後の動画、覚えてる?」
「たしか……失恋の話、してた」
ミツキは心の奥底にうずめた記憶を掘り起こしながら、答えた。
彼の最後の動画は、あの「歌枠」ではなかった。六月ごろの雑談配信のアーカイブ。そのなかで彼は「俺の愚痴を聞いてほしい」と、視聴者に初めて弱音を吐いたのだ。
同級生に告白をして振られたという話だった。
「チェリーくん」の初めての恋愛話に、コメント欄はざわついた。ただでさえ配信頻度が落ちているのに、「こんな話聞きたくない」という反応もいくつかあった。
ミツキも、正直なところ、そう感じた。好きな相手が自分でない誰かに恋をしていたという事実は、あまり知りたくなかった。
それに、推しにはいつも明るくいてほしいと思った。そうじゃないと、こちらまで気分が重くなる。ただでさえ苦しい日常を生き抜くために、彼の配信を見ているのだから。
だから、その動画は二度と見返さなかった。
「あの配信のコメントを見て……急に全部が嫌になったんだよな。最初はさ、俺の歌を聴いて楽しんでくれる人がいたらいいなって軽い気持ちで始めたんだ。そのうち、雑談も面白いって言われるようになって、調子に乗って……できるだけ感じよく振舞おうってがんばってた。たぶん声質のせいだと思うけど、俺のことを『明るくてやさしい』って思ってる人が多そうだったから、その期待に応えようとした」
そうすることで、元気が出たとか励まされたって言ってくれる人がいて、うれしかったよ。
ユウは遠くを見るような目をした。
「でも、俺が本当にしんどいときに、ちょっと弱音を吐いて助けを求めても……助けてくれるどころか『そんな暗い話は聞きたくない』って手のひら返されるんだなって思ったら、全部が嫌になった」
ミツキの胸が、罪悪感で軋んだ。
部屋の隅に立ったままのユウが、なんだかさみしそうに見えて、「こっち来て」と誘う。ベッドの端に寄って、ユウの座る場所を空けた。
ユウはかすかに微笑んで、ミツキの隣に座った。
「でもさ、半分は自分のせいだなって思ったんだよ」
「そんなこと……」
ユウの言葉を、ミツキは反射的に否定しようとした。ユウは胸の痛みをごまかすように笑った。
「いい子ぶって本当の自分を見せなかったから、余計な期待をさせたんだ。嫌な話や暗い話は絶対にしないはずって。でも、ほら、俺って本当は結構、嫌なやつじゃん?」
「それは、まあ……」
「おい、否定しろよ」
ユウはミツキを肘で小突く真似をした。それから、「ふふ」と笑う。
「だから、もう嘘はつかないって決めたんだ。まあ、それで本当の俺のことを好きだと思ってくれる人がどれだけいるのか、わかんないけど」
「……ごめんなさい」
「なんでおまえが謝るんだよ」
ユウは不思議そうに目を丸くした。ミツキは膝の上でぎゅっと両手を握った。
「俺も、ユウを悲しませたファンのひとりだから。ユウがどんな人か勝手に想像して、理想を押し付けて……」
ユウは肩をすくめてみせる。
「別に、想像すること自体は悪いことじゃないだろ。誰かの迷惑にならないなら自由にすればいい。ただ、俺は……」
言葉を探すように、ユウの視線がさまよう。
「ファンのみんなが、目の前で苦しんでる俺よりも想像のチェリーくんのほうを見てるみたいで、しんどかった」
「うん……」
「……でも、今のおまえは本当の俺を知ってる。それで、『まあ悪くないかな』ぐらいには思ってくれてるだろ?」
ユウの冗談めかした表現に、ふたたび拒絶されることへの怯えを感じて、かえってミツキは切なくなった。
この人も俺と同じなんだ。
誰かに飾らない自分を好きになってほしくて、だけど愛される自信がない。だから偽りの自分を見せてきた。それをやめるのは、拒絶されるかもしれないと怖くてしょうがないけれど――それでも前に進もうとしている。
「うん。そうだな……」
そうだけど……とミツキは心のなかで思った。でも、その先になにが続くのかは、わからなかった。
ミツキの語尾に漂うためらいを、鋭敏に感じ取ったようにユウは苦く笑った。
それから気を取り直したように、いたずらっぽく身体を寄せる。
「なあ。今度はおまえの秘密を教えろよ。俺ばっか恥ずかしい話をして、フェアじゃない」
「ええ、そうかな……?」
「俺が知ってるおまえの秘密は、俺の歌を聞くとぬいになっちゃうってことだけだろ。おまえは俺がVだったってことと、ゲイだってことを知ってる」
「ゲイだっていうのはおまえが勝手に話したんだろ! それに、おまえは俺が陰キャだったことも知ってるじゃん」
「それは見ればわかるから、ノーカン」
意味がわからない。けれど、これもユウなりの照れ隠しなのかなと思った。
俺の秘密か。ミツキはちょっと考えた。ユウの体温がすぐそばにあって、なんだかドキドキする。
「……俺ももしかしたら、ゲイかもしれない」
ユウは「えっ」と驚きの声をあげた。
「いや、その、今まで恋愛的な意味で好きになった人はひとりしかいなくて、その人がたまたま男だっただけかもしんないんだけど……」
「それって、もしかして……」
ユウがじいっとこちらを見ている。だけど続きは言わない。ミツキはなんだか居たたまれなくなってきた。頬がじわじわと熱くなる。
「……これでいい?」
ユウを見上げて小さな声で尋ねると、舌打ちが返ってきた。驚いてまばたきをすると、ユウはうめくように言った。
「その顔で頬染め上目遣いは、反則だろ……」
だんだんとユウの顔が近づいてくる。ああ、キスされるのかなと思った。そう思っても、嫌じゃなかった。瞼を閉じようとしたところで、ユウが噴き出した。
「ふ、ふふ……俺ら、魚臭い」
雰囲気ぶち壊しの発言に、ミツキは唇を尖らせたけれど、たしかに自分の髪からもユウの髪からも焼き魚のいい匂いがする。
「……一緒に風呂入る?」
ユウが言った。
【配信コメント】
またトラブル?
〈コメントは削除されました〉
ソウタ、なにをたくらんでるんだ
この子たち孫に欲しい
ドクダミおいしいよね
コメ欄に野生のソウタが
島行きたくなってきた
ノブナガ、島大好きじゃん
〈コメントは削除されました〉
釣果はまずまずで、イワシとアジがよく釣れた。「これアジなの? ちっさ」と豆アジを釣ったユウは驚いていたけれど、四人で食べるにはじゅうぶんな量だろう。明日釣れるぶんは、スタッフに分けようかと話すぐらいだった。
対照的に、ルイとソウタはどんよりとしていた。なんでも手伝う代わりに食材を提供してもらうという条件に同意してくれる農家は数軒見つかったが、直売所からそれらの家々を訪ねてまわろうとしたところで、ソウタの自転車のタイヤがパンクしてしまったという。
「急に?」とユウが眉をひそめて尋ねると、ルイはうなずいた。ソウタは泣き真似をしながら言った。
「結局、二軒しか回れなかった……ここに帰ってくるのにも一時間ちょっと歩いたんだよ〜」
それでもふたりは納屋の整理などを手伝い、米とピーマン、玉ねぎを手に入れていた。
連絡手段がないので「回れなかった農家さんを、なんであいつら来ないんだってガッカリさせちゃってそうなのが、いちばん悲しい……」とソウタは肩を落としていた。
翌日は予定を変更して、ミツキとユウも農家を回るのに加わることにした。
翌日の出発直前。昇降口から外に出て、駐輪場へ向かった。パンクしたままの自転車を見つめ、ソウタは言った。
「……やっぱ、俺は別行動してもいい?」
「自転車が要るなら、オレの使えばいいじゃん」とルイ。
「オレが歩くよ。普段から走りこんでるから体力あるし」
「ううん。それとは別に、ちょっと考えてることがあって……」
ソウタは思慮深く口元に手をやって、しばらく黙ったあと、にこっと笑った。
「もし俺に手を貸してくれるならさ。今日行くお宅で、てんぷら粉を分けてもらっておいてよ」
ソウタは手を振って、ひとり山奥へ歩きだす。ルイとミツキ、ユウの三人はその後ろ姿を見送ると、自転車に跨って海のほうへ漕ぎだした。
*
それから三人は、庭の草むしりをしたり、高いところにある電球を取り替えたり、無造作に積み上げられた大量の古新聞を束ねたり、運動不足の犬のために長めの散歩に出たりした。訪ねた家の人たちはみな老齢で、ソウタの自転車がパンクしたので昨日は来られなかったと伝えると、同情してくれた。
夕方には、三つの自転車カゴいっぱいに食材を積んで、帰路に着いた。
合宿所に戻ると、すでにソウタは戻っていて、食堂で調理の支度をしていた。
「おつかれ〜」
三角巾にエプロンをした彼の手元には、水を張ったボウルがあって、そこにはたくさんの草がプカプカ浮いている。
両手に抱えた食材を下ろしながら、「なにそれ」とユウが尋ねた。
「野草。夏は食べられる草が少ないから、大変だった〜」
「おお……」
一同から、感嘆とも困惑ともつかない声があがった。
そうだった。ソウタは生物多様性を訴える環境保護団体に所属していて、自然と親しむフィールドワークをよく主催していると言っていた。
パッとしない反応も、ソウタは気にしていない様子だ。
「シソとかドクダミとか、てんぷらにしたら美味しいやつ中心で取ってきた!」
「シソはわかるけど、ドクダミって食えるの……?」
独特の匂いがミツキはあまり好きではない。恐る恐る尋ねると、「食べてみたら驚くと思うよ」とソウタはニコニコしている。
ドキドキしながら「楽しみ……」と応えた。実際、少し不安はあってもワクワクする。この合宿に参加してから、いろいろな発見があって楽しい。
それはほかのみんなにとっても同じようで、ミツキが豆アジやイワシを手で捌く方法を教えると、「魚って手で捌けるの?」と驚いていた。
食堂から出たところにあるウッドデッキに、下ごしらえした食材を運び出す。分けてもらった肉と野菜、米。ミツキとユウが釣った魚。ソウタの揚げた野草のてんぷら。
いつもの夕食より少し遅い、午後七時過ぎ。ようやく日も落ちて涼しい風の吹き始めた屋外で、バーベキューが始まった。
「バーベキューというか、若干、和定食っぽいな」
そう言いながらも、ユウの声は弾んでいる。
ワイワイ言いながら、もらいもののアップルジュースで乾杯をした。
「それじゃあ、お疲れさま! かんぱーい!」
「乾杯!」
集めた食材は、どれもとても美味しく感じられた。新鮮だからかもしれないし、たくさん働いて腹が減っていたからかもしれないし、苦労したぶん思い入れがあるからかもしれない。どれでもいいし、全部でもいい。
ドクダミのてんぷらは、揚げたことで香ばしさが加わり、独特の匂いが薄れ、とてもおいしかった。
「最初から野草を取ってこようって考えてたんですか?」
ミツキの問いに、ソウタが「ううん」と首を横に振る。
「これはね、生存戦略」
「生存戦略?」
ソウタはジュースの入ったコップをぐるりと回した。
「今日、駐輪場へ向かってるときに思ったんだ。全員で農家さんを回ることにして、万が一、全員の自転車がパンクしちゃったら、食べるもの足りなくなっちゃうな〜って」
「さすがに、そんなことは起きねーよ」
甲斐甲斐しくみんなの肉を焼いているルイが、笑い飛ばした。
「そうかなあ。一昨日のミシンの針のことを考えたら、そういうことも起きかねないと俺は思ったからさ」
ユウは、ミツキの隣で黙って話を聞いていた。
「だから保険として思いついたんだ。あと、この機会にみんなにも身近にある自然の恵みに気づいてもらえたらな〜と思って」
そのとき、ひと際まぶしい照明を背負って、ほの暗いウッドデッキにノブナガが現れた。
ああ、もう投票結果発表の時間か、と思う。ダイチが去ってしまったときも寂しかったけれど、こうしてみんなで楽しく食事をしているときにノブナガが現れると、冷や水を浴びせかけられるような感じがした。
「豪華なバーベキューになったようでなによりだ。……この島の魚は美味いだろう?」
ノブナガは、いつのまに手に入れたのか、ミツキとユウの釣った豆アジをモグモグと食べながら言った。どこか誇らしげだ。
「今回の結果発表は、特別に明朝にしようと思う。それにともない、集計の締め切りも今日の午後六時から明日の午前六時に延長する。僕もこの楽しい食事の邪魔をするほど、野暮じゃないからな」
ミツキはホッとした。今だけは、別れのことを考えずに楽しみたかった。
「投票期間が延びたことで、きみのスタンドプレイがどう影響するか、見物だな」
ノブナガはソウタへ不吉な言葉を残して、ウッドデッキを去っていった。
*
夜、部屋に戻ったのは十時過ぎだった。なんだかずっと幸せな気持ちで、身体がふわふわしていた。今なら、なんでもできそうだ。
部屋の扉が閉まるなり、ミツキはユウに尋ねた。
「ユウが、『チェリー大将軍』さんなのか?」
「……ふっ」
ユウは噴き出した。そのまま、アハハ、と声をあげて笑う。
「我ながら、ひでえ名前。童貞丸出しだな」
「……」
我ながらということは――やっぱり、ユウが俺の推しなんだ。
その明るい笑い声には聞き覚えがあって、けれど皮肉っぽい言葉は記憶のなかの推しとまったく違う。
確信が事実に変わって、ミツキの胸に湧いたのは喜びよりも戸惑いだった。
ユウは笑いやむと、真剣な目でミツキを見た。
「嘘つかないって言ったのに、昨日は『ネットに歌をあげたことはない』って嘘ついて、ごめん」
「……表情で伝わったから大丈夫」
ミツキは自分のベッドに腰を下ろす。
「『嘘つかない』って決めたのは、どうして?」
ユウは、言葉に詰まって視線を泳がせた。
「……俺の最後の動画、覚えてる?」
「たしか……失恋の話、してた」
ミツキは心の奥底にうずめた記憶を掘り起こしながら、答えた。
彼の最後の動画は、あの「歌枠」ではなかった。六月ごろの雑談配信のアーカイブ。そのなかで彼は「俺の愚痴を聞いてほしい」と、視聴者に初めて弱音を吐いたのだ。
同級生に告白をして振られたという話だった。
「チェリーくん」の初めての恋愛話に、コメント欄はざわついた。ただでさえ配信頻度が落ちているのに、「こんな話聞きたくない」という反応もいくつかあった。
ミツキも、正直なところ、そう感じた。好きな相手が自分でない誰かに恋をしていたという事実は、あまり知りたくなかった。
それに、推しにはいつも明るくいてほしいと思った。そうじゃないと、こちらまで気分が重くなる。ただでさえ苦しい日常を生き抜くために、彼の配信を見ているのだから。
だから、その動画は二度と見返さなかった。
「あの配信のコメントを見て……急に全部が嫌になったんだよな。最初はさ、俺の歌を聴いて楽しんでくれる人がいたらいいなって軽い気持ちで始めたんだ。そのうち、雑談も面白いって言われるようになって、調子に乗って……できるだけ感じよく振舞おうってがんばってた。たぶん声質のせいだと思うけど、俺のことを『明るくてやさしい』って思ってる人が多そうだったから、その期待に応えようとした」
そうすることで、元気が出たとか励まされたって言ってくれる人がいて、うれしかったよ。
ユウは遠くを見るような目をした。
「でも、俺が本当にしんどいときに、ちょっと弱音を吐いて助けを求めても……助けてくれるどころか『そんな暗い話は聞きたくない』って手のひら返されるんだなって思ったら、全部が嫌になった」
ミツキの胸が、罪悪感で軋んだ。
部屋の隅に立ったままのユウが、なんだかさみしそうに見えて、「こっち来て」と誘う。ベッドの端に寄って、ユウの座る場所を空けた。
ユウはかすかに微笑んで、ミツキの隣に座った。
「でもさ、半分は自分のせいだなって思ったんだよ」
「そんなこと……」
ユウの言葉を、ミツキは反射的に否定しようとした。ユウは胸の痛みをごまかすように笑った。
「いい子ぶって本当の自分を見せなかったから、余計な期待をさせたんだ。嫌な話や暗い話は絶対にしないはずって。でも、ほら、俺って本当は結構、嫌なやつじゃん?」
「それは、まあ……」
「おい、否定しろよ」
ユウはミツキを肘で小突く真似をした。それから、「ふふ」と笑う。
「だから、もう嘘はつかないって決めたんだ。まあ、それで本当の俺のことを好きだと思ってくれる人がどれだけいるのか、わかんないけど」
「……ごめんなさい」
「なんでおまえが謝るんだよ」
ユウは不思議そうに目を丸くした。ミツキは膝の上でぎゅっと両手を握った。
「俺も、ユウを悲しませたファンのひとりだから。ユウがどんな人か勝手に想像して、理想を押し付けて……」
ユウは肩をすくめてみせる。
「別に、想像すること自体は悪いことじゃないだろ。誰かの迷惑にならないなら自由にすればいい。ただ、俺は……」
言葉を探すように、ユウの視線がさまよう。
「ファンのみんなが、目の前で苦しんでる俺よりも想像のチェリーくんのほうを見てるみたいで、しんどかった」
「うん……」
「……でも、今のおまえは本当の俺を知ってる。それで、『まあ悪くないかな』ぐらいには思ってくれてるだろ?」
ユウの冗談めかした表現に、ふたたび拒絶されることへの怯えを感じて、かえってミツキは切なくなった。
この人も俺と同じなんだ。
誰かに飾らない自分を好きになってほしくて、だけど愛される自信がない。だから偽りの自分を見せてきた。それをやめるのは、拒絶されるかもしれないと怖くてしょうがないけれど――それでも前に進もうとしている。
「うん。そうだな……」
そうだけど……とミツキは心のなかで思った。でも、その先になにが続くのかは、わからなかった。
ミツキの語尾に漂うためらいを、鋭敏に感じ取ったようにユウは苦く笑った。
それから気を取り直したように、いたずらっぽく身体を寄せる。
「なあ。今度はおまえの秘密を教えろよ。俺ばっか恥ずかしい話をして、フェアじゃない」
「ええ、そうかな……?」
「俺が知ってるおまえの秘密は、俺の歌を聞くとぬいになっちゃうってことだけだろ。おまえは俺がVだったってことと、ゲイだってことを知ってる」
「ゲイだっていうのはおまえが勝手に話したんだろ! それに、おまえは俺が陰キャだったことも知ってるじゃん」
「それは見ればわかるから、ノーカン」
意味がわからない。けれど、これもユウなりの照れ隠しなのかなと思った。
俺の秘密か。ミツキはちょっと考えた。ユウの体温がすぐそばにあって、なんだかドキドキする。
「……俺ももしかしたら、ゲイかもしれない」
ユウは「えっ」と驚きの声をあげた。
「いや、その、今まで恋愛的な意味で好きになった人はひとりしかいなくて、その人がたまたま男だっただけかもしんないんだけど……」
「それって、もしかして……」
ユウがじいっとこちらを見ている。だけど続きは言わない。ミツキはなんだか居たたまれなくなってきた。頬がじわじわと熱くなる。
「……これでいい?」
ユウを見上げて小さな声で尋ねると、舌打ちが返ってきた。驚いてまばたきをすると、ユウはうめくように言った。
「その顔で頬染め上目遣いは、反則だろ……」
だんだんとユウの顔が近づいてくる。ああ、キスされるのかなと思った。そう思っても、嫌じゃなかった。瞼を閉じようとしたところで、ユウが噴き出した。
「ふ、ふふ……俺ら、魚臭い」
雰囲気ぶち壊しの発言に、ミツキは唇を尖らせたけれど、たしかに自分の髪からもユウの髪からも焼き魚のいい匂いがする。
「……一緒に風呂入る?」
ユウが言った。
【配信コメント】
またトラブル?
〈コメントは削除されました〉
ソウタ、なにをたくらんでるんだ
この子たち孫に欲しい
ドクダミおいしいよね
コメ欄に野生のソウタが
島行きたくなってきた
ノブナガ、島大好きじゃん
〈コメントは削除されました〉

