ぬい変身 ~高校生サバイバルオーディションに参加したら、消えた推しVと再会した件~

 ゆうべは泣き疲れて眠ってしまったようだった。ミツキは、ゆっくりと腫れぼったい瞼を開いた。開いた、つもりだった。
 夜明けはまだ遠いようで、自室は薄暗い。窓からの青い光に照らされたベッドに、ぬいぐるみが転がっている。ころんとしたフォルムの、デフォルメされた人型のぬいぐるみ。
 ミツキはそれを、ベッドサイドの姿見越しに眺めていた。初めて見る、けれどどこか見覚えのあるぬいぐるみだ。くたびれたスウェットを着て、パーマをかけた金髪で、線の細い面立ち――ぬいぐるみのくせに。反対に、鏡のどこにも自分の姿は映っていなかった。
 ミツキは、「ぬい」になっていた。
 いやいやいや、ありえないだろ。夢でも見てるのか? まだ寝ぼけてる?
 笑い飛ばそうとしたけれど、声が出ない。飛び起きたいけれど、指先ひとつ動かない。ぽてんとベッドに横たわり、動かぬ身体に閉じ込められたまま、壁掛け時計の秒針が時を刻む音を聞く。
 カチ、カチ、カチ。何分経っても、なにも変わらない。次第に心臓がバクバクしてくる。額に脂汗が滲む。動けない。話せない。息ができない。
 この恐怖を、知っている。暗い水の底へ、なすすべもなく沈んでいくような——。
 記憶の底に沈めた恐怖が浮き上がってこようとするのを、必死に押さえつける。より現実的な問題に目を向けようとする。
 ……まずい。もしこれが現実だとしたら、非常にまずい。
 ミツキはサバイバルオーディション合宿に参加するため、今朝、とある孤島へ旅立つことになっているのだ。

*

 夏休みは、始まったばかりだった。
 終業式が終わると、みんなは仲のいい友だちと連れ立って講堂の外へ出ていく。ミツキは、いつも昼食を一緒に食べるクラスメイトを探して、辺りを見回した。
 ——いた。ミツキを置いて、三人で、先に講堂を出ていくところだった。楽しそうな笑い声が、胸に突き刺さる。
 なんとなくグループから浮いているような気がしていたけれど、やっぱりそうだったみたいだ。
 ミツキはため息をついて、とぼとぼと歩き出した。

『やっぱり今日、家で昼メシ食べる』

 母親にメッセージを打ちかけて、ミツキはその文面を消した。朝、「友だちと食べてくるから昼食はいらない」と言って家を出た手前、母親を心配させたくなかったし……なにより、みじめだった。
 適当にコンビニでパンでも買って、その辺で食べようか。でも、クラスメイトに見られたら嫌だな……。
 溜息をつきながら外に出る。ギラギラ輝く太陽を睨み上げて、けれどミツキはその周りの青い空に目を奪われた。
 真新しいガラス張りの校舎に囲まれた空は鮮やかな青で、雲ひとつない。いかにも絵になる夏の光景。
 掴めないものを掴むように手を伸ばし、ミツキはピースサインを作った。それを写真に撮って「夏休み始まった!」と投稿しようと、SNSを開く。
 数件の新規「いいね」の通知に加えて、コメント通知があった。
 定期的に投稿している高校生活Vlogにいつもコメントをくれる人だろうか。スクロールしながら少しだけ上向いた心が、ふたたびズンと落ち込んだ。

『もしかしてE中出身の高城光輝(たかしろみつき)? 高校デビューおめw』

 反射的に、コメントの投稿者をブロックした。
 死ぬ気で勉強して、憧れの私立高に入って、有名デザイナーの制服に身を包んで。画面の向こうでキラキラしている先輩たちを真似して、髪を金色に染めて、パーマをかけて、眉を整えて。積極的にみんなに話しかけて、いつもニコニコ笑顔でいて。
 入学してすぐは、それで理想の高校生活が手に入るのだと信じられた。けれど、それだけではダメだったのかもしれない。……やっぱり、陰キャだった過去は変えられないのかもしれない。
 青い空にも、もうなにも感じなかった。地面を見つめて、正門までの道を歩く。それでも救いを求めるように、指先はスマートフォンをタップして、何度も観た動画を開いた。
 それは、「歌枠」のアーカイブだった。配信日時は半年ほど前。再生回数は1万とちょっとで、特別多くはないけれど少なくもない。
 スマートフォンの小さな画面のなかに、濃いピンク色の髪をした男性VTuberが現れる。彼は「春から新生活を迎えるみんなに」と前置きをして、流行の卒業ソングを歌い始めた。
 入学してから、何度も見返してきた動画。ミツキの歩幅は自然に歌のリズムを刻み始める。
 夏休みのあいだに短期バイトでも始めようか。それとも、学生インフルエンサーを目指すためと選んだ帰宅部をやめ、今から部活にでも入ろうか……?
 ミツキの視線はだんだんと上向き、そのとき、正門脇の掲示板が目に入った。

「……『島バズ! 高校生アンバサダーオーディション』?」

 それは、プロが作ったにしては妙に素人感のあるデザインのポスターだった。

「こんなポスター、貼ってあったかな」

 首を傾げながら歩み寄る。近づくと、「応募締切」として元々印刷されていた日時が赤線で消されて、新たな日時が手書きされているのがわかる。応募者が集まらずに、ポスターの掲示場所を増やしたのかもしれない。
 東京都の某離島で、島のPR活動を行う高校生アンバサダーを募集しており、そのオーディションが行われるらしい。夏休み期間を利用した、合宿形式で……。
 けれどミツキが惹かれたのは、賞品のほうだった。

「賞品は、『アンバサダーとしての一年の活動権。あなたの真のファン。親友。最高の夏の思い出』……」

 耳元で、歌い終えた男がはにかむように「じゃあ、がんばって」と囁いた。

*

 廃小学校を利用して作られた合宿所。背の低い椅子を車座に並べて、参加者たちが向き合う。
 大人と見紛うクマのような体格の男子高校生が、両手をパンと合わせた。大きな眼鏡のレンズがギラリと光る。

「それじゃあ、自己紹介を始めようか。まずは僕から」

 その様子を、ビデオカメラが追う。

「 都立Y島高校三年の、五百旗頭信長(いおきべのぶなが)だ。知ってのとおり、このオーディション企画は、地域活性化NPO法人と共同で企画し、この島出身の高校生有志からなる実行委員会が運営している。僕は実行委員長だが、参加者の頭数が揃わなかったので参戦することになった。目指しているのは、この企画を面白くすること。よろしく」

 ハキハキと早口で言ったあと、ノブナガは「こんな感じで、所属と、参加の経緯と、目的を話してくれ」と表情を変えずに付け足した。

「じゃあ、時計回りに次」

 突然、順番が回ってきて、ミツキは緊張しながら背筋を伸ばした。
 あのあと、気づいたら寝入ってしまったようで、ふたたび目覚めると人間の姿に戻っていた。ぬいになったというのは、単なる悪い夢だったのかもしれない。それとも……。
 目覚めてすぐに「人間 ぬい 変身する」というキーワードで検索をかけると、ホラー系のまとめブログばかりがヒットした。どうやら匿名掲示板を発端に生まれた、都市伝説があるらしい——「ぬいと一緒に撮った写真をしつこく送りつけてくるリアコに病んだアイドルが××し、その呪いでリアコ自身がぬいに変わってしまう」……。
 いやいやいや。

「私立R学院高等学校一年、高城光輝です! 学校に貼られてたポスターを見て、『俺も最高の夏の思い出作りてー!』と思って申し込みました。目指してるのは……とりあえず、優勝、かな……」

 脳裏に浮かぶ不吉な映像を振り払い、笑顔を浮かべて話しはじめたものの、ミツキはしどろもどろになっていく。ほかの参加者たちの冷静な視線が、「おまえの話はつまらない」と言っているような気がして。

「よろしくお願いします!」

 勢いのよさでごまかして、なんとか自己紹介を終えた。まばらな拍手のあと、ミツキの左隣の少年が話し始める。

「都立S高校二年、東雲優(しののめゆう)。知り合いにどうしてもって頼まれて参加しました。……まあ、無難にやりたいです」

 ボソボソした、小さな声だった。うつむきがちで、目が合わない。黒いマッシュヘアの前髪は長く伸びて、見た目にもうっとうしい印象を与える。
 聞いたこともない高校の、冴えない暗い男。
 ……昔の俺みたいだ。ミツキは反射的に嫌悪感を抱いた。
 けれど、それも同族嫌悪に過ぎないのかもしれなかった。

「H学園、二年。佐藤類(さとうるい)

 数多くの芸能人が通う高校に所属するルイは、インディーズのダンス&ボーカルグループのリーダーであるらしく、そのグループの知名度をあげるために参加したという。

「K大付属二年の、杉原颯太(すぎはらそうた)です! よろしく〜」

 誰もが知る有名大学付属の中高一貫校に通うソウタ。彼は中学時代から取り組む、生物多様性を広める活動を広報したいと語った。

倉持大地(くらもちだいち)です。O館高校の三年生」

 ダイチの学校は古くからある名門高校だった。元々は男子校で、生徒の自主性を重んじる校風で知られる。彼は学生起業を目指して観光系Webサービスの開発を行っており、アンバサダーになることで島との結びつきができればと言った。
 ……場違いなところに来てしまったのかもしれない。ミツキは一同を見回して、心のなかで呟いた。
 みんな、本気だ。俺よりもずっとキラキラした経歴で、俺よりもずっと真剣な表情をしている。
 いや……。
 胸の奥に、ほのぐらい優越感が湧いてくる。
 「みんな」じゃない。……ユウになら、勝てるかもしれない。
 全員の自己紹介が終わると、ふたたびノブナガにカメラが戻る。

「それじゃあ、このサバイバルオーディション合宿の説明をしようか」

 ガラガラガラ、と実行委員のひとりがホワイトボードを押してくる。ノブナガが立ち上がり、その白い板面に勢いよく数字を書き込んでいく。

「舞台は1日に1本しか連絡船の来ない、孤島の廃小学校。僕を含む6人の参加者は、ここで10日間の共同生活を行う。そのあいだ、2日に1つ、全部で5つの課題にチャレンジしてもらう。課題は島か、PR活動に関わるもののいずれかだ。1つの課題ごとに1人が脱落し、翌日の連絡船で帰される。最後に残った者が、グランプリ。島の高校生アンバサダーに任命される」

 宿泊所の共同スペースには小型カメラが設置され、昼間はカメラマンから撮影される。その様子は動画配信サイトを通じて、最低限の内容確認は挟みつつも、ほぼリアルタイムかつ無修正で配信される。参加者が視聴者の目から自由になるのは、トイレと風呂と睡眠中のみ。
 毎回の脱落者は視聴者からの投票によって決まり、投票期間は各課題に取り組んでいる二日間。つまり課題の成果のみならず、課題に向き合う姿勢や共同生活中の様子も評価の対象となる。
 「はい」とターコイズブルーのウルフカットをしたルイが、手をあげる。眉をひそめて、イライラした様子だ。耳たぶにじゃらりと並んだ小さなフープピアスが目立つ。

「ここに着いたあとスマホを没収されたけど、緊急の連絡があったらどうすんの? オレ、結果待ちのオーディションがあんだけど」
「基本的にはスタッフが取り次ぐ」

 「じゃあ、俺も訊いちゃおうかな」と長い脚を組んだダイチも、気だるげに手をあげた。長身を小さな椅子に押し込んで、窮屈そうにしている。

「グランプリの賞品の活動権だけど。お給料は出るの? スポンサーもついてるんでしょ?」
「アンバサダーは無給で活動してもらう。スポンサーからの援助はすべて今回の企画の製作費に回っているし、それだけでは足りずに持ち出しもある」
「うわあ」

 ダイチが呆れたような声を出す。ノブナガが目を細めて片眉をあげた。

「いや、ごめんね。お金をつぎこんだぶん、ちゃんと面白い配信になるといいね」

 ダイチは嫌味か本心か、判断のつかない柔和な笑みを浮かべている。

「ねえ」

 そこに小柄で顔立ちの幼い、かわいらしい印象のソウタが、身を乗り出した。

「配信の同接数によって収益が出るでしょ? それは誰のものになるの?」
「……この合宿所を運営する、主催とはまた別のNPO法人へ寄付することになっている」

 「その金を給料に回せばいいのに」というダイチの声と、「いいね!」というソウタの声が重なった。ふたりはしばし見つめあい、ふいと顔を逸らした。
 この合宿を通じて友人を作れればいいなと思っていたけれど、どうやら前途多難なようだ。ミツキは黙ったまま、曖昧な笑みを浮かべた。

*
 
 六人へ最初に与えられた課題は、合唱だった。
 ノブナガがホワイトボードを埋め尽くす数字を消し、その中央に「合唱」と大書したときには、「マジかよ……」という空気が一瞬部屋を包みこんだ。

「課題は、島かPR活動に関係するものじゃなかったの?」

 ダイチの問いかけに、ノブナガは「歌唱力はPR活動に役立つし、まずは共同作業で互いを知らなければな」と悪びれない。
 しかし、あまりに地味な課題に一同は沈黙した。

「いいじゃん」

 意外なことに、いちばん最初に声をあげたのはルイだった。ミツキは驚いて彼を見た。チャラチャラしていて、もっとも「合唱とか、バカみてえ」と言いそうなタイプなのに。
 みんなの視線を受けたルイは、瞳をキラキラと輝かせて「親睦を深めるには、やっぱ歌っしょ!」と言った。
 ああ、本当に歌が好きなんだな。ミツキは思い、偏見を抱いていた自分が少し恥ずかしくなった。
 一同がこの合宿所に着いたのは、午後早くだった。今日が一日目ということは、さっそく練習に取りかからねばならない。視聴者にわかりやすいようにと、カタカナで名前の書かれたゼッケンが配られ、私服の上から身に着ける。
 それから、ルイの発案でピアノのある音楽室へ移動した。発声練習をして、課題曲を聞いたら、やはりルイの主導でパート分けへ。
 ルイとソウタが、もっとも高いテノール。ノブナガとダイチが、もっとも低いバス。ミツキとユウが、無難にバリトンとなった。
 テノールのパートは難易度が高かったから、普段から歌のレッスンを受けているルイと、変声前のような声をしているソウタが務めるのはわかる。ノブナガもダイチもその大柄な体格に合う深みのある声をしているから、彼らのパート分けについても理解できる。
 けれど、どうしても貧乏くじを引かされたという気分がぬぐえない――パート分けのときも、ユウはまともに声を出さなかった。
 一旦メロディーを頭に入れたあと、パートごとに二時間ほど練習をしてから、また音楽室に集合しようということになった。

「ユウ……さん。行きましょ」

 声をかけると、ユウは黙ったまま目も合わさず立ち上がった。やるせない気持ちになる。
 けれどミツキは笑顔を浮かべて、「がんばりましょうね!」と言った。先導するように歩き出す。
 この校舎には、音楽室のほかにピアノの置かれた場所が二か所ある。一か所は玄関ホールで、バスパートが使用する。もう一か所は、体育館。
 しかし、体育館へ向かって音楽室からの階段を降り始めたとき、ミツキはユウが後ろについてきていないことに気がついた。

「え!?」

 慌てて来た道を戻るが、ユウの姿はどこにもない。音楽室に残ったルイとソウタの歌声が、カメラマン以外には誰もいない廊下に響いている。

「嘘だろ……」

 やる気のないやつだと感じていたが、開始早々サボりとは。
 到着したばかりで、ほとんど教室の配置も覚えていない校舎を探し回る。「どこに行きました?」とカメラマンにも尋ねるが、なにも答えられないと首を振るばかりだ。
 ようやくユウを見つけたのは、パート練習開始から三十分以上が経過したあと。体育館裏の飼育小屋の前だった。
 空っぽの檻をぼんやりと見つめながら、ユウはしゃがみこんでいた。

「あの、」

 声をかけると、ユウはミツキに背を向けたまま大きな溜息をついた。ミツキは怯んだが、グッと拳を握って言葉を絞り出す。

「……勝手にいなくなっちゃ、困るんですけど」
「いいだろ、どうせ……おまえも俺も、あいつらに比べたら中身がない。遅かれ早かれ、脱落する」

 内心でユウを見下していたことに気づかれていたのかと、ギクリとした。しかし、今のユウの発言からするとお互い様のようだ。
 反発して、ミツキの声が鋭くなる。

「だからって、最初から諦めることないでしょ。せっかく参加したんだし」
「言わなかったっけ? 俺が参加した理由は、知り合いに頼まれたから。それだけだよ」

 たしかに自己紹介のときに、そう言っていた。でも。

「……その知り合いの人だって、こんなやけっぱちなユウさんが見たかったわけじゃないと思うけど」

 ユウは虚を突かれたように黙った。しかし、やがて「いい子ぶるなよ」と低くつぶやいた。ゆっくりと立ち上がり、服の土埃を払う。

「おまえさあ。昔、陰キャだっただろ」

 ユウは、ゆらりと、こちらを振り向いた。簾のように垂れ下がる前髪の下から睨む奥二重の目。想像していたよりもずっと力強い眼差しが、今は恐ろしい。ぎゅっとミツキの心臓が縮みあがる。
 こういう視線はよく知っている。これまでの人生で、さんざん向けられてきた――侮蔑だ。
 言葉の出てこないミツキに、ユウは喉の奥で笑った。

「俺さ、そういうのわかっちゃうんだよ。無理して明るく振舞ってても、目が卑屈なんだよな」

 ちらりと、ユウがあらぬ方向を見た。ミツキの体温がサァッと下がる。
 そうだ、この場にはカメラがある。配信を、されている。
 俺の本当の姿が……みんなに知られてしまった。

「……うわべだけ取り繕って愛されたって、意味がない」

 そう言いながら、ユウの語気が少しだけ弱まった。
 ユウは、ミツキのほうへグッと腕を突き出した。

「撮るな」

 その仕草は、カメラマンに向けたものだった。
 「え」と声をこぼしたミツキの腕を取り、強く引いて、ユウは大股で歩き出す。
 肩越しに背後を振り返ると、恐らく島の高校生だろうカメラマンは戸惑ったように立ちつくしていた。
 ユウは、そのまま体育館の周囲をぐるりと巡ると、扉を開いてなかに入った。もわりと、こもった熱気に包まれる。ワックスの剥げた床に、ぽたり、ぽたり、ミツキの顎先から汗がしたたり落ちる。それどころではないのに、床を汚してしまうことが気になった。
 ユウはしばらく歩いて、ようやくミツキの手を離した。

「……俺のこと、結構探した?」

 ユウは床に落ちた汗を見やって尋ねた。ミツキは「まあ……」と曖昧に答える。

「でも俺、もともと汗かきなんで! 今の時期とか、グレーの服着れないぐらい!」
「ふ」

 ユウが吐息のような音を漏らした。
 笑った?
 驚いて顔を見ると、「勢いよく言うことじゃないだろ」とユウがつぶやいた。淡々とした声音だったけれど、馬鹿にしている感じはしなかった。
 ユウは視線を合わさないまま、「悪かった」と謝った。

「さっき、おまえに言ったこと。出まかせ言ったわけじゃないけど、カメラの前で言うことでもなかった」

 ミツキは黙っていた。怒りたかったけれど、ユウの考えていることがよくわからなかった。
 あんなことを言った理由が単なる悪意だったら怒ることもできたけれど、今の彼の態度を見ていると、そんな単純なものではないような気がする。

「その目……は、俺のせいじゃないよな」

 問われて、ミツキは首を傾げた。

「目?」
「泣いたんだろ。すごい腫れてるじゃん。え、それとも本当はそういう顔なの?」

 本当は? ユウとは、ここで初めて会ったはずだけれど。
 ミツキのアカウントを知っているのか。意外とSNSを見るタイプなのだろうか。

「あー、これは……」

 一瞬、ごまかそうかと迷ったけれど、上手い言い訳が思いつかなかった。

「俺、めちゃくちゃ好きだったVTuberがいて……VTuberっていうかVSingerかな。歌ってみたとか中心にあげてた人なんですけど、いっつも明るくて元気で陽! って感じの人で、たまの雑談配信とかもめっちゃよくて……」

 思い出すと、またじんわりと涙が滲みそうになる。

「落ち込んでるときとかも、その人の配信見て元気になって、正直、救われてて……でも、ここ最近は配信してなくて、それでもアーカイブは残してくれてたんだけど、昨日……」

 昨日、この合宿への出発前に勇気をもらおうと動画配信サイトを開くと、チャンネルが消えていた。あとかたもなく。アーカイブも、もちろん一緒に消えた。

「ふうん」

 ユウは興味なさそうに相槌を打った。そりゃあ、そうだろう。他人の推しの話なんて、どうでもいい。
 ミツキは涙を振り払うように、かぶりを振った。

「すみません、俺の話はいいですよね! カメラマンさん呼びましょう」
「……え?」

 ユウが不審げに眉をひそめて、こちらを見る。

「ん? だってもう、残り時間一時間ちょっとですよ! 早くパート練しないと……」
「……まだ続けんの?」

 当たり前に思っていたことを尋ねられて、ミツキはハッとした。
 そうだった。知られたくない過去を、バラされてしまったんだ。
 ユウは、ちょっとバツの悪そうな顔で言った。

「俺が言うことじゃないけど、今やめれば余計に傷つかなくて済むんじゃない?」
「……」

 今、自分からオーディションを降りれば。この配信を見ている人たちに、これ以上、醜態を晒さなくても済む。
 だけど……。
 ミツキは少し考えて、首を横に振った。

「いや……さっきユウさんの言ったとおり、俺は元々陰キャで。無理に明るく振舞ってるけど、たぶん根っこは変わってないんです。推しの真似をしてるだけの、空っぽなやつ。それはユウさんがバラさなくたって、たぶんとっくにバレてて……」

 真っ白な夏休みのカレンダー。SNSに寄せられる心無いコメント。ミツキは、にこっと笑ってみせた。

「だけど、それでまた自分の殻に閉じこもったところで、なにもよくならないし。なにか変わるかもしれないなら、俺はもうちょっとだけ足掻いてみようと思います。それが、推しから教えてもらったことだから」
「……そう」

 ユウは短く相槌を打った。

「じゃあ、カメラマンさん呼んできますね!」

 体育館を出ていこうとしたミツキの背に、「あのさ」と声がかけられる。
 振り向くと、いつのまにかユウはステージの上に登っていた。端に置かれたピアノの前に立って、笑っている。
 どこか皮肉な笑いだった。

「……おまえの好きだったやつの歌って、こんな感じ?」

 それから鍵盤を叩いて、聞き覚えのあるイントロを奏ではじめる。
 ミツキの心臓が高鳴る。まさか。
 ユウは、すうと息を吸い込んで、あの卒業ソングを歌いだした。
 その歌声を耳にした瞬間、ひときわ強く心臓が脈打って、ミツキはぬいになっていた。



【配信コメント】
男子高校生の日常を24時間覗き見できると聞いて
↑キモすぎ
一人芸能人混ざってるじゃん
ルイくん顔面強すぎ
地域活性化って言ったらなんでもありなんか
スマホは没収すんなよ普通に
高校生運営?すげえ
ユウ覇気なくて草