一体、いつからそうしていたのだろう。起き上がる気力が湧いてこなくて、ベッドに倒れ込んだまま時間だけが過ぎていく。部屋に響くのはチクタクという時計の音だけ。
唇に残された熱が全身を回っている。だけど、その後の彼の反応を思い出すとサァッと血の気が引いて、その温度差に体調を崩しそう。
カーテンを閉めていない窓から見える外の景色は、すっかり暗くなっていた。晩ごはんの準備をしなくちゃ。そう思うのに、体が動かない。
「はぁ……」
ため息を吐き出したって、胸のつっかえは消えてくれない。すっきりするどころか、余計にモヤモヤが増した気がして不愉快だ。どこで何を間違えたのだろうか。自分の言動を振り返っても、正しい答えは導き出せない。
「……兄貴?」
二度目のため息を吐き出したところで、部屋の入口の方からそんな声が聞こえてきた。慌てて体を起こすと、眉間に皺を寄せたふうちゃんがこちらを見ている。どれだけぼーっとしていたんだ。ふうちゃんが帰ってきたことに気づかないなんて。
「ごめん、ご飯まだなんだ。今から用意するね」
「ちょっと待って」
料理していれば少しは気が紛れるかも。僕はちっともお腹は空いていないから何でもいいけれど、空腹の弟にコンビニ弁当を食べさせたくない。
無理した笑顔を貼り付けて、ふうちゃんの横を通り過ぎようとするけれど、パシッと手を取られて引き止められる。
「ふうちゃん?」
「……何かあった?」
普段なら「何にもないよ」と誤魔化すことができたはずなのに。息を吸っても、返せる言葉が出てこない。意味のない呼吸音。それすら聞かせたくなくて、きゅっと口を噤んだ僕を探るように見つめるふうちゃんが静かに言う。
「咲也?」
「っ、」
目敏いふうちゃんがピクリとその名前に反応した僕を見逃すわけもなく。何を思ったのか、舌打ちをして出ていこうとするのを今度は僕が引き止める。
「どこに行くつもり?」
「どこって、アイツに何かされたんだろ」
「ち、ちがう……咲也くんは悪くない」
「何で庇うんだよ」
「悪いのは全部、僕だから」
「……納得いかねぇ」
ガシガシと頭をかくふうちゃんはイライラを隠そうともしない。僕のことを思っての行動だって分かっている。だけど、咲也くんはふうちゃんの大事な友だちだから。僕が原因で二人が揉めてほしくない。
「……やっぱり話してくる」
「冬希」
「…………」
「やめて、何もしなくていいから」
滅多にしない呼び方をすると、僕が本気だということが伝わったのだろう、ふうちゃんはくるりとこちらを振り返る。その目が今にも泣きそうで、昔はよく僕の後ろをついて回っていたなぁと子どもの頃の記憶がフラッシュバックした。
「心配してくれてありがとね」
「…………」
「よーし、今日は特別にふうちゃんの好きなオムライスにしよっかな。手伝ってくれる?」
「……うん」
しょぼんと萎れたふうちゃんは大人しく頷く。これ以上気にしないように明るく振る舞うけれど、普段はしないようなミスを連発して更に心配させてしまったのは不覚だった。
◇◇
告白のときみたいにまた何事もなかったような態度を取られるのかと少し思ったけれど、さすがに今回はそういうわけにもいかなかったらしい。
あんなに学校で出くわしたときに話しかけてきたり、家に遊びに来ていたのに、徹底的にボクを避けているのか、咲也くんの姿を見ない日々が続いた。
そのときになって初めて、ずっと咲也くんの方から歩み寄ろうとしてくれていたことに気づく。僕はその努力を知ろうともせず、ただ受け身で、自分からは何にも行動していなかったことを恥じた。
このまま終わっていいの? まっすぐに思いをぶつけてきてくれた咲也くんを傷つけたまま、サヨナラしていいの? 自問自答を繰り返して、いつの間にか彼の存在が自分の中で大きくなっていたことを思い知る。
繋ぎ止めたい。かっこよくて爽やかで、年下だけど頼りになる咲也くん。僕には釣り合わないほど素敵な彼に惹かれているんだ。
「ねぇ、ふうちゃん。お願いがあるんだけど……」
もう僕への気持ちはなくなってしまったかもしれない。そう考えると胃がキリキリと痛む。顔も見たくないと、きっぱり拒絶されたらどうしよう。そんなまだ見ぬ恐怖に襲われるけれど、ここで動かなかったら平行線のまま。咲也くんだって、不安を抱えながら僕にぶつかってきてくれたのだから。
咲也くんが最初の一歩を踏み出してくれた。だったら、今度は僕から歩み寄る番だ。弟のこと以外で、自分から動くのは初めてかもしれない。頑張れ、僕。そう、自分自身にエールを送る。
どんな顔をするかな。驚くだろうか、それとも……。楽しみのような、ちょっぴり怖いような。何とも言い難い気持ちを携えて、僕は一歩を踏み出した。



