告白したら、とある二人の関係は変わるのか。
答えはノーだ。僕たちの距離感はおかしいぐらいに何も変わらなかった。
相変わらず飄々とした咲也くんは気まぐれに僕の前に現れて、少し会話を交わすとすぐに立ち去ってしまう。今日の晩ごはんの答えを聞いて「いいなぁ」と言うくせに、僕が「食べに来る?」と誘う前にひらひらと手を振っていなくなる。
ちょっと照れくさいのも、ドキドキしているのも僕ばかり。本当に僕のことが好きなの? そう聞いてしまいたくなるほどあっさりしているものだから、あれは夢だったのかと自分の記憶を疑いたくもなる。
名残惜しいと思っているのは僕だけなのだろうか。そう思わせたくて取った行動なら、僕はまんまと彼の策略にハマっていることになる。駆け引きなんて器用なこと、僕はできないのに。経験の差を感じてチクッと胸が痛んだことは、咲也くんには絶対に言わないと決めている。
これまではふうちゃんが占領していたのに、日に日に頭の中で咲也くんのことを考える時間が増えている。自分の中の変化に正直追いつけていなくて、戸惑ってばかり。
そんな状態でやってきたテスト期間。教科書を読み込んでみるものの、全く頭に入ってこなくてすぐにどこまで読んだか分からなくなってしまう。そうして、ついにページを捲る指が止まってしまった。はぁ……と大きく息を吐き出していると、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。
まだ、ふうちゃんは帰宅していない。部活は休みだけど、図書館で勉強してくると言っていたからいつもと帰宅時間はそんなに変わらないはず。それに、いつもならチャイムだって鳴らさないし。もしかして、鍵、忘れたのかな。それとも、何か荷物が届いた?
読みかけの日本史の教科書を投げ出して、ぱたぱたと階段を駆け下りる。その勢いのままに玄関のドアを開ければ、満面の笑みを浮かべたイケメンが立っていた。
「えっ」
「こんにちは」
戸惑う僕をよそに爽やかに挨拶してくるのは、咲也くん。隣にふうちゃんの姿は見つからなくて、キョロキョロと探してしまう。
「どうしたの? ふうちゃんならまだ帰ってないよ?」
「あー……冬希と一緒に勉強する約束してたんですけど、俺の方が先に着いちゃったみたいですね。じゃあ、ここで待ってます」
にこっと笑う好青年を外で待たせるような、そんな薄情な奴じゃない。ましてや大事な弟のお友だち。ここはお兄さんとして丁重にもてなさなくては。
「中、入ってよ。僕も勉強してたんだけどちょうど集中力切らしてたからさ、話し相手になってくれないかな」
「そういうことなら、お言葉に甘えて……」
頭を悩ませている張本人を誘うのもどうかと思ったけれど、他にうまい言い訳が見つからなかったのだからしかたない。頷いてくれた咲也くんを招き入れると、脱いだ自分の靴をしっかりと揃えていて礼儀正しいんだなと感心する。
「リビングでいいかな……」
「陽希くんの部屋がいいです」
「えっ、僕の部屋? 何もおもしろいものないよ?」
「だめですか?」
「う、しかたないなぁ……」
年下からのおねだりにめっぽう弱いと自覚している僕は、例に漏れず、咲也くんのきゅるんとした瞳を前にしてすぐに白旗をあげる。謎の敗北感を味わいながら階段を上る僕の後ろを、カルガモの子どものように大人しく着いてくる咲也くんはなんだか上機嫌。
「あ、この映画好きなんですか?」
「うん、ふうちゃんにはサブスクで観れるじゃんって言われたんだけど、好きなものは手元に置いておきたくてさ、Blu-ray BOXも買っちゃったんだ」
部屋に入ってまず目につく、壁にかけられた映画のポスター。ちょっとニッチな作品なのに知っているんだとテンションが上がって、じゃーんと円盤を並べたラックを紹介すれば咲也くんが目を輝かせた。
「すご、コレクションじゃないですか」
「ふふ、咲也くんも映画好きなんだね」
「登場人物に自分をなぞらえるのが好きで、非日常を味わえるっていうか……。俺も円盤派なので、陽希くんの気持ち、分かります」
「えー、嬉しい。仲間だ」
自分と同じ趣味を持つ仲間が見つかるって、こんなに嬉しいことなんだ。表情筋が仕事を放棄して、ゆるゆるになってしまう。咲也くんならもっと映画の話ができるかも。ワクワクしながら彼の方を向いて、部屋に入ってから立たせっぱなしなことに気がついた。
「あ、ここ座って」
「えっ」
友だちの少ない僕は、大地ぐらいしか家に呼んだことがない。大地は部屋に入ってくるなり勝手にベッドに寝転ぶから、それと同じ感覚でそこを指させば咲也くんは「マジで?」と言いたそうな顔をしてバッと僕の方を向いた。
珍しく焦っているらしいけれど、その理由は分からない。ん? と首を傾げると、咲也くんは天井を見上げて「あー……」と意味のない言葉を発した。
「もしかして、潔癖症だった? ごめんね、気が利かなくて。ふうちゃんのところからクッション借りてくる」
「待って、違うから」
そうかそうかと、思い当たった理由に納得して出て行こうとすると、パッと手を取られて引き止められる。すーっと大きく息を吐いた咲也くんが口を開いた。
「無防備すぎますよ」
「……え?」
「危機感が足りてない」
「何が……?」
さっきまで楽しく話していたはずなのに。突き放されたみたいで悲しくなる。
「簡単にベッドに座れなんて言うから……」
「だって、大地はいつもベッドを使うし」
「は?」
初めて、咲也くんを怖いと思った。地を這うように低い声で聞き返されて、背筋が凍る。一歩後ろに下がると、ベッドに足が当たって体勢を崩した。あ、と思った瞬間に手を引かれてホッと息を吐いたのもつかの間、そのままゆっくりと押し倒された。
「俺の告白は忘れちゃいましたか?」
あまりに苦しそうに言うものだから、はと動きを止めてしまう。背中に触れるのはいつもの感触なのに、まるで非日常。ゆっくりと彼の顔が近づいてきて、そうするのが自然と体が分かっていたみたいに僕はぎゅっと目を閉じた。感覚が研ぎ澄まされた分、余計に心臓がドキドキとうるさく感じた。
その数秒は永遠にも感じたのに、結局彼が僕に触れることはなかった。離れていく気配がして恐る恐る目を開けると、咲也くんは片手で顔を覆っていた。
「隙ありすぎ」
「…………」
「世の中には悪い奴がいるんですよ」
「でも、咲也くんは悪い子じゃないでしょ?」
そう言って見上げた咲也くんの表情は無に等しかった。何を考えているのか分からない。悲しいの? 悔しいの? それとも、怒ってるの? その瞳に隠された感情を読み取ろうと探るけれど、綺麗に隠されてしまって答えが見つからない。
今度は目を閉じる隙すら与えられなかった。唇に触れたのは一瞬で、なのに僕を混乱させるのには十分で。
「……ごめん」
唇を噛み締めた咲也くんがそう言い残して部屋を出ていく。今にも泣き出しそうな彼を「待って」と引き止めたいのに、手は空を切るだけ。追いかけることだってできたのに、聞きたいことはたくさんあったのに、謝罪されたという事実が僕をベッドに磔にする。
初めてのキスだった。衝撃はあまりに大きくて、熱が体中で渦巻いている。謝られたってことは、咲也くんにとって不本意なキスだったのかな。そう思うと胸の奥がズキズキと傷んで、涙がぽろりと零れ落ちた。



