世界一かわいいのは弟であって、僕ではない


 ◇◇

「珍しくギリギリだったじゃん」
大地(だいち)聞いてよ、朝からふうちゃんがかわいくてさ」
「あー、ふうちゃんも今日から一緒なんだっけ」
「そう! 久しぶりに『お兄ちゃん』って呼んできてさぁ、まだまだ甘えてくれるんだなぁって思ったら顔がずっと弛んじゃう」
「典型的なツンデレキャラみたいだな」
「ふうちゃんはそういうのじゃないから」
「ごめんごめん」

 教室に入ると、見慣れた顔が声をかけてきた。幼なじみの大地と今年は同じクラスでホッとする。ふうちゃんのかわいさを熱く語ろうとするけれど、担任が入ってきて中断せざるを得ない。残念、大地ならふうちゃんと顔見知りだから思う存分語れたのに。

 ふうちゃん、友だちできたかなぁ。忘れ物してないかなぁ。体操服でも筆記用具でも、教科書は学年が違うから難しいけど、足りないものがあるならいつでもお兄ちゃんを頼っていいんだからね。あ、ふうちゃんのために去年使った教科書をロッカーに置いておこうかな。でもそれがバレたら、そこまで面倒見なくていいって怒られちゃいそう。

 そうやってふうちゃんのことばかり考えていたら、あっという間に帰る時間。あ、今日はスーパーの特売日だ。早く帰らなくちゃ。通学カバンに荷物を詰め込んでいれば、大地が声をかけてくる。

「今年も相変わらず帰宅部続行?」
「今更どこかに入部なんてできないよ。それにふうちゃんには学校生活を楽しんでほしいし、僕が家のことをやらなくちゃ」
「……自分を犠牲にしすぎなんだよなぁ」
「大地?」

 ぼそっと呟かれた言葉が聞き取れなくて名前を呼べば「なんでもない」と首を横に振られて誤魔化された。

「また部活ない時に家行くわ」
「うん、ふうちゃんも喜ぶよ」
「どうだか、アイツは俺に敵意むき出しだからな」
「ふうちゃんが? まさか」
陽希(はるき)の前では昔から猫被ってるんだよ」
「ちょっと人見知りなだけで優しい子だよ?」
「人見知りは兄の隣に立ってる男を睨みつけたりしません」
「えー」

 ふうちゃんが大地を睨みつけるって?
 嘘だぁ、ないないと笑ってしまう。確かに他人に興味はなさそうだけど、そんな姿が想像すらできなくて信じられない。

「大地は幼なじみだから甘えてるんだよ」
「んなわけ。……ったく、いつまでかわい子ぶってるんだか」
「おっと、ふうちゃんの悪口は聞き逃さないよ」
「ハイハイ、ほら今日はスーパー寄って帰るんだろ。早く行かないと主婦に負けんぞ」
「あっ、そうだった。じゃあまた明日ね」
「おう、気をつけて」

 ひらひらと手を振る大地に見送られて、僕はタタッと駆け出した。のんびりしてたけど、バスケ部は今日休みなのかな。まぁ、大地のことだからうまいことやるんだろうけど。

 今日の晩ご飯は何にしよう。登校初日で、きっと疲れて帰ってくるふうちゃんの好物にしようかな。そんなことを考えながら、スーパーまで自転車で全力疾走。

 僕の世界はちっぽけだ。ふうちゃんにはあんな風に言ったくせに、新しい友だちだってできていない。でも別にどうってことない。ただ、ふうちゃんの喜ぶ顔が見たいだけ。ふうちゃんが笑ってくれたら、僕も笑顔になれるから。今日も僕の世界の中心は、ふうちゃん以外ありえない。