深川冬希、僕が世界で一番愛している、血を分け合った弟。僕とは違って才能に満ち溢れたふうちゃんは、世界一かわいくて、かっこいい自慢の弟。運動神経抜群で、成績優秀、それに要領もいいから、ふうちゃんの方が兄だと思われがち。昔は僕の方が大きかったのに、身長だってすっかり抜かされてしまって、今や兄としての威厳はないに等しい。
でも、そんなことはどうでもいい。出来損ないの僕がそんなかわいいふうちゃんの兄というおいしいポジションに収まっているだけで、すごくすごーくありがたいのだから。
「兄貴、もう食べないの?」
「えっ、あ、もうこんな時間……」
壁にかけられた時計を見れば、時間ギリギリ。考え事をしながら、のんびりとパンを咀嚼している場合じゃない。やばいと焦って牛乳を飲んで咳き込む僕を呆れたように見ながら、ふうちゃんは大きくため息を吐き出した。
「しっかりしてよ、今日から二年生……俺の先輩なんだから」
「ごめんね、ふうちゃんと同じ学校に通えるのが嬉しくて浮かれてた」
「ったく、またそんなこと言って……。俺、先行くからね」
「うん、行ってらっしゃい」
ふうちゃんまで時間ギリギリになって、初日からバタバタと急がせるのはかわいそうだ。ちゃんと自分のスケジュール管理ができて偉いと視線を送るけれど、ふうちゃんはツンとしたまま表情ひとつ変えない。せめて玄関までは見送ろうと立ち上がりかけると、ふうちゃんはこちらをくるりと振り向いた。
「見送りはいいから、早く食べて準備して」
「ふぁい……」
「ちゃんと追いついてきてよね」
「うん、すぐ行くね」
か、かわいい〜! 昔から根っこの部分が優しいふうちゃんは反抗期がきても完全に悪ぶれていなくて、なんだかんだ僕に甘い。頼りない兄だと思われているのかもしれないけれど、ふうちゃんがいい子で僕はとても嬉しい。
ちょっと照れたみたいで耳を赤くしながら出て行くふうちゃんをニコニコしながら見送って、残されたパンの欠片を牛乳で喉奥に流し込む。かわいい弟が僕と一緒に登校したがっているんだ、これ以上余計なことを考えている暇はない。
ごめんなさい、洗いものは帰ってからします。
シンクに皿とコップを置いて、もう仕事に行った両親にそう懺悔する。共働きの両親はとにかく忙しそうで、今朝だって朝ごはんの準備を終えたらすぐに出て行ってしまった。帰ってくるのも遅いから、晩ご飯作りは僕が担当。学校から帰ったら、ご飯を作る前に片付けようと決めて、僕は通学カバンを手に取った。戸締りよし、火元よし。最終確認をして外に出れば、門扉の前にひょっこり見える見慣れた姿。
「ふうちゃん!」
「……おそい」
先に行くって言っていたのに、結局家の前で待っていてくれたかわいい弟の元に家の鍵を閉めてからタッタッと駆け寄る。
「ごめんね、待っててくれてありがとう」
「別に、お兄ちゃんが俺と登校したいって言ってたから今日だけ特別」
「ふうちゃんは今日もかわいくていい子だね」
いつからか「にぃに」と呼んでいたのが「お兄ちゃん」になって、反抗期を迎えると「兄貴」という呼び方に変わっていった。これも成長だなぁと噛み締めていたけれど、今でも気を抜くと「お兄ちゃん」呼びになるのがかわいくてたまらない。表情筋をゆるゆるにしながら手を伸ばして頭を撫でようとするも、それを察したふうちゃんにサッと避けられる。目的地を失った手が寂しい。
「俺だって高校生なんだから、もうむやみやたらに撫でんなよ」
「え……ふうちゃんをよしよしするのは唯一の兄である僕の特権なのに?」
「変なところで自己肯定感高いんだよなぁ」
「何か言った?」
「何も。ほら行くよ、遅刻する」
「はーい」
ほんとう、これじゃあどっちが兄なのか分かんないや。先に歩き出したしっかり者のふうちゃんの元に駆け寄って、肩を並べて歩く。二年前、中学三年生ぶりの兄弟揃っての登校に僕はすっかり浮かれて、胸が弾んでいた。



