今日の大分市内の最高気温は24度
エアコンの設定温度と同じなのに、全然、快適じゃない
商店街沿いにあるコインパーキングに停車する、一台の白い軽トラック
フリーライターの小林雉はハンドルに全体重を載せ、ぐったりとした表情で相方を待つ
空港からレンタカーを借りたのはいいが、運転してすぐにオイル漏れで立ち往生
自分の車でもないのに警察官に怒られ、頭を下げ、電話したレンタカー会社のオペレーターは平謝り
無料で貸してあげると言われ、タクシーで別のレンタカー会社に
いや、レンタカー会社というよりは、農業用途の車両のレンタル会社であった
唯一、まともに市街地を走れそうなのは、この軽トラックだけだったのだが
要注意事項で、「エアコンが故障中」であったのだ
相方は免許を持っていないくせに、時間に厳格なせいで、他の車を借りることはしないと宣言した
東京よりも暑いのではないかと思うくらい、灼熱の太陽光に照らされ、車内は蒸し風呂状態となる
これで問題なく走行できるというのは、流石は日本車だ
どうせなら故障して、早めにホテルにチェックインさせて欲しい
「おう悪いな」
相方は悪びれもせず、助手席に乗り込むと、煙草に火を付けた
雉は慌てて、手で煙草を隠す
「先輩レンタカーですよ
あっつい」
「悪かった」
二度目ですよ先輩
雉はうんざりとした目で十川千宮を見る
「取材はできたんですか?」
「いやぁ目撃証言しかなくてな
悪い
現場内の写真があればよかったんだが」
三度目ですよ先輩
「でも、ガス爆発の映像は入手済みだっての」
「それ、早く言ってくださいよ」
「悪い悪い」
四度目ですよ先輩
千宮は慣れた手付きでノートパソコンを操作し、マイクロSDカードに保存された映像を再生する
木造二階建てのアパートの一室が閃光とともに爆発する
モノクロの映像だけでもその迫力は充分だ
雉はもう一度、映像を再生する
画面は変わり、AI生成のアニメーションが流れ始める
男女がセックスしている映像だ
「快感ギンギンマカドリンクゴールド」
精力剤のCMであった
雉は白んだ目で画面を見る
「なんですかこれ」
「フリーソフトだからなこれ
よく広告が挟まる」
「⋯」
「悪い」
もう何度目だ。数えるのも馬鹿らしい
「今日の取材は切り上げて、この映像で告知用の記事書きましょう
どっかのファミレス行きますよ」
千宮はロレックスの腕時計を見る
金色のだ。ゴルフコンペの景品の
「まだ四時間ある
遡って、最初の事件を取材しよう」
色々言いたいことはあるが、雉は全て胃袋の中に仕舞い込んだ
そして、雉は力の籠もったため息を吐き出す
雉はカーナビを最初の事件現場に合わせ、車を発進させた
二人は大手町にある、株式会社ハッピーメディアと業務委託契約を結ぶ記者だ
マスコミでは報道されないが、確実におかしな事件を調査し、記事にする
1文字3円、完成記事から換算。取材費は一万円札一枚のみ
閲覧数の2パーセントは記事執筆者に還元
バズらせても、取材費に消え、単発バイトの方がよほど儲かる
それでも働く理由は、社長のマイルだけは自由に使っていいので、豪遊三昧の彼のおかげで全国津々浦旅行に行けるからだ
運転中、雉のスマホが鳴る
雉は目で合図をする。千宮は雉のスマホを操作し、電話に出る
「もしもし雉さん
良い記事書けた〜」
電話の相手が社長だと分かると、否や、千宮はスマホを雉の耳に当てた
「雉ちゃんのこないだ書いた記事
ゴルフ場の池の水全部抜いてみた
回収したゴルフボールはアマゾンの密林に消える
3,000レビュー達成おめでとう
報酬60円アップ」
雉は心の中で舌打ちする
「じゃあ社長はこれから乃木坂で女子アナと密会
バイバイー」
電話は一方的に切れる
千宮はスマホを雉の耳から離す
雉はもう怒り心頭であった
アクセルを強く踏み込むと、ジェットコースターのような運転で、次の現場へと向かった
次の現場もまた、木造2階建てのアパートであった
雉は乱暴に車を停め、二人は降車する
雉と千宮は事件の起きた205号室の前に立つ
部屋の奥から1号室と数えるのは歪だ
雉は恐る恐るドアノブに手を掛ける
次の瞬間、階段を駆け上がる音がして手を止めた
作業服姿の男が雉と千宮を見て、足を止める
「もしかしてご遺族の方ですか」
「いや――」
雉は千宮を腕で制する
「彼は私の職場の同僚です
遺族は私です」
男は安心しきった表情をする
「あぁよかった
早くに到着してしまったので」
男は雉に鍵を手渡す
「お預かりしていた鍵です」
雉は鍵を受け取る
「どうも」
男は軽く会釈をすると、どだどだと階段を駆け下りていった
雉は千宮を見る
「時間がない」
雉と千宮は事件現場に足を踏み入れた
長い廊下を歩き、広い洋室に入る
二人は唖然とした
部屋中、なにかが貫通した穴が空いていた
雉は手を動かし、貫通した物体を再現する
「ここからこう流れたわけじゃない」
雉は体を動かし、別の穴から穴へと、手を動かす
「でさ
ここからここへと流れている」
雉は首を傾げる
「どこにいった」
「さぁ」
もしも、巨大な物体が建物に何本も突き刺さったら、それこそ大事件になる
だが、そういったニュースは流れていないし、撤去した話も聞いたことがない
雉は鞄からミラーレス一眼レフを取り出し、ストロボを焚いて、室内を隈無く撮影する
雉はカメラを仕舞うと、満足げな表情をする
「よっし
早くホテルにチェックインして記事を練ろう」
雉が顔を上げると、千宮は壁に空いた穴に体を突っ込んでいた
いくら先輩でも悪ふざけの度が過ぎる
雉は千宮の体を引っ張り出そうとする、刹那、
「えっ」
女が廊下に立っていた
女の顔は真っ黒だ。何かを塗ったわけでもなく、何かを被っているわけでもない
「シクシクシクシク」
女は奇妙な鳴き声を発する
雉の心臓が早鐘を打つ
早くここから逃げ出さなければ
雉が後退を始めたと同時に、
「死体置場」
女は言葉を発した
雉の意識が遠のく
どこからともなく現れた黒い影が雉を突き刺した
◇
3時間後、吉野おさむは事情を知る警察官と共に、現場に足を踏み入れる
二人は刑事から説明を受ける
「第一発見者は被害者遺族
遺品回収業者と待ち合わせをし、鍵を受け取ろうとしたが、部屋のドアが空いていたことに気が付く
空き巣の可能性があると思い、すぐに通報
最寄りの交番から警察官が駆けつけ、現場を確かめたら、見知らぬ男女二名の遺体が見つかりました
おそらく、所持品から察するに、取材目的で来たのかと」
おさむは欠損の激しい遺体の前に屈み、手を合わせる
1分間の黙祷の後、口を開くと、
「I事案ですね」
と言った
警察官は言う
「痕跡は辿れないのか」
「そんなファンタジーなの無理っすよ」
「事件を未然に防ぐ方法は?」
おさむは右目の間に手で丸い円を作り、徐々に円を狭めていく
「事件が起きて、調査して、やっと的が絞れてくるんですよ」
おさむは警察官の肩を叩く
「いい仲間に出会えそうです」
おさむは部屋から外に出る
続けて、警察官も外に出る
残された刑事は不思議そうな表情をする
外は昼間の熱気が消え去り、肌寒さを感じるほどだ
おさむは立ち止まると空を見上げた
今夜は満月である
おさむは月を見て、ほくそ笑む
「異能犯罪だな」
おさむは警察官ではない
警察庁から依頼された調査員である
調査の対象は、異能を使った犯罪
法で裁けない犯罪に私刑を加える
それがおさむ達、調査員に与えられた仕事である
決まった組織名はないが、通称・第三特殊部隊という
その存在を知る者も少なく、半ば、都市伝説と化している
I事案は、大分県内で発生する連続不審死事件で、相手を酸欠状態にしてから串刺しにする、まことにむごたらしいものだ
おさむは腕を頭の後ろで組み、口笛を吹く
もうこれで十件目だが、未だ、解決の糸口は掴めていない
おさむはどうするものかと目を細めた
エアコンの設定温度と同じなのに、全然、快適じゃない
商店街沿いにあるコインパーキングに停車する、一台の白い軽トラック
フリーライターの小林雉はハンドルに全体重を載せ、ぐったりとした表情で相方を待つ
空港からレンタカーを借りたのはいいが、運転してすぐにオイル漏れで立ち往生
自分の車でもないのに警察官に怒られ、頭を下げ、電話したレンタカー会社のオペレーターは平謝り
無料で貸してあげると言われ、タクシーで別のレンタカー会社に
いや、レンタカー会社というよりは、農業用途の車両のレンタル会社であった
唯一、まともに市街地を走れそうなのは、この軽トラックだけだったのだが
要注意事項で、「エアコンが故障中」であったのだ
相方は免許を持っていないくせに、時間に厳格なせいで、他の車を借りることはしないと宣言した
東京よりも暑いのではないかと思うくらい、灼熱の太陽光に照らされ、車内は蒸し風呂状態となる
これで問題なく走行できるというのは、流石は日本車だ
どうせなら故障して、早めにホテルにチェックインさせて欲しい
「おう悪いな」
相方は悪びれもせず、助手席に乗り込むと、煙草に火を付けた
雉は慌てて、手で煙草を隠す
「先輩レンタカーですよ
あっつい」
「悪かった」
二度目ですよ先輩
雉はうんざりとした目で十川千宮を見る
「取材はできたんですか?」
「いやぁ目撃証言しかなくてな
悪い
現場内の写真があればよかったんだが」
三度目ですよ先輩
「でも、ガス爆発の映像は入手済みだっての」
「それ、早く言ってくださいよ」
「悪い悪い」
四度目ですよ先輩
千宮は慣れた手付きでノートパソコンを操作し、マイクロSDカードに保存された映像を再生する
木造二階建てのアパートの一室が閃光とともに爆発する
モノクロの映像だけでもその迫力は充分だ
雉はもう一度、映像を再生する
画面は変わり、AI生成のアニメーションが流れ始める
男女がセックスしている映像だ
「快感ギンギンマカドリンクゴールド」
精力剤のCMであった
雉は白んだ目で画面を見る
「なんですかこれ」
「フリーソフトだからなこれ
よく広告が挟まる」
「⋯」
「悪い」
もう何度目だ。数えるのも馬鹿らしい
「今日の取材は切り上げて、この映像で告知用の記事書きましょう
どっかのファミレス行きますよ」
千宮はロレックスの腕時計を見る
金色のだ。ゴルフコンペの景品の
「まだ四時間ある
遡って、最初の事件を取材しよう」
色々言いたいことはあるが、雉は全て胃袋の中に仕舞い込んだ
そして、雉は力の籠もったため息を吐き出す
雉はカーナビを最初の事件現場に合わせ、車を発進させた
二人は大手町にある、株式会社ハッピーメディアと業務委託契約を結ぶ記者だ
マスコミでは報道されないが、確実におかしな事件を調査し、記事にする
1文字3円、完成記事から換算。取材費は一万円札一枚のみ
閲覧数の2パーセントは記事執筆者に還元
バズらせても、取材費に消え、単発バイトの方がよほど儲かる
それでも働く理由は、社長のマイルだけは自由に使っていいので、豪遊三昧の彼のおかげで全国津々浦旅行に行けるからだ
運転中、雉のスマホが鳴る
雉は目で合図をする。千宮は雉のスマホを操作し、電話に出る
「もしもし雉さん
良い記事書けた〜」
電話の相手が社長だと分かると、否や、千宮はスマホを雉の耳に当てた
「雉ちゃんのこないだ書いた記事
ゴルフ場の池の水全部抜いてみた
回収したゴルフボールはアマゾンの密林に消える
3,000レビュー達成おめでとう
報酬60円アップ」
雉は心の中で舌打ちする
「じゃあ社長はこれから乃木坂で女子アナと密会
バイバイー」
電話は一方的に切れる
千宮はスマホを雉の耳から離す
雉はもう怒り心頭であった
アクセルを強く踏み込むと、ジェットコースターのような運転で、次の現場へと向かった
次の現場もまた、木造2階建てのアパートであった
雉は乱暴に車を停め、二人は降車する
雉と千宮は事件の起きた205号室の前に立つ
部屋の奥から1号室と数えるのは歪だ
雉は恐る恐るドアノブに手を掛ける
次の瞬間、階段を駆け上がる音がして手を止めた
作業服姿の男が雉と千宮を見て、足を止める
「もしかしてご遺族の方ですか」
「いや――」
雉は千宮を腕で制する
「彼は私の職場の同僚です
遺族は私です」
男は安心しきった表情をする
「あぁよかった
早くに到着してしまったので」
男は雉に鍵を手渡す
「お預かりしていた鍵です」
雉は鍵を受け取る
「どうも」
男は軽く会釈をすると、どだどだと階段を駆け下りていった
雉は千宮を見る
「時間がない」
雉と千宮は事件現場に足を踏み入れた
長い廊下を歩き、広い洋室に入る
二人は唖然とした
部屋中、なにかが貫通した穴が空いていた
雉は手を動かし、貫通した物体を再現する
「ここからこう流れたわけじゃない」
雉は体を動かし、別の穴から穴へと、手を動かす
「でさ
ここからここへと流れている」
雉は首を傾げる
「どこにいった」
「さぁ」
もしも、巨大な物体が建物に何本も突き刺さったら、それこそ大事件になる
だが、そういったニュースは流れていないし、撤去した話も聞いたことがない
雉は鞄からミラーレス一眼レフを取り出し、ストロボを焚いて、室内を隈無く撮影する
雉はカメラを仕舞うと、満足げな表情をする
「よっし
早くホテルにチェックインして記事を練ろう」
雉が顔を上げると、千宮は壁に空いた穴に体を突っ込んでいた
いくら先輩でも悪ふざけの度が過ぎる
雉は千宮の体を引っ張り出そうとする、刹那、
「えっ」
女が廊下に立っていた
女の顔は真っ黒だ。何かを塗ったわけでもなく、何かを被っているわけでもない
「シクシクシクシク」
女は奇妙な鳴き声を発する
雉の心臓が早鐘を打つ
早くここから逃げ出さなければ
雉が後退を始めたと同時に、
「死体置場」
女は言葉を発した
雉の意識が遠のく
どこからともなく現れた黒い影が雉を突き刺した
◇
3時間後、吉野おさむは事情を知る警察官と共に、現場に足を踏み入れる
二人は刑事から説明を受ける
「第一発見者は被害者遺族
遺品回収業者と待ち合わせをし、鍵を受け取ろうとしたが、部屋のドアが空いていたことに気が付く
空き巣の可能性があると思い、すぐに通報
最寄りの交番から警察官が駆けつけ、現場を確かめたら、見知らぬ男女二名の遺体が見つかりました
おそらく、所持品から察するに、取材目的で来たのかと」
おさむは欠損の激しい遺体の前に屈み、手を合わせる
1分間の黙祷の後、口を開くと、
「I事案ですね」
と言った
警察官は言う
「痕跡は辿れないのか」
「そんなファンタジーなの無理っすよ」
「事件を未然に防ぐ方法は?」
おさむは右目の間に手で丸い円を作り、徐々に円を狭めていく
「事件が起きて、調査して、やっと的が絞れてくるんですよ」
おさむは警察官の肩を叩く
「いい仲間に出会えそうです」
おさむは部屋から外に出る
続けて、警察官も外に出る
残された刑事は不思議そうな表情をする
外は昼間の熱気が消え去り、肌寒さを感じるほどだ
おさむは立ち止まると空を見上げた
今夜は満月である
おさむは月を見て、ほくそ笑む
「異能犯罪だな」
おさむは警察官ではない
警察庁から依頼された調査員である
調査の対象は、異能を使った犯罪
法で裁けない犯罪に私刑を加える
それがおさむ達、調査員に与えられた仕事である
決まった組織名はないが、通称・第三特殊部隊という
その存在を知る者も少なく、半ば、都市伝説と化している
I事案は、大分県内で発生する連続不審死事件で、相手を酸欠状態にしてから串刺しにする、まことにむごたらしいものだ
おさむは腕を頭の後ろで組み、口笛を吹く
もうこれで十件目だが、未だ、解決の糸口は掴めていない
おさむはどうするものかと目を細めた


