ここまで来たらな、運命なんだよ〜苦手なお隣の天才医師と、エナジー吸血鬼になったあたし〜

「おいこら、雪乃になにしてんだよ」

 龍太郎の棘を含んだ声があたしの背中にぶつかる。

「……なにも、してませんよ?」

 春時がふふっと満足げに笑う。

「ウソをつくな! おれはおまえが雪乃の指を口に入れたのを見たんだぞ! なにしてんだ、この変態野郎がっ」

 (まく)し立てるように彼が春時にいう。

 ふたりがバチバチと火花を散らし始める。

 目が大きく、完璧な黄金比、アイドル顔負けの中性的美男子龍太郎と、色が驚くほど白くて、まつ毛がバサバサと音を立てそうな色気がある黒髪の春時。

「やれやれ、うるさい男が来たもんだ。じゃあまたね、《《雪乃さん》》」

 春時がウインクを飛ばしてきた後、パチンと指を鳴らした。

 強風が吹いた。あたしと龍太郎は思わず目を閉じる。

 風がおさまり、あたしが目を開けると春時の姿はなく、甘美な花の香りだけが残っていた。

「あ、あれ? あの野郎、どこに行ったんだ……?」

「お、おかしいね……」

 あたしと龍太郎があたりを見渡すも、ただ爽やかな朝の日差しがそこにあるだけで、春時の姿はなかった。

「……おまえさ、変なことされてたよな? 大丈夫か?」

 龍太郎があたしに目をやる。

 彼の瞳がひどく揺れていた。

「大丈夫……じゃないかも」

 謎のふらつきと倦怠感で、足元がおぼつかなかった。

「……雪乃?」

 龍太郎があたしの肩を両手で支えた。それはあたしの知らない大きな手。

 ドクン──

 鼓動が跳ねる。

 彼の吐息が耳に触れる。絹のような鳶色(とびいろ)の髪からはシャンプーの香りがした。

 至近距離で見る彼は紛れもなく、美しかった。

 ……女の子よりきれい。

 そんなどうでもいい思考で必死にごまかしていたが、あたしは確実におかしかった。

 黒いシャツが龍太郎のきめ細かい白肌をより引き立てていた。

(り、龍太郎のあの首すじを、噛みたい……あの蒼いものはなに? 今まであんなものが見えたっけ?)

 彼からあふれ出る蒼い霊力(エナジー)

 それはあたしにはごちそうにしか見えなかった。

「……り、龍太郎……」
 
 自分でも信じられない甘い声が出て、あたしは龍太郎の首まわりに腕を伸ばして抱きついた。

「な、なんだよ、おまえ」

 明らかに狼狽する龍太郎。

「あ、あたし……」

 なぜか龍太郎に噛みつきたいの。
 そのエナジーをちょうだい……。

 熱に浮かされていく身体。

 思考がドロドロに溶けていく。
 
「お、おい。こんな朝っぱらから、い、いや、こんな街中で、えっ……?」

 きめ細やかな肌が熟した果実みたいに色づく。

 彼の鳶色の瞳が泳ぎ、せわしなく瞬きを繰り返している。

 なんて長いまつ毛……あたしもあのまま龍太郎を好きでいられたら、いまは違ったのかな。

 ドクン、ドクン──

 身体の芯が甘く痺れていく。

 心臓から全身へ、熱い波が押し寄せる。

「ごめんね、龍太郎」

 あたしは龍太郎と視線を絡めた。

「えっ──」

 弾き出された低い声、見開かれた瞳にあたしの姿が映り込む。

 あたしの髪が揺れる。

 そのまま彼の首筋にくちびるを当てた。

 かぷっ──

 なんとあたしは龍太郎の首筋に軽く噛みついていた。