ここまで来たらな、運命なんだよ〜苦手なお隣の天才医師と、エナジー吸血鬼になったあたし〜

「ほら、早く吸えよ……?」

 あたしの頭上で低いハスキーボイスが唸る。

 す、吸えよ……?

 やめて! そんな言葉は使わないでっ。信じられないぐらい卑猥よ!

 あたしだって、好きでこんな身体になったわけじゃない……。

「……どうしたんだよ?」

 この物語のもうひとりの主人公、立冬(りっとう)龍太郎(りゅうたろう)。彼の目があたしを見据える。ちなみにあたしの名前は羽田(はねだ)雪乃(ゆきの)

 鳶色(とびいろ)の澄んだ瞳。レイヤーがふんだんに入った同色の髪が彼の頬をかすめている。

「はぁ、はぁ……」

 自分の呼吸が乱れるのがわかった、もう身体は限界。

「急がないとおまえ、エネルギー切れになるぞ」

 龍太郎とあたしはただ見つめ合っていた。

 現在、病院のカンファレンスルームでふたりきり。

 夕焼けに染まった空が彼の顔を照らして、そのきれいな顔立ちをこれでもかと、浮かび上がらせている。

「…………」

 あたしは彼の白衣の隙間から見える首筋に、自分の鼓動が跳ねたのがわかった。

 ごめん、龍太郎──

 彼の首まわりに腕を回し、あたしは龍太郎の首筋にくちびるをそっと当てた。

 かぷっ──

 あたしの歯が彼の肌を軽く噛んだ。

 甘噛み。

「……っ!」

 彼から声にならない、どこか甘い声が漏れた。

 ……ん? 今の声はなに?

 あたしは顔を上げて、龍太郎に視線を向ける。

「…………」
  
 彼の顔が耳まで赤くなっていた……

 えっ? どういうこと?

 その時、ふたりの間に光の柱が立ち上がる。

 パァァァ……!
 
 噛んだ場所から蒼い光があふれてきて、それがあたしの身体を包み込んだ。

 頭の中が真っ白になって、それが熱に変わる。

「ふぅ……」

 全身を駆け巡る龍太郎の霊力(エナジー)

 それがあたしの体内に染み渡り、隅々まで満たしていく。

 どこか柔らかくて安心するエナジー。

「ありがとう、龍太郎」

 彼から腕を離して、あたしはお礼を告げた。

「……おまえさ、こんな危険な状態になるまで放置すんなよ。次はもっと早くおれのところに来い。いいか、わかったな?」

 離れた途端にこれだ。いつもの龍太郎の辛口。

 ヒィ~辛い、辛い。

「わ、わかってるよ。今日はたまたま残業になっちゃってさ、抜けられなかったんだもん」

 この男に負けるわけにはいかない。

 わけのわからない対抗心が芽生えた。

「どうだかな……雪乃はドジだからなぁ」

 龍太郎があたしの顔をのぞき込んできた。彼の鳶色(とびいろ)の髪が揺れて視界に入ってくる。

 ドキッ──

 心臓が無駄に跳ねた。

「や、やめてよ。顔を近づけないでよ」

 彼は見た目だけはあたしのタイプだから、すこぶる困る。

 女の子顔負けの中性的な顔立ち、でもって院内一のモテ男。

 みんな、この男の顔に騙されないで!

「おれはバイキンかよ……」

 言葉とは裏腹に、ふっと鼻で笑った龍太郎があたしに背を向けて、歩き出す。

「仕事中なのにありがと。今日は当直だよね? む、無理しないでね」

 彼の大きな背中に話しかけた。

「……おれのシフト、よく知ってるんだな」

 龍太郎がドアノブを握ったまま、ピタッと立ち止まった。

「あ、うん。一応知ってるよ……?」

 な、なに? 彼の身体が震えている……?

 あたしは小刻みに揺れる彼の姿から目が離せなかった。

 はっ? もしかして笑ってる? 

「おまえさ……」

 龍太郎が振り向き、あたしに目を向けた。  

「な、なに?」

 あたしは聞き返す。

 ……なんなの?

「あんまり変な吸い方すんなよ……?」

 龍太郎がニヤリと笑った。

「えっ……」

 呆然とするあたしをひとり残して、彼は部屋を出ていった。

 オレンジ色の光がカンファレンスルームに設置されたホワイトボードを照らし、反射していた。

「はっ? はぁ!? へ、変な吸い方ってなによ~!」

 自分の頬が少しだけ、熱を感じている。