「もう思い出したくなかったのに」
ぽろりとこぼれた自分の声が、北極の氷よりも冷たく、墨汁の切れた筆よりもかすれていることに嘲笑する。
それがハナをどんな気持ちにさせるかなんて、知らないはずがなかった。
「私だって……」
苦しそうに捻り出そうとした言葉が、突然の電子音に遮られて両者とも驚く。
どうやら呼び出しがあったようで、慌ててこの部屋から出て行った。
それまで静粛だった夜は少しざわつく。
今はそれが丁度よかった。
雑音の中へ、ゆっくりゆっくり、身を沈めた。
抗がん剤治療を始めて数日は、これなら楽勝だと思った。
でも、日に日にそうではなくなった。
髪は生気を失い、肌は荒れ、口内炎で飯は不味いし、胃が常にムカムカする。
次第に生きていることがつらくなった。
そんなとき、とある患者会で出会った闘病者の一人が面会に来てくれた。
