真夏の炎天下、登校中に付けるヘッドホンが暑い。流れるのはロックバンドが歌うクリスマスのラブソング。
季節を無視した縁も所縁もない音楽は矛盾ばかり。
「あっついな……」
暑さから逃れるように正門を潜り抜け、教室まで一直線に向かおうとした。しかし回り道を余儀なくされることになる。
——なんであの人がいるんだよ!
僕は靴箱の影からその人の動向を伺う。遠くにモデルかと思えるほどの高身長とスタイル。そして、筋肉のついた太い腕が真っ白な半袖のワイシャツから覗く。スマホで時間でも確認しているのだろうか。少し見てはすぐにポケットにしまい、周囲を見渡す。
まるで、誰かを探しているみたいに……。
昇降口から右に進めば教室まで近い階段。左に進めば、進んだ距離だけ無駄になる階段。一刻も早く冷房の下に行きたい人なら前者を選ぶだろう。ところが僕が選ぶのは後者だ。
——早くこの場から離れないと。
見ていた方向と真逆に踵を返そうとしたときだった。
朗々とした声が耳を貫く。
「星谷!」
——バレた!
一気に加速するも俺の非力な足では野球部エースの俊足に勝てっこない。
ガバッと背後から抱きつかれ、身動きなど到底不可能になる。
「おはよ! 今日まだ誰とも喋ってないよ! 好きになった?」
「そ、そんなわけないじゃないですか‼︎ 逆張りの理解度低すぎます!」
——あぁ! もう! どうしてこうなったんだ‼︎
こんなつもりじゃなかったのに!
***
立夏の昼下がりお弁当を早々に窓際の自席で終え、窓を開けると生暖かい風が吹き込んできた。海の近いこの学校は海風に乗せて磯の香りがすることさえある。
うん。天気がいい。雲ひとつない青空が広がり、何十キロと離れた山々がクッキリと確認できる。海は太陽の光を反射させ眩しいほどに輝く。
——今日はあの公園に行こうかな。
ロープウェイに乗れば、遠くの山々と広がる海を見下ろせる公園。島へ繋がる大きな橋を見下ろせるそこで写真を撮ることが好きだ。
なぜこんな天文部らしくないのかというと、星の見える時間帯に活動することができる日は部活の時間外になってしまい、年に数回と限られているからだ。
そのため普段の活動は、宇宙への知見を深めたりカメラの手入れをしたり過ごす時間は部員によってバラバラだ。
そこに目をつけて入部を決めた。真剣に天文を学んでいるほかの部員には断固として言えないが、実のところ僕は宇宙には興味がない。
興味があるのは宇宙以外の風景画だ。宇宙は撮影のし辛さからあまり好きではないまである。
たとえば星空の撮影は新月の方が撮りやすいという条件など中々に厳しく、撮りたいと思った時に撮れないことが多々ある。
しかし写真部のないこの学校で部活として写真を撮ることができるのは、この天文部しかない。天文部を口実にカメラを持っていられる。
——しかも部員数も少なくて、あまりみんなは興味がないみたいだ。
ただひとつ不満があるとすれば、天文部が部の備品としてカメラを何個か持っているからと、学校のイベント事で写真を撮るのは正直気が進まない。
天文部の全員が写真を撮ることを目的としていないのだ。つまり写真を撮れる部員で手分けして撮影する。その1人に僕も含まれていた。
そもそもゆっくり時間をかけて1枚の写真を撮るのと、瞬間的な写真は全くの別物と言っていい。しかしながら部員数のほぼいない僕たちにとって断れる理由がなかった。むしろ部活として写真に没頭できるのは一石二鳥だと僕以外の他の部員は乗り気だったのを覚えてる。
身体を起こし窓のサッシに手を掛け、海をもっと近くに感じようとした時だった。何やら真下が騒がしい。
校庭にいる数人の男女がどこから持ってきたのか分からないサッカーボールを蹴っていたり、ホースで水をかけて遊んだりしていた。
——うわ。このあとの授業濡れたままはヤバいだろ。
身を乗り出す。すると、用務員のおじさんがかけ寄ってきて、彼らからホースを取り上げた。
ふとその中にいた1人の太陽みたいに赤い髪の男に目を奪われる。その瞬間、その男が顔を上げこちらを見上げる。
——見てるのバレた……?
そんなわけない。ここは4階だ。と思った瞬間だった。
勢いをつけて開け放たれた2年3組のドア。黄色い声が僅かに沸く。
僕が無視を決め込んでいると自席の机をドアのノックのように、軽くたたかれる。ゆっくりと音のする方へ顔を向ける。そこには首を直角にするほど高い背を持つ男は赤い髪を揺らし人懐っこい犬のような丸い目をさせて立っていた。そして元からなのか口角が上がっているのが、余計犬のように感じさせる。
——こんなイケメンだったんだ。
先ほどまでは遠くからしか確認できなかった人。話した事はないその人が唐突に僕の名前を呼ぶ。
「星谷悠宇くんてキミ?」
「……さぁ、そうだと思ったらそうだし。そうじゃないと思ったらそうじゃないんじゃないですか」
回りくどい言い方は警戒心のせいだ。もう癖づいた言い方を治すことができない。
——本当に誰だ?
眉間に皺を寄せ警戒心を露わにしているつもりなのに、目の前の人物は突拍子もない提案を笑顔でしてくる。
「カメラ、貸してよ!!」
「知らない人に貸せると思います?」
冷静を装って答えたが心の中は焦りと緊張でいっぱいだ。
「確かに‼ 俺、3年2組の三国宙輝!!」
名前を知りたかったわけではないのだけど……。
僕がよく分からないというような顔をすると、口角をわずかに上げ目を細めた。
「好きなものは甘い物と朝練! 苦手なものは夜! 暗いから!! 趣味は野球! この学校では野球部部長をしているよ!!」
——うるさい……。
しかしクラスメイトたちは「うるさい」ではなく、「今日も元気だなー」とか「みんな知ってますよ」と笑みを溢しながら声をあげる。
それだけで愛されている人だと言うことは理解できた。
クラスメイトは僕のことが見えてないみたいに、三国先輩とやらに集まってくる。
その隙を見計らって、人の集まってきた自席を離れ教室を後にした。
別棟にある部室を目指してズンズン進む。
建付けの悪いドアを無理やり引こうとしたときだった。クッキリとした筋が浮き出る腕が視界を遮る。そして易々と戸をあけ放ってしまった。
「天文部ってこんな端にあったんだ。屋上近くだと思ってた。どうりで見つからないわけだ!」
驚きのあまり後ずさりし、分厚い胸板に背を打ち付ける。
「……っ」
僕のことを落ち着かせるみたいに頭を撫でられる。太くてゴツゴツした指。僕のまっすぐな髪に指先が所々に引っかかりを感じる。多分、手マメでもできているのだろう。
「ちょっと……」
「そんな警戒しないでよー」
——警戒しないわけにはいかないだろ‼
苦笑しながら言う三国先輩は撫でるのを止め、僕の肩越しに開け放たれた誰もいない教室を覗く。2人きりになった途端、なんだか猫撫で声が含まれる言い方と距離感に調子が狂わされそうだ。
——近い。近い!
僕は一歩前に進み、身体ごと遠ざける。
「入っていい?」
部員以外の人を入れることのない教室。
「僕は構わないですけど、他の部員は知らな……」
「ありがと‼」
言い終える前に、僕の横をスルリと抜け教室へ入っていく。
「ほこりっぽー……」
「文句があるなら入らないでくださいよ」
「嘘だよー」
掃除当番などはない教室。舞った細かい埃は、三国先輩にエフェクトをかけたような舞い方をする。
そのホコリは使用していないカメラや望遠鏡にもふわりとかぶる。ひとつひとつに学校の所有物であることを示す識別番号がシールでつけられているカメラのうち、1つは丁寧に手入れをされ識別するための番号もない。型番も古いカメラ。幼い頃、写真が撮りたいと親にせがんでも買ってもらえず、それを祖父に言って内緒で買ってもらった僕のカメラだ。
その祖父はもういない。だからこそ大切な宝物だ。
三国先輩は、一番手入れのされた僕のカメラに手を伸ばす。それを察知して三国先輩の腕を掴んだ。僕の指と指が一周しないほど太い手首。本気を出さずとも僕のことは振りほどけるだろう。でも三国先輩はそうしなかった。
「カメラは貸せないです……これはダメなんです」
「そっか」
カメラを守るような仕草をしたからか案外あっさりと身を引いてくれた。だからと言って、安心したわけではなくより傍に置いておこうと決心する。
「さっきは言い方間違えただけなんだよねー」
「はい?」
「本当は撮ってほしいんだよね」
撮ってほしい? 何を?
——僕じゃなくてもいいだろ。
「……他の誰か当たってください」
「俺のこと知らないから?」
「はい。もう忘れました」
本当は全て覚えているクセに、諦めてほしさに真逆のことを言う。
「ふーん? もう一回言おうかー?」
「いっ、いらないです……」
間延びした声でもう一回言うと口にした先輩にギョッとし、慌てて否定した。そして撮りたくないこという理由をしっかり伝えれば諦めてくれるんじゃないかと思考が過ぎる。
「ただ風景画の方が好きなんです。人物写真て良くも悪くも感情が分かるから。風景はしゃべらないし感情もない。僕が想像するだけで空が本当はどう思ってるとか答えがないから好きです」
「答えが出ることは嫌いなの?」
「そう、なんですかね。深く考えたことなんてないです。意味ないですから。それに、人物写真はその人のことを良く知っている方が、そのまま映し出される」
「じゃあ安心して? 俺を撮れって言ってるんじゃないよ」
「だったら何を撮れって……」
「宇宙」
宇宙? 確かに天文部の象徴のような被写体だけども……。
縁のなさそうな宇宙という単語に面食らう。
——それに……
「暗いところ、苦手なんじゃないんですか」
「覚えててくれたんだ?」
「うっ……いや? 別にそ、そんなわけなくないですけど、そんなわけないじゃないですか‼︎」
僕が口を尖らせると、三国先輩の口元が緩む。
「ねー、星谷?」
「何ですか」
わざとらしく甘い声を発する時の三国先輩は碌なことじゃないと、この数分でわかってきた。
そしてその予想は当たる。
「俺のこと好きにならない?」
——な、に⁉︎
好きってあの好き⁇ 無理! 絶対ない‼︎
「ぜっっっったい無理ですね‼︎‼︎」
「そんな言う?」
眉を八の字にして困ったような表情をされる。
——困ってるのはこっちだ!
「もう出てってください!」
僕の力では微動だにしない三国先輩の広い背中をグイグイ押す。押せば押すほど三国先輩が僕に体重を預けてきてプルプルと震えていると、首だけをこちらに向けた。
「ねーなんでー? なんでよー」
「うるっさいな! 人気者は好きになれないんですよ‼︎」
「何それ⁉︎」
昔っから、アニメなどのエンタメ作品は好きだった。ただ、みんなが好きというアニメもキャラクターも芸能人も好きにはなれず、むしろ人気のないと言われてしまっているものを好きだ。一般的に逆張りと言われてる。
反対したいわけじゃなく実際、僕が惹かれるのが、そういった類のものだった。周りに理解されることは少なく話が合わないと判断され人も遠ざかっていった。
これは治るとか治らないとかではないのだろう。だから人気者の三国先輩に惹かれることは、きっとない。
——意味わかんないって、どうせ近寄らなくなるんだ。
ため息をこぼすと、三国先輩は予想の斜め上を言う。
「じゃあ頑張って嫌われる!」
三国先輩はまるで隕石のようだ。突然現れて、僕の心を震撼させるほどの衝撃を落としていく。
そしてこの時、僕が逆張りしたことが全ての始まりだった。
——三国先輩に執着される理由なんてないのに! なんで⁉︎⁉︎
季節を無視した縁も所縁もない音楽は矛盾ばかり。
「あっついな……」
暑さから逃れるように正門を潜り抜け、教室まで一直線に向かおうとした。しかし回り道を余儀なくされることになる。
——なんであの人がいるんだよ!
僕は靴箱の影からその人の動向を伺う。遠くにモデルかと思えるほどの高身長とスタイル。そして、筋肉のついた太い腕が真っ白な半袖のワイシャツから覗く。スマホで時間でも確認しているのだろうか。少し見てはすぐにポケットにしまい、周囲を見渡す。
まるで、誰かを探しているみたいに……。
昇降口から右に進めば教室まで近い階段。左に進めば、進んだ距離だけ無駄になる階段。一刻も早く冷房の下に行きたい人なら前者を選ぶだろう。ところが僕が選ぶのは後者だ。
——早くこの場から離れないと。
見ていた方向と真逆に踵を返そうとしたときだった。
朗々とした声が耳を貫く。
「星谷!」
——バレた!
一気に加速するも俺の非力な足では野球部エースの俊足に勝てっこない。
ガバッと背後から抱きつかれ、身動きなど到底不可能になる。
「おはよ! 今日まだ誰とも喋ってないよ! 好きになった?」
「そ、そんなわけないじゃないですか‼︎ 逆張りの理解度低すぎます!」
——あぁ! もう! どうしてこうなったんだ‼︎
こんなつもりじゃなかったのに!
***
立夏の昼下がりお弁当を早々に窓際の自席で終え、窓を開けると生暖かい風が吹き込んできた。海の近いこの学校は海風に乗せて磯の香りがすることさえある。
うん。天気がいい。雲ひとつない青空が広がり、何十キロと離れた山々がクッキリと確認できる。海は太陽の光を反射させ眩しいほどに輝く。
——今日はあの公園に行こうかな。
ロープウェイに乗れば、遠くの山々と広がる海を見下ろせる公園。島へ繋がる大きな橋を見下ろせるそこで写真を撮ることが好きだ。
なぜこんな天文部らしくないのかというと、星の見える時間帯に活動することができる日は部活の時間外になってしまい、年に数回と限られているからだ。
そのため普段の活動は、宇宙への知見を深めたりカメラの手入れをしたり過ごす時間は部員によってバラバラだ。
そこに目をつけて入部を決めた。真剣に天文を学んでいるほかの部員には断固として言えないが、実のところ僕は宇宙には興味がない。
興味があるのは宇宙以外の風景画だ。宇宙は撮影のし辛さからあまり好きではないまである。
たとえば星空の撮影は新月の方が撮りやすいという条件など中々に厳しく、撮りたいと思った時に撮れないことが多々ある。
しかし写真部のないこの学校で部活として写真を撮ることができるのは、この天文部しかない。天文部を口実にカメラを持っていられる。
——しかも部員数も少なくて、あまりみんなは興味がないみたいだ。
ただひとつ不満があるとすれば、天文部が部の備品としてカメラを何個か持っているからと、学校のイベント事で写真を撮るのは正直気が進まない。
天文部の全員が写真を撮ることを目的としていないのだ。つまり写真を撮れる部員で手分けして撮影する。その1人に僕も含まれていた。
そもそもゆっくり時間をかけて1枚の写真を撮るのと、瞬間的な写真は全くの別物と言っていい。しかしながら部員数のほぼいない僕たちにとって断れる理由がなかった。むしろ部活として写真に没頭できるのは一石二鳥だと僕以外の他の部員は乗り気だったのを覚えてる。
身体を起こし窓のサッシに手を掛け、海をもっと近くに感じようとした時だった。何やら真下が騒がしい。
校庭にいる数人の男女がどこから持ってきたのか分からないサッカーボールを蹴っていたり、ホースで水をかけて遊んだりしていた。
——うわ。このあとの授業濡れたままはヤバいだろ。
身を乗り出す。すると、用務員のおじさんがかけ寄ってきて、彼らからホースを取り上げた。
ふとその中にいた1人の太陽みたいに赤い髪の男に目を奪われる。その瞬間、その男が顔を上げこちらを見上げる。
——見てるのバレた……?
そんなわけない。ここは4階だ。と思った瞬間だった。
勢いをつけて開け放たれた2年3組のドア。黄色い声が僅かに沸く。
僕が無視を決め込んでいると自席の机をドアのノックのように、軽くたたかれる。ゆっくりと音のする方へ顔を向ける。そこには首を直角にするほど高い背を持つ男は赤い髪を揺らし人懐っこい犬のような丸い目をさせて立っていた。そして元からなのか口角が上がっているのが、余計犬のように感じさせる。
——こんなイケメンだったんだ。
先ほどまでは遠くからしか確認できなかった人。話した事はないその人が唐突に僕の名前を呼ぶ。
「星谷悠宇くんてキミ?」
「……さぁ、そうだと思ったらそうだし。そうじゃないと思ったらそうじゃないんじゃないですか」
回りくどい言い方は警戒心のせいだ。もう癖づいた言い方を治すことができない。
——本当に誰だ?
眉間に皺を寄せ警戒心を露わにしているつもりなのに、目の前の人物は突拍子もない提案を笑顔でしてくる。
「カメラ、貸してよ!!」
「知らない人に貸せると思います?」
冷静を装って答えたが心の中は焦りと緊張でいっぱいだ。
「確かに‼ 俺、3年2組の三国宙輝!!」
名前を知りたかったわけではないのだけど……。
僕がよく分からないというような顔をすると、口角をわずかに上げ目を細めた。
「好きなものは甘い物と朝練! 苦手なものは夜! 暗いから!! 趣味は野球! この学校では野球部部長をしているよ!!」
——うるさい……。
しかしクラスメイトたちは「うるさい」ではなく、「今日も元気だなー」とか「みんな知ってますよ」と笑みを溢しながら声をあげる。
それだけで愛されている人だと言うことは理解できた。
クラスメイトは僕のことが見えてないみたいに、三国先輩とやらに集まってくる。
その隙を見計らって、人の集まってきた自席を離れ教室を後にした。
別棟にある部室を目指してズンズン進む。
建付けの悪いドアを無理やり引こうとしたときだった。クッキリとした筋が浮き出る腕が視界を遮る。そして易々と戸をあけ放ってしまった。
「天文部ってこんな端にあったんだ。屋上近くだと思ってた。どうりで見つからないわけだ!」
驚きのあまり後ずさりし、分厚い胸板に背を打ち付ける。
「……っ」
僕のことを落ち着かせるみたいに頭を撫でられる。太くてゴツゴツした指。僕のまっすぐな髪に指先が所々に引っかかりを感じる。多分、手マメでもできているのだろう。
「ちょっと……」
「そんな警戒しないでよー」
——警戒しないわけにはいかないだろ‼
苦笑しながら言う三国先輩は撫でるのを止め、僕の肩越しに開け放たれた誰もいない教室を覗く。2人きりになった途端、なんだか猫撫で声が含まれる言い方と距離感に調子が狂わされそうだ。
——近い。近い!
僕は一歩前に進み、身体ごと遠ざける。
「入っていい?」
部員以外の人を入れることのない教室。
「僕は構わないですけど、他の部員は知らな……」
「ありがと‼」
言い終える前に、僕の横をスルリと抜け教室へ入っていく。
「ほこりっぽー……」
「文句があるなら入らないでくださいよ」
「嘘だよー」
掃除当番などはない教室。舞った細かい埃は、三国先輩にエフェクトをかけたような舞い方をする。
そのホコリは使用していないカメラや望遠鏡にもふわりとかぶる。ひとつひとつに学校の所有物であることを示す識別番号がシールでつけられているカメラのうち、1つは丁寧に手入れをされ識別するための番号もない。型番も古いカメラ。幼い頃、写真が撮りたいと親にせがんでも買ってもらえず、それを祖父に言って内緒で買ってもらった僕のカメラだ。
その祖父はもういない。だからこそ大切な宝物だ。
三国先輩は、一番手入れのされた僕のカメラに手を伸ばす。それを察知して三国先輩の腕を掴んだ。僕の指と指が一周しないほど太い手首。本気を出さずとも僕のことは振りほどけるだろう。でも三国先輩はそうしなかった。
「カメラは貸せないです……これはダメなんです」
「そっか」
カメラを守るような仕草をしたからか案外あっさりと身を引いてくれた。だからと言って、安心したわけではなくより傍に置いておこうと決心する。
「さっきは言い方間違えただけなんだよねー」
「はい?」
「本当は撮ってほしいんだよね」
撮ってほしい? 何を?
——僕じゃなくてもいいだろ。
「……他の誰か当たってください」
「俺のこと知らないから?」
「はい。もう忘れました」
本当は全て覚えているクセに、諦めてほしさに真逆のことを言う。
「ふーん? もう一回言おうかー?」
「いっ、いらないです……」
間延びした声でもう一回言うと口にした先輩にギョッとし、慌てて否定した。そして撮りたくないこという理由をしっかり伝えれば諦めてくれるんじゃないかと思考が過ぎる。
「ただ風景画の方が好きなんです。人物写真て良くも悪くも感情が分かるから。風景はしゃべらないし感情もない。僕が想像するだけで空が本当はどう思ってるとか答えがないから好きです」
「答えが出ることは嫌いなの?」
「そう、なんですかね。深く考えたことなんてないです。意味ないですから。それに、人物写真はその人のことを良く知っている方が、そのまま映し出される」
「じゃあ安心して? 俺を撮れって言ってるんじゃないよ」
「だったら何を撮れって……」
「宇宙」
宇宙? 確かに天文部の象徴のような被写体だけども……。
縁のなさそうな宇宙という単語に面食らう。
——それに……
「暗いところ、苦手なんじゃないんですか」
「覚えててくれたんだ?」
「うっ……いや? 別にそ、そんなわけなくないですけど、そんなわけないじゃないですか‼︎」
僕が口を尖らせると、三国先輩の口元が緩む。
「ねー、星谷?」
「何ですか」
わざとらしく甘い声を発する時の三国先輩は碌なことじゃないと、この数分でわかってきた。
そしてその予想は当たる。
「俺のこと好きにならない?」
——な、に⁉︎
好きってあの好き⁇ 無理! 絶対ない‼︎
「ぜっっっったい無理ですね‼︎‼︎」
「そんな言う?」
眉を八の字にして困ったような表情をされる。
——困ってるのはこっちだ!
「もう出てってください!」
僕の力では微動だにしない三国先輩の広い背中をグイグイ押す。押せば押すほど三国先輩が僕に体重を預けてきてプルプルと震えていると、首だけをこちらに向けた。
「ねーなんでー? なんでよー」
「うるっさいな! 人気者は好きになれないんですよ‼︎」
「何それ⁉︎」
昔っから、アニメなどのエンタメ作品は好きだった。ただ、みんなが好きというアニメもキャラクターも芸能人も好きにはなれず、むしろ人気のないと言われてしまっているものを好きだ。一般的に逆張りと言われてる。
反対したいわけじゃなく実際、僕が惹かれるのが、そういった類のものだった。周りに理解されることは少なく話が合わないと判断され人も遠ざかっていった。
これは治るとか治らないとかではないのだろう。だから人気者の三国先輩に惹かれることは、きっとない。
——意味わかんないって、どうせ近寄らなくなるんだ。
ため息をこぼすと、三国先輩は予想の斜め上を言う。
「じゃあ頑張って嫌われる!」
三国先輩はまるで隕石のようだ。突然現れて、僕の心を震撼させるほどの衝撃を落としていく。
そしてこの時、僕が逆張りしたことが全ての始まりだった。
——三国先輩に執着される理由なんてないのに! なんで⁉︎⁉︎



