待ちに待った日曜日。
半袖のストライプシャツに、黒のアンクルパンツを合わせた。
姿見の前で体を捻る。
「変じゃないよね?」
髪を撫でつけて、寝癖がないことも確認する。
時計に目を向けると、家を出る時間になっていた。
軽やかな足取りで、待ち合わせをしている駅前に向かう。
駅前に着いて、額を押さえた。
神崎くんはすでに待っていて、僕が選んだTシャツを着ていた。
そこに関しては、心臓が歓喜でステップでも踏んでいるかのように高鳴り、喜び舞い上がっている。
でも周りには人が大勢いて、神崎くんが待ち合わせスポット化していた。
「もしもし、もう着いたんだけど。目印は、背の高いべらぼうなイケメン」
などと近くのギャルが、電話相手にはしゃいでいた。
そのイケメンは今から回収します、と苦笑いを浮かべる。
それよりも、居心地が悪そうな神崎くんを助けなきゃ。
今度から待ち合わせじゃなくて、迎えに行こうと誓う。
神崎くんに向かって足を進めると、僕に気付いた。
ホッとしたようにこちらに駆けてくる。
「待たせてごめんね」
「いや、俺が早く着いただけだから」
神崎くんはふふっと笑う。
「どうしたの?」
「今の、普通のカップルっぽいなって」
確かに、漫画やドラマでよく見るよな。
「この後はどうする?」
「決めてなかったな。普通のカップルってデートでなにをするんだろう」
「それは僕にもわからないよ」
二人で頭を捻り、うーん、と悩む。
神崎くんが手をパチンと鳴らした。
「わからないなら、観察しよう!」
「よそのカップルの観察をするってこと?」
「任せて! 俺は師匠をひたすら観察してたから、慣れてる」
神崎くんは口角を上げて、自分の胸をドンと叩いた。
それは胸を張れるようなことではない。
「あっ、あそこに入ろう」
神崎くんが指したのは、ファストフード店だった。
ハンバーガーとポテトと野菜ジュースを注文する。
受け取ると、神崎くんは店内を歩き回り、空いている席に座る。後ろを歩いていた僕は、彼の正面に腰掛けた。
神崎くんが口元に手を当てて、身を乗り出す。
僕も前屈みになって、耳を傾けた。
「隣のカップルを参考にしよう」
空いている席ではなく、参考になりそうなカップルを探してここの席にしたのか。
ハンバーガーにかぶりつきながら、横目で見た。
「しーちゃん、あーんして」
「ありがとう、美味しいね。がっくんもどうぞ」
「うん、美味い」
隣のカップルは、ポテトを食べさせ合っていた。
これは、敷居が高くないか? 本当に普通のカップルは、こういうことやってるの?
神崎くんにチラリと視線を送る。
キラキラと目を輝かせていた。やる気満々みたいだ。
人前で神崎くんと『あーん』で食べさせ合う。想像だけで顔から火が出そうだ。
隣のカップルは一度だけではなく、またお互いの口にポテトを運ぶ。
食べ終わると、ペーパーナプキンで相手の手を拭いだした。宝物のように丁寧に。
自分の手を拭いたほうが早いのに。
そう思うけれど、幸せいっぱいなのが伝わってくる。
……僕も挑戦してみよう。頑張ろうって決めたんだから。
隣のカップルが席を立つと、呼びかけた。
「あの、神崎くん」
「めちゃくちゃ参考になった。俺もあれやりたい」
やっぱり神崎くんは影響を受けていたようだ。
僕はポテトに手を伸ばした。神崎くんに差し出すぞ、と意気込む。
「ねぇ、師匠も俺のことを、あだ名で呼んでよ」
「へ? あだ名?」
予想と違った言葉に、出鼻を挫かれる。
「うん、呼ばれたい」
神崎くんはポテトを食べさせ合うことではなくて、呼び方に興味を持ったのか。
よかった。早とちりして、ポテトを差し出す前で。
「それなら神崎くんも、僕をあだ名で呼んでくれるの?」
期待を込めて聞けば、神崎くんはキョトンと目を瞬かせる。
「俺はもう呼んでるじゃん。『師匠』って」
がっくりと力が抜けた。
「それ、あだ名って言うの? もっと、こう、なんていうか……」
名前からとった呼び方がいい。
口籠もると、神崎くんは名案が浮かんだとばかりに、手を叩いて顔を明るくする。
僕の気持ちが伝わったのかな? なんて呼ばれるんだろう。
「じゃあ、しーちゃんにする?」
さっきのカップルの呼び方だ。
「待って! 神崎くんは僕の名前を知ってる?」
「うん、伊藤凌太」
「じゃあなんで、しーちゃんなの?」
「師匠のしーちゃん」
予想の斜め上の返答に、頭を抱えた。
神崎くんは機嫌良さそうに、ハンバーガーにかぶりつく。
「ほら、師匠も俺のことを呼んでよ」
「えっと、……十和くん」
なんだか気恥ずかしくて、すごく小さな声になってしまった。
「僕も名前で呼ばれたいな」
ぽつりと呟くと、神崎くんは一瞬動きが止まった。
「いや、その……」
視線をさまよわせ、頭を掻く。
「凌太」
騒がしい店内だけれど、神崎くんの微かな声が届いた。呼ばれただけで、ドキドキが加速する。
神崎くんは片手で口を覆い、顔半分を隠した。でも耳の先が真っ赤だった。
「なんか、照れる」
「え? 初めからずっと距離が近かったのに?」
「それは師匠のこと、まだ好きではなかったから。告白の時は、必死すぎただけだし。意識すると、照れる」
顔を見合わせて苦笑い。
神崎くんが相手だと、名前を呼ぶってことも特別になるんだ。
「慣れるまで待って」
「うん、僕も待って欲しい」
しばらくは『師匠』と『神崎くん』が続きそうだ。
ポテトを摘んで、口に運ぶ。
無言でパクパク食べ、残り少なくなったところで手を止めた。
このまま全部、食べてもいいのだろうか。後でやっておけばよかった、と後悔しないだろうか。
自問自答して、よし、と意気込む。
頑張るって決めたんだ。
震える手でポテトを摘み、神崎くんに差し出した。
「……あーんして」
手と同じくらい、声も震えた。
神崎くんは狼狽えたように、視線を走らせる。
やっぱりダメかな、と不安になって手を引いた。
「ごめん、待って! もう一回して」
神崎くんはこちらに手を伸ばし、僕の手首を掴む。
自分に引き寄せて、ポテトを咥えた。
照れくさいけれど、心も踊る。
神崎くんも僕にポテトを向けた。それを遠慮がちに食べる。
これだけでも神崎くんと一緒だと、心の中が幸せで満ちる。
食べ終わると「手を出して」と言われた。疑問に思いながらも、手のひらを上に向けて両手を差し出した。
右手首を掬うように下からそっと掴まれる。ペーパーナプキンで丁寧に指先を拭かれた。
僕の手に視線を落としている神崎くんは、ぎこちなくて口元に力が入っている。
隣のカップルは慣れていたのか、自然だった。
比べてしまうとスマートではないけれど、神崎くんも頑張ってくれているんだとわかって、愛おしさで胸が疼く。
「拭けた」
「うん、ありがとう」
指先が異常に熱い。
「僕も拭いていい?」
神崎くんが、右手をこちらに向けた。
手のひらが大きくて、指は長くて少しゴツゴツしている。いっぱいバスケの練習をしているからなんだろうな。
優しく拭った。
綺麗になると「ありがとう」とふわりと笑ってくれる。
一番のご褒美をもらったみたいに、骨の髄まで多幸感で満たされた。
ファストフード店を出て、十分ほど歩いたところにある大きな公園に向かった。
「ここなら、普通のカップルがいっぱいいそう!」
まだ観察は続くらしい。
遊歩道をのんびり歩いていると、カップルだけじゃなく、家族連れや老夫婦など、いろんな人たちで賑わっていた。
「みんな手を繋いでるな」
神崎くんがボソリと呟く。
散歩をしているカップルも、ベンチに座っているカップルも、芝生にシートを敷いて語らうカップルも、もれなく手を繋いでいた。
神崎くんと視線が絡む。
目元を染めて、熱っぽく見つめられた。
「ねぇ、しよっか」
掠れた艶のある声が、降ってきた。
甘い痺れになって、全身を駆け巡る。
落ち着け。手を繋ごうって誘われただけだ。
胸を押さえて深呼吸をする。
こんなにも無駄な色気ってある? 無邪気な神崎くんとの落差が激しくて、心を乱されっぱなし。
僕が頷くと、控えめに指を絡められる。緊張からか、手のひらは少し湿っていた。
百戦錬磨みたいな誘い方をするのに、初心なんだよな、とキュンキュンしっぱなし。
「手が熱い」
「僕も」
そう告げると、指に力が入る。僕も同じ力で握り返した。
のんびり歩いていると、散歩中の犬とすれ違うたび、神崎くんは犬に絡まれていた。足元に擦り寄られたり、撫でて欲しくてお腹を見せてきたり。
飼い主をも魅了して、撫でるのを頼まれたりするし、犬は神崎くんに撫でられるとご満悦といった恍惚の表情を見せる。
僕にはいっさい寄ってこないから、神崎くんが少し羨ましかった。それと同時に、神崎くんに撫でられる犬がものすごく羨ましかった。
お泊まりの時にお腹を撫でられたけれど、その時は付き合う前だし、僕は気持ちを隠していたから喜べるような余裕がなかった。
しばらく話しながら歩いていると、大きな池が見えてくる。
陽光が反射して、水面がキラキラと白く光っていた。
「師匠! あれ、やろう。絶対に普通のカップルは乗ってるよ」
神崎くんが興奮したように指を差すのはボート。
池の上でボートに乗って、穏やかな時間を過ごすのもいいかもしれない。
「いいよ、乗ろう!」
さっそくボート乗り場でチケットを買う。
神崎くんが選んだのは、手漕ぎボートじゃなくて、つぶらな瞳のスワンボート。
チケットを渡すと嬉々として先に乗り込んだ。長い足が窮屈そうだ。
「気を付けて」
差し出された手を取り、ボートに足を踏み入れる。小さく揺れて、隣りに座った。
「よし、進もうか。せーの」
神崎くんの掛け声で、ペダルを回す。ギィギィと金属音を響かせながら、ゆっくりと乗り場を離れる。最初は少し重い。
「結構力いるね」
「俺に任せて」
そう言うけれど、神崎くんは漕ぎにくそう。長い脚がハンデになることもあるんだ……。
僕が頑張ろう。自転車通学だから、慣れているし。
踏ん張って漕ぎ、額に汗が滲む。想像していたよりハードだ。全く穏やかな水上デートではない。アクティブデートだ。
必死に脚を回転させ、徐々に息が上がる。
池の真ん中まで漕ぐと、脚を止めた。やっとのんびりできそうだ。
「ねぇ、カモがいるよ」
僕が水面に指を差すと、神崎くんに「師匠」と呼ばれる。
振り返ると『カシャッ』とシャッター音が鳴って、目を瞬かせた。
「師匠とカモ」
見せられた画面には、アップの僕と後ろの方に小さくカモが写っていた。
「急に撮らないでよ」
大きな口を開けて笑っていて、恥ずかしい。
「自然でいいじゃん。カップルってやたら写真を撮ってるよな」
「僕も神崎くんの写真を撮りたい」
「好きなだけ撮っていいよ」
神崎くんはこちらを向いて、優しく目を細めた。顔が強すぎる。
スマホに神崎くんを収めて満足。
何度も遊びに行っているのに、写真を撮るのは初めてだ。形に残るのもいいな。
「せっかくだし、一緒に撮ろうよ」
「いいけど、俺は自撮りとかしないから、上手く撮れないかも」
「僕も自撮りはしないな」
僕のメモリーはマルばかり。
迷いながらインカメラに変え、神崎くんが腕を伸ばす。
「もっとくっつかないと入らない」
僕たちは相手の方に首を傾ける。頭がコツンとぶつかった。
痛いほどではないけれど、慣れてなさすぎて笑ってしまった。
「写真を撮るのも難しいぞ」
「これも慣れよう」
気を取り直して、写真を撮る。
初めてのツーショット写真は、頬骨が上がって目が下がり、神崎くんが大好きだって隠せていない顔をしていた。
神崎くんはまばゆい笑顔。僕と同じ気持ちならいいな。
「僕にも送って」
「いいよ」
すぐにスマホが震える。
画像を保存した。
これからはマルだけじゃなくて、神崎くんの写真も増えそうだ。
のんびりしすぎたせいで、降りる時間に間に合わせるために、全力でペダルを漕いだ。
降りても水の上で揺られていた感覚が残っていて、ふわふわする。
神崎くんは自然に指を絡めてくる。それが嬉しくてたまらない。
少し歩くと「すみません」と声をかけられた。二人組の女子だ。
神崎くんにスマホを向けて「写真を撮ってもらえますか?」と笑う。
写真を撮って欲しいは口実なんだろうな、とやりきれない気持ちが湧く。
「いいですよ」
神崎くんが快く引き受けて、目を見張った。
グイグイ来られるの怖いって言っていたのに。
気付いてない? いや、そんなまさか。わかりやすすぎるし。
頭の中でぐるぐると考え込んでいると、女子たちがポーズを取る。
神崎くんがスマホを向けた。
画面を触るために手を離そうとするけれど、逆にキツく握りしめられた。絶対に離さない、とでもいうように。
目を瞬かせながら神崎くんを見上げる。
「手が塞がってるから、師匠が撮って」
戸惑いながらも、神崎くんが持っているスマホの画面をタップして、何枚か写真を撮った。
神崎くんはそれを返す。
女子たちは取りつく島もない神崎くんに、ガックリと肩を落として離れていった。
「びっくりした。神崎くんが怖がってないから」
神崎くんは眉を下げて、苦笑いを浮かべる。
「俺さ、師匠に避けられた時、すげーへこんだ。で、俺も今まで同じ思いさせてたのかなって反省したんだ」
神崎くんを好きな子たちは、それも込みで楽しんでいるようにも見えるけど。
「だからさ、できる範囲のことはしようかなって思ったんだ」
神崎くんが変わろうとしているのはいいことなんだろうけど、僕からしたら複雑だ。
繋がった手に目を向ける。
神崎くんは僕の手を離さなかった。大切にされているということだろう。僕も神崎くんの意思は尊重したい。
「ほどほどにしてね」
「ん? どういうこと?」
「ヤキモチ妬くよ! ってこと」
「わかった! 師匠に嫌な思いはさせたくないからやめる」
キッパリと言い切られ、そうじゃない、と慌てて口を開く。
「ごめん、やめて欲しいわけじゃないんだ」
どうするのが一番納得できるかわからず、胸の辺りがモヤモヤして不快感が込み上げる。
「んー……、じゃあ、師匠がヤキモチとか不安にならないように、今みたいに手を繋ぎながらにする」
神崎くんが僕のことも考えて、提案してくれたんだ。モヤモヤもどこかに飛んでいった。
小さく頷いて、笑い合う。
「ちょっと休憩しようか」
公園内にある自動販売機でお茶を買い、ベンチに腰掛けた。
運動をしたから喉がカラカラ。半分くらい一気に飲み干した。
「はぁー、生き返る」
「師匠、汗だく」
神崎くんがバッグからタオルを取り出して、額を拭ってくれる。僕が贈ったタオルだ。
「使ってくれて嬉しい」
「洗濯して乾くたびに使ってるから、このタオルばっかり使ってる」
またタオルをプレゼントしようと決める。
「今日は普通のカップルの気持ちがわかった」
「そうかな?」
待ち合わせから今までを振り返って、普通だったかな? と首を捻る。そもそも普通のカップルが、よくわからない。
「うん。一緒だと、楽しいってこと」
神崎くんが顔いっぱいで、楽しいを伝えてくれる。
「そうだね。僕も神崎くんと一緒だと楽しい」
誰かの真似なんかしなくてもいいんだ。僕たちは僕たちの普通を見つけていこう。
笑い合っていると、ポツポツと小雨が降ってきた。
「今日の天気予報は晴れだったのに」
「すぐ止むんじゃないかな。屋根のあるところに行こう」
手を引かれて、あずま屋に避難する。
空を眺めながら、止むのを待った。
繋がった手をギュッと握られ、神崎くんを見上げる。
熱っぽい瞳を向けられて、胸がざわついた。
落ち着け。神崎くんの無自覚な色気に負けるな。
「どうしたの?」
平静を装って笑いかけるけれど、声が少し震えてしまう。
神崎くんは切なげに眉を寄せた。
「俺、初デートで師匠としたいことまだある」
「じゃあ雨が止んだらしようよ」
この後行きたいところがあるみたいだ。やっぱり可愛らしいお誘いだった。もう神崎くんに惑わされないぞ。
「今、ここでがいい」
「いいけど、なにがしたいの?」
遊べるようなスペースはないし、神崎くんのしたいことが検討もつかなかった。
神崎くんは言い淀み、僕は彼の言葉を待った。
赤くなった顔を僕の耳に寄せる。
「キスしたい」
直接鼓膜を震わす艶のある声に、息を飲んだ。顔が茹だってしまうほど熱い。
神崎くんって、そういう欲もあるんだ。
色気は垂れ流しなのに、言動が無邪気だから、雷に打たれたような衝撃を受ける。
「ダメ?」
黙っている僕に不安になったのか、首を傾けて澄んだ瞳を揺らす。
「ううん、ダメじゃないよ」
首を振って答えるけれど、語尾が弱々しくなってしまった。手のひらに汗が滲み、体が熱い。
神崎くんの服の裾を摘む。
うなじに手を添えられた。神崎くんの手のひらが、燃えるように熱い。
上を向く。心音がうるさい。
神崎くんの顔が近付いてきて、瞼を下ろした。触れる直前、わずかに呼吸が止まる。柔らかな感触があって、すぐに離れていった。
名残り惜しく思いながら、目を開ける。
神崎くんは両手で口元を覆って、しゃがみ込んだ。
「すげー、幸せ」
耳が真っ赤だ。
僕もその場にしゃがんで、神崎くんの頬に口付けた。
神崎くんは目を大きく見張る。
「僕も幸せ」
へへっ、と照れ笑いを浮かべた。どうしても顔が緩んでしまう。
「もう一回いい?」
頷くと、また唇が触れた。嬉しさと恥ずかしさとが混ざり合い、幸福感に包まれる。
一回で終わらなくて、何度も唇を重ねた。
唇が離れても、ピッタリ引っ付いたまま、すぐには離れられない。
見つめ合うだけで胸がいっぱいになる。神崎くんが照れたように笑い、僕もつられて笑ってしまった。
雨の音が、周囲から隔離してくれている。ここは、二人だけの世界みたいだ。
もう少し、このままでいたい。雨が降り止まなければいいのに。
神崎くんの鼓動と温もりを独り占めするように、彼の背中に腕を回した。
半袖のストライプシャツに、黒のアンクルパンツを合わせた。
姿見の前で体を捻る。
「変じゃないよね?」
髪を撫でつけて、寝癖がないことも確認する。
時計に目を向けると、家を出る時間になっていた。
軽やかな足取りで、待ち合わせをしている駅前に向かう。
駅前に着いて、額を押さえた。
神崎くんはすでに待っていて、僕が選んだTシャツを着ていた。
そこに関しては、心臓が歓喜でステップでも踏んでいるかのように高鳴り、喜び舞い上がっている。
でも周りには人が大勢いて、神崎くんが待ち合わせスポット化していた。
「もしもし、もう着いたんだけど。目印は、背の高いべらぼうなイケメン」
などと近くのギャルが、電話相手にはしゃいでいた。
そのイケメンは今から回収します、と苦笑いを浮かべる。
それよりも、居心地が悪そうな神崎くんを助けなきゃ。
今度から待ち合わせじゃなくて、迎えに行こうと誓う。
神崎くんに向かって足を進めると、僕に気付いた。
ホッとしたようにこちらに駆けてくる。
「待たせてごめんね」
「いや、俺が早く着いただけだから」
神崎くんはふふっと笑う。
「どうしたの?」
「今の、普通のカップルっぽいなって」
確かに、漫画やドラマでよく見るよな。
「この後はどうする?」
「決めてなかったな。普通のカップルってデートでなにをするんだろう」
「それは僕にもわからないよ」
二人で頭を捻り、うーん、と悩む。
神崎くんが手をパチンと鳴らした。
「わからないなら、観察しよう!」
「よそのカップルの観察をするってこと?」
「任せて! 俺は師匠をひたすら観察してたから、慣れてる」
神崎くんは口角を上げて、自分の胸をドンと叩いた。
それは胸を張れるようなことではない。
「あっ、あそこに入ろう」
神崎くんが指したのは、ファストフード店だった。
ハンバーガーとポテトと野菜ジュースを注文する。
受け取ると、神崎くんは店内を歩き回り、空いている席に座る。後ろを歩いていた僕は、彼の正面に腰掛けた。
神崎くんが口元に手を当てて、身を乗り出す。
僕も前屈みになって、耳を傾けた。
「隣のカップルを参考にしよう」
空いている席ではなく、参考になりそうなカップルを探してここの席にしたのか。
ハンバーガーにかぶりつきながら、横目で見た。
「しーちゃん、あーんして」
「ありがとう、美味しいね。がっくんもどうぞ」
「うん、美味い」
隣のカップルは、ポテトを食べさせ合っていた。
これは、敷居が高くないか? 本当に普通のカップルは、こういうことやってるの?
神崎くんにチラリと視線を送る。
キラキラと目を輝かせていた。やる気満々みたいだ。
人前で神崎くんと『あーん』で食べさせ合う。想像だけで顔から火が出そうだ。
隣のカップルは一度だけではなく、またお互いの口にポテトを運ぶ。
食べ終わると、ペーパーナプキンで相手の手を拭いだした。宝物のように丁寧に。
自分の手を拭いたほうが早いのに。
そう思うけれど、幸せいっぱいなのが伝わってくる。
……僕も挑戦してみよう。頑張ろうって決めたんだから。
隣のカップルが席を立つと、呼びかけた。
「あの、神崎くん」
「めちゃくちゃ参考になった。俺もあれやりたい」
やっぱり神崎くんは影響を受けていたようだ。
僕はポテトに手を伸ばした。神崎くんに差し出すぞ、と意気込む。
「ねぇ、師匠も俺のことを、あだ名で呼んでよ」
「へ? あだ名?」
予想と違った言葉に、出鼻を挫かれる。
「うん、呼ばれたい」
神崎くんはポテトを食べさせ合うことではなくて、呼び方に興味を持ったのか。
よかった。早とちりして、ポテトを差し出す前で。
「それなら神崎くんも、僕をあだ名で呼んでくれるの?」
期待を込めて聞けば、神崎くんはキョトンと目を瞬かせる。
「俺はもう呼んでるじゃん。『師匠』って」
がっくりと力が抜けた。
「それ、あだ名って言うの? もっと、こう、なんていうか……」
名前からとった呼び方がいい。
口籠もると、神崎くんは名案が浮かんだとばかりに、手を叩いて顔を明るくする。
僕の気持ちが伝わったのかな? なんて呼ばれるんだろう。
「じゃあ、しーちゃんにする?」
さっきのカップルの呼び方だ。
「待って! 神崎くんは僕の名前を知ってる?」
「うん、伊藤凌太」
「じゃあなんで、しーちゃんなの?」
「師匠のしーちゃん」
予想の斜め上の返答に、頭を抱えた。
神崎くんは機嫌良さそうに、ハンバーガーにかぶりつく。
「ほら、師匠も俺のことを呼んでよ」
「えっと、……十和くん」
なんだか気恥ずかしくて、すごく小さな声になってしまった。
「僕も名前で呼ばれたいな」
ぽつりと呟くと、神崎くんは一瞬動きが止まった。
「いや、その……」
視線をさまよわせ、頭を掻く。
「凌太」
騒がしい店内だけれど、神崎くんの微かな声が届いた。呼ばれただけで、ドキドキが加速する。
神崎くんは片手で口を覆い、顔半分を隠した。でも耳の先が真っ赤だった。
「なんか、照れる」
「え? 初めからずっと距離が近かったのに?」
「それは師匠のこと、まだ好きではなかったから。告白の時は、必死すぎただけだし。意識すると、照れる」
顔を見合わせて苦笑い。
神崎くんが相手だと、名前を呼ぶってことも特別になるんだ。
「慣れるまで待って」
「うん、僕も待って欲しい」
しばらくは『師匠』と『神崎くん』が続きそうだ。
ポテトを摘んで、口に運ぶ。
無言でパクパク食べ、残り少なくなったところで手を止めた。
このまま全部、食べてもいいのだろうか。後でやっておけばよかった、と後悔しないだろうか。
自問自答して、よし、と意気込む。
頑張るって決めたんだ。
震える手でポテトを摘み、神崎くんに差し出した。
「……あーんして」
手と同じくらい、声も震えた。
神崎くんは狼狽えたように、視線を走らせる。
やっぱりダメかな、と不安になって手を引いた。
「ごめん、待って! もう一回して」
神崎くんはこちらに手を伸ばし、僕の手首を掴む。
自分に引き寄せて、ポテトを咥えた。
照れくさいけれど、心も踊る。
神崎くんも僕にポテトを向けた。それを遠慮がちに食べる。
これだけでも神崎くんと一緒だと、心の中が幸せで満ちる。
食べ終わると「手を出して」と言われた。疑問に思いながらも、手のひらを上に向けて両手を差し出した。
右手首を掬うように下からそっと掴まれる。ペーパーナプキンで丁寧に指先を拭かれた。
僕の手に視線を落としている神崎くんは、ぎこちなくて口元に力が入っている。
隣のカップルは慣れていたのか、自然だった。
比べてしまうとスマートではないけれど、神崎くんも頑張ってくれているんだとわかって、愛おしさで胸が疼く。
「拭けた」
「うん、ありがとう」
指先が異常に熱い。
「僕も拭いていい?」
神崎くんが、右手をこちらに向けた。
手のひらが大きくて、指は長くて少しゴツゴツしている。いっぱいバスケの練習をしているからなんだろうな。
優しく拭った。
綺麗になると「ありがとう」とふわりと笑ってくれる。
一番のご褒美をもらったみたいに、骨の髄まで多幸感で満たされた。
ファストフード店を出て、十分ほど歩いたところにある大きな公園に向かった。
「ここなら、普通のカップルがいっぱいいそう!」
まだ観察は続くらしい。
遊歩道をのんびり歩いていると、カップルだけじゃなく、家族連れや老夫婦など、いろんな人たちで賑わっていた。
「みんな手を繋いでるな」
神崎くんがボソリと呟く。
散歩をしているカップルも、ベンチに座っているカップルも、芝生にシートを敷いて語らうカップルも、もれなく手を繋いでいた。
神崎くんと視線が絡む。
目元を染めて、熱っぽく見つめられた。
「ねぇ、しよっか」
掠れた艶のある声が、降ってきた。
甘い痺れになって、全身を駆け巡る。
落ち着け。手を繋ごうって誘われただけだ。
胸を押さえて深呼吸をする。
こんなにも無駄な色気ってある? 無邪気な神崎くんとの落差が激しくて、心を乱されっぱなし。
僕が頷くと、控えめに指を絡められる。緊張からか、手のひらは少し湿っていた。
百戦錬磨みたいな誘い方をするのに、初心なんだよな、とキュンキュンしっぱなし。
「手が熱い」
「僕も」
そう告げると、指に力が入る。僕も同じ力で握り返した。
のんびり歩いていると、散歩中の犬とすれ違うたび、神崎くんは犬に絡まれていた。足元に擦り寄られたり、撫でて欲しくてお腹を見せてきたり。
飼い主をも魅了して、撫でるのを頼まれたりするし、犬は神崎くんに撫でられるとご満悦といった恍惚の表情を見せる。
僕にはいっさい寄ってこないから、神崎くんが少し羨ましかった。それと同時に、神崎くんに撫でられる犬がものすごく羨ましかった。
お泊まりの時にお腹を撫でられたけれど、その時は付き合う前だし、僕は気持ちを隠していたから喜べるような余裕がなかった。
しばらく話しながら歩いていると、大きな池が見えてくる。
陽光が反射して、水面がキラキラと白く光っていた。
「師匠! あれ、やろう。絶対に普通のカップルは乗ってるよ」
神崎くんが興奮したように指を差すのはボート。
池の上でボートに乗って、穏やかな時間を過ごすのもいいかもしれない。
「いいよ、乗ろう!」
さっそくボート乗り場でチケットを買う。
神崎くんが選んだのは、手漕ぎボートじゃなくて、つぶらな瞳のスワンボート。
チケットを渡すと嬉々として先に乗り込んだ。長い足が窮屈そうだ。
「気を付けて」
差し出された手を取り、ボートに足を踏み入れる。小さく揺れて、隣りに座った。
「よし、進もうか。せーの」
神崎くんの掛け声で、ペダルを回す。ギィギィと金属音を響かせながら、ゆっくりと乗り場を離れる。最初は少し重い。
「結構力いるね」
「俺に任せて」
そう言うけれど、神崎くんは漕ぎにくそう。長い脚がハンデになることもあるんだ……。
僕が頑張ろう。自転車通学だから、慣れているし。
踏ん張って漕ぎ、額に汗が滲む。想像していたよりハードだ。全く穏やかな水上デートではない。アクティブデートだ。
必死に脚を回転させ、徐々に息が上がる。
池の真ん中まで漕ぐと、脚を止めた。やっとのんびりできそうだ。
「ねぇ、カモがいるよ」
僕が水面に指を差すと、神崎くんに「師匠」と呼ばれる。
振り返ると『カシャッ』とシャッター音が鳴って、目を瞬かせた。
「師匠とカモ」
見せられた画面には、アップの僕と後ろの方に小さくカモが写っていた。
「急に撮らないでよ」
大きな口を開けて笑っていて、恥ずかしい。
「自然でいいじゃん。カップルってやたら写真を撮ってるよな」
「僕も神崎くんの写真を撮りたい」
「好きなだけ撮っていいよ」
神崎くんはこちらを向いて、優しく目を細めた。顔が強すぎる。
スマホに神崎くんを収めて満足。
何度も遊びに行っているのに、写真を撮るのは初めてだ。形に残るのもいいな。
「せっかくだし、一緒に撮ろうよ」
「いいけど、俺は自撮りとかしないから、上手く撮れないかも」
「僕も自撮りはしないな」
僕のメモリーはマルばかり。
迷いながらインカメラに変え、神崎くんが腕を伸ばす。
「もっとくっつかないと入らない」
僕たちは相手の方に首を傾ける。頭がコツンとぶつかった。
痛いほどではないけれど、慣れてなさすぎて笑ってしまった。
「写真を撮るのも難しいぞ」
「これも慣れよう」
気を取り直して、写真を撮る。
初めてのツーショット写真は、頬骨が上がって目が下がり、神崎くんが大好きだって隠せていない顔をしていた。
神崎くんはまばゆい笑顔。僕と同じ気持ちならいいな。
「僕にも送って」
「いいよ」
すぐにスマホが震える。
画像を保存した。
これからはマルだけじゃなくて、神崎くんの写真も増えそうだ。
のんびりしすぎたせいで、降りる時間に間に合わせるために、全力でペダルを漕いだ。
降りても水の上で揺られていた感覚が残っていて、ふわふわする。
神崎くんは自然に指を絡めてくる。それが嬉しくてたまらない。
少し歩くと「すみません」と声をかけられた。二人組の女子だ。
神崎くんにスマホを向けて「写真を撮ってもらえますか?」と笑う。
写真を撮って欲しいは口実なんだろうな、とやりきれない気持ちが湧く。
「いいですよ」
神崎くんが快く引き受けて、目を見張った。
グイグイ来られるの怖いって言っていたのに。
気付いてない? いや、そんなまさか。わかりやすすぎるし。
頭の中でぐるぐると考え込んでいると、女子たちがポーズを取る。
神崎くんがスマホを向けた。
画面を触るために手を離そうとするけれど、逆にキツく握りしめられた。絶対に離さない、とでもいうように。
目を瞬かせながら神崎くんを見上げる。
「手が塞がってるから、師匠が撮って」
戸惑いながらも、神崎くんが持っているスマホの画面をタップして、何枚か写真を撮った。
神崎くんはそれを返す。
女子たちは取りつく島もない神崎くんに、ガックリと肩を落として離れていった。
「びっくりした。神崎くんが怖がってないから」
神崎くんは眉を下げて、苦笑いを浮かべる。
「俺さ、師匠に避けられた時、すげーへこんだ。で、俺も今まで同じ思いさせてたのかなって反省したんだ」
神崎くんを好きな子たちは、それも込みで楽しんでいるようにも見えるけど。
「だからさ、できる範囲のことはしようかなって思ったんだ」
神崎くんが変わろうとしているのはいいことなんだろうけど、僕からしたら複雑だ。
繋がった手に目を向ける。
神崎くんは僕の手を離さなかった。大切にされているということだろう。僕も神崎くんの意思は尊重したい。
「ほどほどにしてね」
「ん? どういうこと?」
「ヤキモチ妬くよ! ってこと」
「わかった! 師匠に嫌な思いはさせたくないからやめる」
キッパリと言い切られ、そうじゃない、と慌てて口を開く。
「ごめん、やめて欲しいわけじゃないんだ」
どうするのが一番納得できるかわからず、胸の辺りがモヤモヤして不快感が込み上げる。
「んー……、じゃあ、師匠がヤキモチとか不安にならないように、今みたいに手を繋ぎながらにする」
神崎くんが僕のことも考えて、提案してくれたんだ。モヤモヤもどこかに飛んでいった。
小さく頷いて、笑い合う。
「ちょっと休憩しようか」
公園内にある自動販売機でお茶を買い、ベンチに腰掛けた。
運動をしたから喉がカラカラ。半分くらい一気に飲み干した。
「はぁー、生き返る」
「師匠、汗だく」
神崎くんがバッグからタオルを取り出して、額を拭ってくれる。僕が贈ったタオルだ。
「使ってくれて嬉しい」
「洗濯して乾くたびに使ってるから、このタオルばっかり使ってる」
またタオルをプレゼントしようと決める。
「今日は普通のカップルの気持ちがわかった」
「そうかな?」
待ち合わせから今までを振り返って、普通だったかな? と首を捻る。そもそも普通のカップルが、よくわからない。
「うん。一緒だと、楽しいってこと」
神崎くんが顔いっぱいで、楽しいを伝えてくれる。
「そうだね。僕も神崎くんと一緒だと楽しい」
誰かの真似なんかしなくてもいいんだ。僕たちは僕たちの普通を見つけていこう。
笑い合っていると、ポツポツと小雨が降ってきた。
「今日の天気予報は晴れだったのに」
「すぐ止むんじゃないかな。屋根のあるところに行こう」
手を引かれて、あずま屋に避難する。
空を眺めながら、止むのを待った。
繋がった手をギュッと握られ、神崎くんを見上げる。
熱っぽい瞳を向けられて、胸がざわついた。
落ち着け。神崎くんの無自覚な色気に負けるな。
「どうしたの?」
平静を装って笑いかけるけれど、声が少し震えてしまう。
神崎くんは切なげに眉を寄せた。
「俺、初デートで師匠としたいことまだある」
「じゃあ雨が止んだらしようよ」
この後行きたいところがあるみたいだ。やっぱり可愛らしいお誘いだった。もう神崎くんに惑わされないぞ。
「今、ここでがいい」
「いいけど、なにがしたいの?」
遊べるようなスペースはないし、神崎くんのしたいことが検討もつかなかった。
神崎くんは言い淀み、僕は彼の言葉を待った。
赤くなった顔を僕の耳に寄せる。
「キスしたい」
直接鼓膜を震わす艶のある声に、息を飲んだ。顔が茹だってしまうほど熱い。
神崎くんって、そういう欲もあるんだ。
色気は垂れ流しなのに、言動が無邪気だから、雷に打たれたような衝撃を受ける。
「ダメ?」
黙っている僕に不安になったのか、首を傾けて澄んだ瞳を揺らす。
「ううん、ダメじゃないよ」
首を振って答えるけれど、語尾が弱々しくなってしまった。手のひらに汗が滲み、体が熱い。
神崎くんの服の裾を摘む。
うなじに手を添えられた。神崎くんの手のひらが、燃えるように熱い。
上を向く。心音がうるさい。
神崎くんの顔が近付いてきて、瞼を下ろした。触れる直前、わずかに呼吸が止まる。柔らかな感触があって、すぐに離れていった。
名残り惜しく思いながら、目を開ける。
神崎くんは両手で口元を覆って、しゃがみ込んだ。
「すげー、幸せ」
耳が真っ赤だ。
僕もその場にしゃがんで、神崎くんの頬に口付けた。
神崎くんは目を大きく見張る。
「僕も幸せ」
へへっ、と照れ笑いを浮かべた。どうしても顔が緩んでしまう。
「もう一回いい?」
頷くと、また唇が触れた。嬉しさと恥ずかしさとが混ざり合い、幸福感に包まれる。
一回で終わらなくて、何度も唇を重ねた。
唇が離れても、ピッタリ引っ付いたまま、すぐには離れられない。
見つめ合うだけで胸がいっぱいになる。神崎くんが照れたように笑い、僕もつられて笑ってしまった。
雨の音が、周囲から隔離してくれている。ここは、二人だけの世界みたいだ。
もう少し、このままでいたい。雨が降り止まなければいいのに。
神崎くんの鼓動と温もりを独り占めするように、彼の背中に腕を回した。



