普通修行は前途多難

 ほとんど眠れなかった。
 ひたすら考えて出した結論は、神崎くんへの気持ちを隠すということ。
 僕が神崎くんを好きだって知られたら、怖がらせるかもしれない。それだけは絶対に避けたい。
 神崎くんに怖い思いをさせたくないし、なにより僕が神崎くんに怖がられたくない。
 今まで通りでいなきゃ。




 学校に着くと、懸念していたなんの師匠か聞かれることはなかった。
 どうやら黙っていてくれたらしい。平穏に過ごせる、と胸を撫で下ろした。
 けれど、教室では神崎くんを目で追ってしまう。
 それに気付いてニコッと笑いかけてくれる神崎くんを見ると、顔が熱くなってパッと目を逸らしてしまった。
 全く気持ちが隠せていなくて落ち込む。平静を装うけれど、心の中ではのたうち回っていた。
 HRが終わると急いで教室を出る。火曜日はバスケ部の練習がない。いつも一緒に帰っているわけではないが、今日は今まで通り、神崎くんと接することができなさそうで。
 靴を履き替えて、その場で二の足を踏む。
 朝は雨が降っていなかったのに、今は霧のような雨が静かに視界を遮っていた。
 傘を持っていないから、自転車で駆け抜けるしかないな、と奥歯を噛み締めて気合を入れる。

「傘、持ってないの?」

 後ろから声をかけられ、肩を叩かれる。
 大げさなほど飛び上がった。
 声をかけた神崎くんは、僕のリアクションに驚いたようで、口と目を丸くしていた。

「ごめん、そんなに驚くと思わなくて」
「ううん、僕の方こそびっくりさせちゃったよね」

 神崎くんから視線を逸らして漏らす。

「今日は雨が止まないみたいだし、うちに寄ってきなよ。傘貸すよ」
「いや、でも自転車もあるし、急いで帰れば問題ないよ」
「危ないから自転車は置いてきなよ。バスで帰ったほうがいいって」

 心配そうに眉を下げて言われれば、突っぱねることなんてできない。

「ありがとう。傘、借りるね」
「いいよ、まずはうちに行こうか」

 神崎くんが自分の傘を開いて、僕の方に傾ける。反射的に飛び退いて、傘から出た。

「なにしてんの。それだと濡れるよ」

 神崎くんの腕が僕の肩に回り、ぐっと引き寄せられる。
 頬が神崎くんの肩に当たり、近すぎて顔が茹だった。
 こんな顔を見られたら、一発で気持ちがバレてしまう。
 でも神崎くんは「帰ろ」と笑うだけだった。
 信用されているということだろう。それなのに僕は神埼くんにどうしようもなく惹かれてしまう。
 神崎くんの手に掴まれた肩が、異様に熱い。

「あのさ、近くない?」
「近付かなきゃ濡れるじゃん」
「いや、そうなんだけどさ……」
「狭いけど我慢してよ」

 狭いことを嘆いてるわけではなく、神崎くんと近いから困っているのであって。
 察して欲しくもあり、察せられたら一緒に帰ることもなくなってしまう。
 神崎くんの家まで、ずっとぴったり引っ付いて歩いた。
 いっぱいいっぱいで、なにをしゃべったのかも覚えていない。
 家に着くと「上がっていきなよ」と通される。

「結構濡れたな。シャワー使いないよ。服も貸すから」
「いやいや、そこまで迷惑をかけられないよ」
「遠慮しなくていいって。風邪引くから」

 神崎くんに脱衣所へ押し込まれた。

「服やタオルは後で持っていくから、シャワーを使ってて」

 扉越しに声をかけられる。
 ……遠慮じゃないんだけど。
 神崎くんの家でシャワーを使わせてもらって、服まで借りる。
 恋心を自覚したばかりの僕に、神は試練でも与えようとしているのだろうか。
 悩んでいる間に扉が開き、神崎くんが「わっ」と声を上げて目を見張る。

「なんでまだ入ってないの? これ使っていいから、早く入りなよ」

 服とタオルを渡され、神崎くんが脱衣所を出ていく。
 雨を吸って肌に張り付いていた制服を脱いだ。
 なにがあっても無でいよう、と心に誓う。
 熱めのシャワーを頭から被ると、冷たくなった指先に、じんじんと鈍い痛みが伴った。
 しばらくシャワーを浴びて体が温まると、止めて浴室から出た。
 タオルで頭をガシガシと拭く。柔軟剤の香りが、ふんわりと鼻を掠めた。
 借りたTシャツとハーフパンツも同じ匂いがして、たまらず頭を抱える。
 無でいようと誓ったそばから、心を乱されていた。
 神崎くんの服は僕には大きい。この服を着て柔軟剤の匂いを嗅いでいると、神崎くんに抱きしめられているみたいだ。
 そう頭をよぎり、僕ってやつはなんて邪なことを考えるんだ、と自己嫌悪する。
 頭を振って、都合の良いことを考える思考を追いやった。
 制服を持って、神崎くんの部屋に行く。

「制服、乾燥機にかけてくるよ。俺もシャワー行ってくる」
「先に使わせてもらってごめんね」
「いいって」

 神崎くんは僕の制服を持って、部屋を出ていく。
 ベッドを背もたれにして座った。手持ち無沙汰で、膝を抱えて身体を小さくする。
 神崎くんは僕の匂いを落ち着くと言っていたけれど、僕は逆だ。
 神崎くんの部屋は、彼の匂いで満ちている。心臓は内側から叩かれたように痛み、ひどく緊張していた。
 ほどなくして神崎くんが戻ってきて、僕の隣に腰を下ろす。

「制服が乾くまで待っててよ。それとも、泊まってく? 明日、ここから学校に行けばいいじゃん」
「無理無理!」

 全力で両手と首を振る。

「なんで?」

 首を傾ける神崎くんに納得してもらえるような言い訳を、必死に考える。

「えっと……、明日の授業の用意がないと困るから。明日提出の宿題も家にあるし」
「それならしょうがないか」

 納得してくれたようで、胸を撫で下ろす。

「でも、師匠と夜まで遊びたいな。土日で泊まりにおいでよ」

 お泊りを回避できたと安心していたのに、別の日を提案されてしまった。
 なんとか諦めてもらわなきゃ。頭をフル回転させる。

「やめたほうがいいよ。僕は寝相がすごく悪いんだ。神崎くんを蹴り落としちゃうよ」

 神崎くんは瞬きを繰り返し、ふっと吹き出した。

「大丈夫だって、一緒に寝るわけじゃないし。このベッド、二人だとかなり狭いよ。布団をベッドの隣りに敷くから平気だって」

 頭が沸騰しそうなほど熱い。
 そうだよ。友達同士で、一緒のベッドに寝るわけないのに。一緒に寝る前提で話をしてしまって、顔に熱が集まった。図々しいにもほどがある。

「大丈夫? 顔が赤いけど、熱はない?」

 神崎くんは僕の前髪を手で押さえた。反対の手で自分の前髪を掻き上げる。顔を寄せ、額がコツンと当たった。ぼやけてしまうほど近くに、神崎くんの顔がある。
 それはわずかな時間だったけれど、僕の思考をショートさせるには十分だった。

「熱はないな。土曜の午後に、泊まりに来てよ」
「……はい」

 僕はなにも考えることができず、神崎くんの言葉に頷いていた。




 土曜日は家を出るまでに、なんど仮病を使って中止しようと考えたことか。
 神崎くんから『部活終わった。いつ来てもいいよ。泊まり、楽しみ』とメッセージが届いて、中止したいなんて送れなくなってしまった。
 身支度を整えて、神崎くんの家に向かう。
 途中にあるケーキ屋で、シュークリームを買った。
 神崎くんの家に着き、深呼吸をしてからインターホンを鳴らす。
 扉が開いて「どうぞ」と神崎くんが出迎えてくれた。
 緊張で震える声で「おじゃまします」と上がってお土産を渡す。

「そんな気を使わなくっていいって。親いないし」
「え? いないの?」

 驚きすぎて声を上げる。

「ああ。友達が泊まりに来るって言ったら、二人で出掛けるって。明日の夜には帰るって言ってたけど」

 ということは、神崎くんと二人っきり? 緊張しすぎて、眩暈がした。

「でも心配しなくて大丈夫。カレーを作ってったから、夕飯はちゃんとあるよ」
「そう、ありがとう」

 心配なのは僕自身だよ。神崎くんと二人っきりで、早くも第二の試練が訪れた。普通そういうのって、もっとレベルアップしてからじゃないの?
 僕は普通でいられるのだろうか。
 リビングに通され、ソファに腰掛ける。

「今日は普通の休日。ひたすらダラダラしよう!」

 ダラダラしようと言うわりに、神崎くんは拳を握って意気込んでいる。
 神崎くんは前髪をクリップで留めた。見たことのない髪型を見られて嬉しいと思ってしまうのは、どうしようもない。
 リラックススタイルはその髪型なんだ、と知れてニヤけてしまわないように、奥歯を噛み締めた。
 僕は前髪を上げられて、ピンで留められる。髪は短いから、必要ないのに。

「これでよし。なんか映画見ようか」

 リモコンを操作して、ミステリー映画に決める。
 グラスにお茶を注いでくれて、シュークリームを食べながら画面を眺めた。
 終盤に差し掛かり、映画に夢中になっていると、肩に重みが乗って体がこわばる。
 神崎くんが僕の肩に頭を乗せて、瞼を下ろしていた。穏やかな寝息まで聞こえる。
 体が石みたいに固くなり、身じろぎすらできない。
 ラストがどうなったのかも分からず、終わっても僕はそのまま微動だにしなかった。
 一時間ほどその体勢でいると、神崎くんから「んっ」と鼻にかかった声が聞こえて心音が加速する。
 神崎くんは瞼をこすりながら、姿勢を正した。離れていった重みにホッとするけれど、寂しさも感じる。
 神崎くんは両腕を上げて伸びをした。

「ごめん、寝てた」
「気にしないで。部活で疲れたんでしょ?」
「師匠の横は落ち着くから、安心しきって眠っちゃったのかも」

 また心臓に悪いようなことを平気で言う。
 もう神崎くんにとって、僕は安心できる相手じゃないのに。
 でもこの信用を失いたくない。神崎くんに嫌われないためにも、僕は安心できる存在でいなきゃいけない。

「ラストってどうなった?」
「……犯人が捕まったよ」

 全く覚えていないけれど、無難に返す。違う結末だったらどうしよう。

「犯人は誰だった?」
「それは言えないから、また見てみなよ」

 だって犯人わからないし、これは答えられない。
 神崎くんは背もたれに体を預け、長い脚を投げ出している。リラックスしきっていた。

「このあとはどうする? まだ夕飯には早いし」
「ゲームでもする?」

 バッグからゲーム機を取り出し、レースゲームをやる。
 楽しく遊んでいると時間が過ぎるのは早くて、いつの間にか部屋が薄暗くなっていた。
 電気を点けて「そろそろ夕飯を食べようか」と言うと、神崎くんがキッチンに向かう。

「なにか手伝うことある?」
「カレーを温めるだけだから、ゆっくりしててよ」

 神崎くんがコンロに火をつけて、ご飯をよそう。
 僕はソファに戻って腰掛けた。
 神崎くんがカレーを運んでくれる。
 大きめの具材がタップリ入ったカレーだ。スパイシーな匂いが食欲をそそる。

「いただきます」

 声を揃えて手を合わせる。
 カレーは僕の家より少し辛めだった。しっかり煮込まれた野菜は柔らかく、食べごたえがある。

「美味しいね。お母さんにありがとうございますって伝えて」
「うん、わかった」

 神崎くんも頷いて、口をもぐもぐと動かし続けている。
 二人ともおかわりをして、お腹がパンパンになった。食べすぎてソファから動けない。
 ぽっこりしたお腹をさする。

「すっごく膨らんだ」

 僕の言葉を確かめるように、神崎くんが僕のお腹をさする。

「ホントだ。師匠めっちゃ食べたな」

 撫でられてお腹が燃えるように熱い。
 迂闊だった。神崎くんは自然と触れてくるんだ。それを加味して喋らなければ、自分の首を自分で締めることになる。

「風呂先に入っていいよ」
「いや、僕は後でいいよ」

 反射的に口にしたけれど、考えてみると神崎くんの後にお風呂に入れるのだろうか? 絶対に無理だ。

「ごめん、やっぱり先でもいい?」
「もちろん。寝巻き貸そうか?」
「大丈夫。持ってきてるから」

 お風呂に入って、シャンプーを手に出す。華やかな香りが漂った。
 頭を洗いながら気付く。僕は今、神崎くんと同じ匂いなのではないか。
 意識すると全身が火照るように熱くなる。
 体も洗って湯船に浸かった。すでに体が熱くて、のぼせないように早めに上がる。
 借りたタオルで頭をかき混ぜると、前回と同じ柔軟剤の匂いに包まれる。
 どこもかしこも神崎くんを意識してしまう匂いに溢れていて、心臓が持ちそうにない。
 リビングに戻ると、神崎くんがお風呂に向かった。
 テーブルにお茶の入ったグラスが二つ置いてある。熱を鎮めるために、一気に飲み干した。
 しばらくすると、神崎くんは「熱い」と手で顔をあおぎながら戻ってきた。
 半袖を肩まで捲り上げ、筋肉のついた肩や腕が無防備にさらされる。ハーフパンツから伸びた鍛えられた脚に自然と目を奪われ、意識的に視線を外した。
 神崎くんもお茶を飲み干す。
 お風呂の後はバラエティ番組を見て笑い合った。
 でも勝手に神崎くんへ目が向いてしまう。僕の顔は上気した。熱でも出そうだ。




 二十三時になり、神崎くんが口を覆って欠伸をした。

「そろそろ寝ようか?」
「ああ、いつもなら寝てる時間だから、眠くなった」

 バスケ部は朝練があるし、早起きは得意だけど、夜ふかしは苦手だと教えてくれた。
 健康的な生活リズムだな、と感心する。
 僕は次の日が休みだと、ついつい夜ふかしをしてしまう。
 本をキリのいいところまで読もうとすると、続きが気になって最後まで読んでしまったり、ゲームに夢中になって時間がいつの間にか過ぎていたり。
 神崎くんの部屋に入り、用意してくれている布団をベッドの傍らに敷く。
 僕が布団に入ると、神崎くんが電気を常夜灯にして、ベッドに寝転がった。

「師匠おやすみ」
「うん、おやすみ」

 瞼を下ろすけれど、全く眠気なんて来ない。
 神崎くんからは、すぐに規則正しい寝息が聞こえた。
 目を開けて起き上がる。
 布団の上であぐらをかいて、神崎くんに目を向けた。
 眠っていても整っている顔を見て、知らず知らずのうちに口元が緩む。
 じっと見ていると、神崎くんがふっと笑った。良い夢でも見ているのかな。それだけで、僕の心は弾む。
 僕は仰向けに寝転がった。眠くないけれど、ギュッと目を閉じる。
 神崎くんは早起きだろうし、僕も遅くまで寝ているわけにはいかない。
 日付をまたいでしまったけれど、僕もぐっすり眠れた。




 目を開けると、自分の部屋ではないことに気付く。そういえば、神崎くんの家に泊まりに来ていたんだっけ。
 眠気は吹っ飛び、勢いよく起き上がる。ベッドには神崎くんがいない。時計を確認すると、朝の七時だった。
 扉が開いてそちらにバッと視線を向ける。神崎くんが濡れた頭を拭きながら入ってきた。身につけているものはボクサーパンツのみで、慌てて視線を下げる。

「起きてたんだ。おはよう」
「あっ、うん。おはよう。シャワーを浴びたの?」
「そう。いつも朝走ってるんだけど、汗かくから」
「今日も走ってきたの?」
「師匠がいるし迷ったんだけど、ぐっすり寝てるし早めに帰ってこればいいかなって。シャワーの前に部屋を覗いたらまだ寝てたから、声をかけずにそのままシャワーに向かった」

 神崎くんはクローゼットを漁りながら教えてくれた。
 それよりも僕は神崎くんの格好にばかり気がいってしまって、視線を上げられないし居心地が悪い。
 神崎くんは服を着ながら「部屋を覗いたのに、服を持ってくの忘れた」と苦笑する。

「朝ごはんもカレーでいい?」
「うん」

 神崎くんが着替え終わったのを横目で確認して、布団から出る。
 朝から食べるカレーは、昨日よりドロっとして美味しい。
 また二人ともおかわりをして、動けなくなった。
 窓に視線を移す。梅雨時期には珍しく、空は青く晴れ渡っていた。

「普通の休日だね」

 ソファに沈みながら漏らせば、神崎くんがこちらに身を乗り出す。

「やっぱり普通っていいよな」

 僕は少し体を反対に引いて頷いた。

「俺さ、師匠と一緒だと、普通でいられるみたい」

 神崎くんはいきなり壁ドンしながら普通を教えてと頼んできたり、僕の走り方を完コピできるまでに研究したりと変わったところはある。
 でも周りが彼の魅力に反応してしまっているだけで、神崎くん自身は普通なんじゃないだろうか。
 お昼までのんびり過ごし、「また明日」と手を振って家に向かった。




 翌月曜日は図書委員の仕事を終えて昇降口に行くと、神崎くんが靴を履き替えて座っていた。

「どうしたの? 帰らないの?」

 そう声をかけると、スッと立ち上がる。

「まだ靴があったから、師匠のこと待ってた。入れ違いになると嫌だから」
「そうなの? ちょっと待ってね」

 急いで靴を履き替える。神崎くんは「慌てなくっていいって」と屈託なく笑った。
 自転車を押しながら、神崎くんの隣を歩く。

「今週の土曜日さ、練習試合があるんだ」
「どこでやるの?」
「うちの学校の体育館。だからさ、暇だったら応援に来てよ」
「応援なんていっぱいいるでしょ」

 いつもバスケ部を見ている子たちが、張り切って応援するだろう。

「俺は師匠に見に来てもらいたいんだって」

 顔を下から覗き込まれる。上目遣いで瞳を揺らし、庇護欲をそそられる。
 マルがもっとおやつが欲しいときにする顔だ。なんでも言うことを聞いてしまいそうになる。
 マルは僕がその顔に弱いってわかってやっているけれど、神崎くんは無自覚なんだろうな。計算だったら僕の気持ちがバレているってことだろうし、そうなれば僕は隣りにいられない。

「わかった、いいよ。始まる時間は?」
「九時に相手校が来るから、そこから準備ができ次第って感じ」
「じゃあ九時過ぎに行くね」
「師匠のこと待ってるね」

 神崎くんの笑顔がまぶしすぎて、目を細めた。




 火曜日はまっすぐ家に帰り、宿題を片付ける。
 今日はバスケ部も練習がない。
 練習試合の前だし、神崎くんは張り切っていた。

「またあそこで練習しているのかな」

 以前マルの散歩中に見かけた、バスケの練習をしている光景を思い出す。

「マル、お散歩に行こうか」

 マルは飛び跳ねるように喜んで、一目散に玄関へ駆ける。リードを繋いで外に出た。




 公園の脇を歩き、フェンス越しに中を伺う。
 神崎くんのシュートが、ゴールに吸い込まれていた。
 神崎くんは肩で息をして、目に汗が垂れたのか、顔をしかめてベンチに向かって歩く。
 タオルで顔を拭くと、首を反らしてマグボトルを口に持っていく。喉仏がグッグッと上下した。
 僕が渡したタオルを使ってくれている。
 胸がキューッとなって、飛び跳ねたいほど嬉しくなる。
 神崎くんはすぐに練習に戻った。
 ずいぶん長い時間見ていたようで、マルが吠える。
 その鳴き声に振り返った神崎くんと、視線が絡んだ。こちらに足を進める。

「師匠、なにしてんの?」
「えっと、マルの散歩」

 マルは神崎くんに向かって、尻尾を旋回させるほど振り回している。
 神崎くんはフェンスから指を差し出して、マルの顎をくすぐった。マルはご満悦の表情だ。

「練習がんばってね」
「ああ、ありがとう」

 僕はマルに「行くよ」と告げて踵を返した。
 ダメだ。気持ちなんて隠せない。どんどん育っていく。
 こっそり練習を覗いていたなんて知られたら、嫌われてしまう。僕も神崎くんのことを好きな子たちと、同じことをしている。
 師匠をやめたいって伝えなきゃ。
 神崎くんは元はそれで僕を頼ったんだ。この関係を終わらせれば、神崎くんとの接点もなくなる。教室ではお互い、別の友だちと過ごしているんだから。
 神崎くんに怖い思いをさせたくない。そう思っていたけれど、初めに浮かんだのは、自分が嫌われたくないということだった。
 そんな自分のことばかり考えている僕が、気持ちを隠して神崎くんの隣になんていちゃダメだ。