普通修行は前途多難

 日曜日の朝、自室を見渡して大きく頷く。
 昨日は徹底的に掃除をしたかいがあり、自分の部屋史上一番整っている。

「あとは着替えだけだな」

 カーテンを開けて、天気を確認する。雲一つなく、晴れ渡っていた。
 スマホに目を落とす。五月の中旬にも関わらず、夏日になるらしい。
 クローゼットを開けると、インターホンが鳴った。
 玄関のドアを開ける。神崎くんが「師匠おはよ」と元気に挨拶をした。
 開襟シャツに、黒のテーパードパンツを合わせている。羨ましいと思うことが烏滸がましいほど、足が長い。
 笑顔が眩しくて、とっさに手で目元に影を作る。
 神崎くんは陽の光を浴びて、輝きを増していた。光合成でもしているのかな?

「おはよう。ちょっと声のトーンを抑えてくれると、嬉しいな」

 家には誰もいないけれど、近所の人にイケメンから「師匠」と呼ばれている、なんて噂が広まると困る。

「悪い、うるさかった? 俺、すっごく楽しみにしてたから」

 眉を下げて瞳を揺らす神崎くん。
 全て僕が悪かった、と全面降伏で白旗をブンブン振り回しそうになったが、ハッとして正気を保つ。
 神崎くんに振り回されている。神崎くんが普通になるより、僕が普通でいられなくなる方が、早いのではないだろうか。

「そこまで気にしなくて大丈夫だよ。上がって」

 手のひらを玄関に向けると「おじゃまします」と神崎くんが小さく会釈する。
 いつのまにか玄関でマルチーズのマルが、仰向けに寝転がっていた。床掃除でもするかのように、ふさふさの尻尾を大きく揺らしている。

「神崎くんが上がれないから、そこ退いてね」

 お腹を撫でられて気が済めば退くと思い、わしゃわしゃと撫で回す。マルは「グルグル」と喉を鳴らした。撫でてほしい相手は、僕ではなかったようだ。

「撫でていい?」

 神崎くんに聞かれ、悲しい気持ちで頷く。
 神崎くんは動物に好かれると言っていた。でも五年も一緒に住んでいる僕より、神崎くんに撫でられたいというのは切ない。
 マルはうっとりと気持ちよさそうな表情を見せ、満足するとリビングへ歩いていった。

「ごめんね、僕の部屋に行こう」

 自室に招くと、神崎くんは顔をパアッと輝かせて、六畳弱の狭い部屋を興味深そうに隅々まで眺める。綺麗に片付けたとはいえ、あまり見られると恥ずかしい。

「座ってて。先に着替えちゃうから」

 神崎くんはベッドを背もたれにして、腰を下ろす。

「コレが普通の部屋か。レイアウトの参考にしなきゃ」
「いや、レイアウトとかないからね。親が邪魔にならないように、端っこに配置しただけだから」

 一人部屋ができたのは小学生の頃だし、学習デスクもベッドもその頃から移動していない。僕のこだわりなんてものはなく、慣れていて不便を感じないからずっとこれなだけだ。

「師匠の親? 大師匠の美学か」

 神崎くんは遊園地のアトラクションを前にした子どものように、無邪気な笑顔を浮かべる。親まであだ名をつけられてしまった。
 こっそりと息を吐き、クローゼットの中を漁る。
 暑くなるから半袖のがいいかな。まだ早いかな? 薄手の長袖にしたほうがいいのかな。
 悩んでいると、スッと影が掛かった。神崎くんの両腕がクローゼットの扉につかれ、僕の背中は人肌の温もりに包まれる。
 肩越しに「迷ってるの?」と神崎くんがクローゼットを覗き込んだ。
 石鹸の匂いがふわりと香り、瞬時に顔がカッと熱くなる。

「神崎くん、近いって」

 身を捩って、彼の胸を手で押す。神崎くんはしまった、というように目を泳がせた。「ごめん」と呟いて元いた場所に座る。
 大きく息を吐きだし、クローゼットに向き直った。
 顔から湯気が出ているんじゃないだろうか。変な汗もかいてすでに暑いから、半袖にしよう。
 Tシャツと七分丈のパンツを選んだ。

「この部屋、師匠の匂いがして落ち着く」

 突飛な言葉に勢いよく振り返る。
 神崎くんはベッドにコテンと頭を乗せて、伏せ目がちに口角を広げていた。
 浮世離れした美貌に、目眩を覚える。
 天然過ぎて辛い。僕も神崎くんの匂いを嗅いでしまったけれど、僕と神崎くんでは火力が桁違い。初期装備と隠しダンジョンに眠る武器くらい。
 顔の熱を追い払うように、首を振る。手早く着替えると、神崎くんがベッドに頭を預けたまま口を開いた。

「師匠はどこで服を買ってんの?」
「ショッピングモールが多いかな」

 シンプルで無難な服が落ち着く。派手な服が似合うとも思えないし、そういう服が売っているお店は入りにくい。

「神崎くんは?」
「俺は通販」

 服も通販? 同じ服を着ている人がたくさんいたのだろうか。心配していると、「違う違う」と顔の前で手を振る。

「ずっと店員がついてくるのって、緊張しない? めちゃくちゃ持ち上げられるし、買ってってプレッシャーがすごくて」

 持ち上げてるんじゃなくて、事実を言っているだけなんだろうな。

「僕は店員さんがついてくるようなお店に行かないからな」
「そんな店あるの? ねぇ、ショッピングモールに行きたい。師匠と買い物がしたい!」
「いいよ、行こうか」

 それにしても、店員さんがずっとついてくるって、すっごくオシャレなお店に行っていたんだろうな。




 家を出て、バス停に向かう。
 神崎くんが後ろを気にしているのが引っかった。

「どうしたの?」

 僕も後ろをチラリと確認する。とくに変わったところはない。
 神崎くんは「あー」と苦笑して、バツが悪そうに頭を掻いた。

「ごめん、気にしないで。つけられてないか確認するのが、癖になってるみたいで」

 呆気に取られて言葉が出てこない。
 いつもそんなことを気にしながら、外出しているの?

「あっ、でも、心配しないで。学校の近くでしかつけられないし、いつもすぐに撒くから、家はバレてないんじゃないかな」
「それ、普通じゃないよ」

 無意識に、口から溢れていた。
 神崎くんは奥歯を噛みしめて、視線を外す。

「だって、いつもつけられてるかもって確認するんでしょ? それは普通じゃないよ」

 少し踏み込みすぎかもしれないけれど、引っ込めることもできない。
 神崎くんは「そうだよな」と疲れたような顔で笑う。いつもの天真爛漫な神崎くんではなく、胸の奥がチクリと痛んだ。

「僕は神崎くんが普通になりたいって言ってたの、深く理解していなかった。ごめんね。普通修行、一緒に頑張ろ!」

 今まで普通修行ってなに? って神崎くんを変わった人だと思う気持ちもあった。
 でも安心したいとか、気楽でいたいとか。そんな普通のことを求めているんだ。
 この一週間で僕が役に立っている気はしないけれど、神崎くんが普通の手本として僕を選んだんだ。普通代表として、神崎くんのお手伝いをしたい。

「師匠のこと、頼りにしてる」

 神崎くんがふわりと微笑む。
 バス停に着くと、すぐにバスが来た。扉が開いて、乗り込む。
 車内はそこそこ空いていて、並んで座った。
 バスが動き出すと、ぐらりと体が傾いて、肩が触れる。そこだけ少し、熱くなった気がした。




 ショッピングモールは休日だけあって、人でごった返していた。

「どうする? まずはお昼ご飯を食べる?」

 スマホで時間を確認すると、十一時だった。少し早いけれど、混みだす前のいい時間だ。

「そうだな」

 神崎くんが頷くから、すぐ近くのエスカレーターに乗った。
 神崎くんは僕より一段低いところに立ち、長い腕を手すりの上に乗せる。僕の体より前に手が出ていて、やっぱり無自覚で近い。
 振り返って注意しようとしたけれど、予想より近くに顔があって肩が跳ねる。
 僕の方が少しだけ高い。吸い込まれそうなほど綺麗な瞳に、じっと見上げられた。
 視線を逸らせなくて見入っていると、神崎くんが「危ない!」と叫んで僕を抱き止める。ガッチリとした胸板に頬を寄せ、少し速い心音が鼓膜を震わす。
 パニックに陥り、神崎くんの腕の中であたふたしていると「邪魔になるから、あっち行こ」と背を支えられて歩いた。
 二階に着いたのに、僕がぼうっと突っ立っていたから、後ろにひっくり返らないよう支えてくれたらしい。

「びっくりした。大丈夫?」
「あっ、うん。ありがとう」

 元は無自覚に近い神崎くんを注意しようとしたことだけど、見惚れたのは僕の責任。
 神崎くんの普通修行の前に、僕が美形耐性の修行をしなければならないんじゃないだろうか。




 フードコートで大盛りラーメンを注文した。
 和風とんこつの麺を、口に運ぶ。とんこつなのにコッテリした脂っこさはなく、後味がさっぱりしている。
 目の前で神崎くんが、豪快に麺をすすっていた。

「美味しいね」
「いくらでも食べられる」

 二人ともペロリと食べきる。
 食べている間、近くを通る人に神崎くんが注目されていた。でも神崎くんはラーメンに夢中で、周りを気にしている様子はなかった。
 これが普通のことなんだよね。

「これからどうする?」
「師匠の好きな服屋に行く!」
「絶対に店員さんは話しかけてこないから、のんびり選べるよ」

 テーブルを片付けると、一階に向かう。
 神崎くんはエスカレーターを僕より一段後に乗った。
 僕の後頭部が、神崎くんの胸に当たる。やっぱり近い……。
 エスカレーターを降りると、目的のカジュアルショップに入る。
 広い店内には、老若男女問わず多くのお客さんがいた。
 メンズの売り場に進み、神崎くんと並んで服を眺める。

「ねぇ、俺の服を師匠が選んで」
「え? 僕にファッションセンスなんてないよ」
「でも俺は師匠に選んでもらいたい」

 甘ったるい声で囁かれ、とろけてしまうような表情に見つめられた。
 呻き声が聞こえ、チラリと振り返る。僕より先に、たまたま後ろを歩いていた人が被弾したようで、胸を押さえていた。
 ……危なかった。この人がいなければ、僕がこうなっていたかもしれない。
 鼓動は速いが、平静を装えるくらいには冷静でいられる。

「僕のセンスが悪くても、文句言わないでよ」
「絶対に言わない!」

 無邪気な顔に、自然と口元が緩む。
 神崎くんに似合う服を選ぶぞ! と意気込むけれど、少しダサくした方が普通になるんじゃないだろうか。
 店内に目を走らせる。
 でもここは無地やシンプルな服ばかりで、意図的にダサくはできなさそうだった。
 僕はネイビーのVネックTシャツを選んだ。

「これはどうかな?」
「これ買う!」

 神崎くんは即決して、受け取るとレジに向かおうとする。

「待って! 試着はしてみよ」

 家に帰ってからこれじゃない、と思われて、タンスの肥やしになってはもったいない。
 試着室に神崎くんを連れて行く。
 中でゴソゴソと衣擦れの音が聞こえて、聞いてはいけない音のようで所在なさげに視線を彷徨わせた。
 時折カーテンが揺れて、ソワソワと落ち着かない。
 ほどなくして、シャッとカーテンが勢いよく開いた。

「師匠、どう? 普通?」

 神崎くんは目をきらめかせ、試着室の入り口に立っている。
 Tシャツは鍛えられた身体にフィットしていた。サイズはバッチリ。
 Vネックから覗く鎖骨の窪みに影が落ち、首から肩のラインに目が釘付けになる。
 量産型のTシャツなのに、神崎くんが着るとセクシーすぎて目に毒だ。

「似合ってない?」

 僕が黙っていると、神崎くんが眉尻を下げた。

「ううん、似合ってるよ。似合いすぎて言葉が出てこなかったっていうか」

 普通の服が普通ではなくなってしまう。
 店内の照明がスポットライトに見えるし、狭い試着室の奥にランウェイが伸びているような幻覚を見た。

「じゃあこれにする!」
「待って! 似合うけどそれは危険だから、他の服を持ってくる」

 神崎くんの色気を致死量浴びて、道ゆく人が倒れてしまう惨状を回避しなければ。
 同じネイビーの丸首Tシャツを渡した。これなら鎖骨は隠れる。
 それを着た神崎くんは健康的な爽やかさで満ちていた。部活中に着ているTシャツが、こんな形だからだろうか。
 神崎くんは会計をして、服の入った紙袋を大事そうに抱える。

「師匠、選んでくれてありがとう」

 目を細めて、はにかむ。眩しいほどの笑顔を直接浴びて、目がチカチカした。

「神崎くんは、その紙袋を頭に被った方がいいと思う」
「いや、それは目立つでしょ」
「みんな視線を外して、注目はされないよ」

 そう提案して、いやいやいや、と思い直す。
 神崎くんを孤立させたいわけじゃない。普通にしたいんだ。

「メガネとかどうかな?」
「俺、視力悪くないよ」
「伊達メガネだよ」

 ダサいメガネをかけるのが、一番手っ取り早い気がする。
 メガネショップに着くと、手近にあったメガネをかけてみる。

「師匠は頭が良さそうに見える」

 かなりポジティブに言ってくれるが、僕がかけるとガリ勉っぽい。

「神崎くんも同じのかけてみてよ」

 メガネを外すと、神崎くんに渡す。かけた瞬間に、これはダメだ。と作戦失敗を悟り、匙を投げたくなった。
 神崎くんがメガネをかけると、知的な御曹司の昼下がりになる。
 他にも僕がかけて、もっさりした印象を受けたものを次々に渡していく。どう見てもダサくならない。むしろ色気が増したような気もする。
 店内の人たちも、神崎くんに目を奪われているようだった。

「うん、伊達メガネはやめとこ」
「似合ってない?」
「似合いすぎて、戦闘力がカンストしてるよ」

 なんの成果も得られないまま、メガネショップから撤退する。

「ちょっとトイレに行ってくるね」
「わかった、待ってる」

 神崎くんはトイレの前にあるソファに腰掛けた。
 トイレに入って用を足し、手を洗ってハンカチで拭いながら出る。思わずトイレの出入り口で足を止めた。
 僕が神崎くんから離れたのは、わずか二、三分のことだ。
 そんな短時間で、神崎くんは同じ年くらいの四人組の女子に囲まれていた。後ろは壁。両隣から挟まれ、前に二人と逃げ場なし。
 神崎くんは手を脚の間に挟み、極力肩を内側に入れようとしているのだろう。表情もこわばっている。
 下唇を噛んで、自分を奮い立たせた。注目されたくはないけれど、神崎くんを助けなきゃ。
 大股で近付いて「すみません」と声をかける。全員が訝しげな目を向けてくる。
 ビクビクしながらも、神崎くんの手首を掴んだ。引っ張って逃げ出す。
 見えなくなるところまで駆けると、手首を離して肩を落とした。

「師匠、かっこいい」

 神崎くんが目元を染める。

「ありがとう」

 かっこいいことなんて、なにもしていない。逃げただけだ。
 僕は小さな子から目が離せない親の気持ちって、こんな感じなのだろうかと想像した。

「大丈夫だった?」
「あっという間に囲まれた時は、終わったって思ったけど、師匠が手を引っ張ってくれて頼もしかった」

 眉を下げて笑う神崎くんに、胸をギュッと締め付けられる。
 せっかくの休日を、こんな気持ちで終わらせたくない。

「次は楽しいことしようよ」

 ゲームセンターに向かう途中に、ガチャガチャがずらりと並んでいるのが見えた。

「あっ、ちょっと見てもいい?」
「もちろん」

 狭い通路を進みながら、左右に目を走らせる。
 目当ての物を見つけて、財布から小銭を取り出した。

「パン?」
「そう、集めてるんだ」

 ミニチュアのパンのストラップ。なにげなしに一回やったら、作りがすごくてハマってしまった。

「カレーパンかチョココロネが出たら嬉しいな」

 小銭を入れて回すと、メロンパンが出てきた。すでに持っているけれど、二つあっても問題なし。そう言い聞かせる。

「俺もやってみる」

 神崎くんも小銭を入れて回す。カレーパンが出てきた。羨ましい。

「はい、師匠にあげる」

 僕の手首を掴むと手のひらを上に向けさせ、そっとカレーパンを乗せた。

「いいよ、神崎くんが出したんだし」
「じゃあメロンパンちょうだい。俺、メロンパン好きだし」
「うん、交換なら。神崎くん、ありがとう」

 メロンパンを渡す。

「あとはチョココロネで揃うよ」
「もう一回やる?」

 首を振った。

「深追いは危険だから。一点狙いってキツイし」

 軍資金が心許ないから、撤退するに限る。
 神崎くんは目の高さまでメロンパンを掲げた。

「本物みたいだな」
「そうなんだよ。美味しそうだよね」

 笑い合ってストラップを大事にしまう。
 僕たちが離れると、「メロンパン」という雄叫びが聞こえてきて体が跳ねた。
 メロンパンを求めて、誰かがガチャガチャを回し続けているのかもしれない。




 ゲームセンターではバスケットボールをゴールに投げるもので勝負をしたけれど、手も足も出なかった。

「すごいね。一回も外してないんじゃない?」
「近いから入るだけ。いつもより低いから、少しやりにくかった」

 近くて低いと入りやすいと思っていたけれど、普段からバスケをしている人にはそれがハンデになるのか。

「師匠、構えはこうだよ」

 神崎くんを真似てみるけれど、違うと首を振られた。
 神崎くんが僕の背後に回る。
 ボールを支える僕の手に、神崎くんの手が重なった。体をすっぽりと包まれる。耳元に息が掛かった。

「利き手でボールの後ろの方の下側を支えて、逆の手は横から添えるんだ」

 優しい声に囁かれ、頭の中が真っ白になってフリーズする。

「真っすぐゴールを見て」

 我に返って、ゴールに目を移した。
 神崎くんにも聞こえるんじゃないかというほど、心臓は暴れている。
 背中から伝わる体温は朝と同じなのに、石鹸の匂いはしなくなていた。

「膝を軽く沈ませて膝と肘を伸ばしてボールを押し上げるイメージ。手首のスナップを使って投げる」

 神崎くんに支えられながら投げたけれど、身体が強張っていてゴールに弾かれた。

「えっと、教えてくれてありがとう」
「ううん、全然いいよ」
「でもさ、近いよ」
「ごめん。師匠とバスケできるのが嬉しくって、つい」

 神崎くんはパッと離れると、バツが悪そうに眉を下げた。

「……大丈夫だけど、気を付けたほうがいいよ」

 他の人なら、勘違いしていたところだろう。
 人を惹きつけるって、もっと自覚してもらいたい。
 神崎くんはしっかりと頷いた。
 その後はレースゲームやシューティングゲームで遊んだ。これはいい勝負ができた。

「次はなにをして遊ぶ?」
「小腹がすいたから、パン屋に行かない? ストラップを見てから、メロンパンが食べたくて仕方ないんだよね」

 ふふっと笑い声が漏れてしまった。

「いいね。僕も食べたい」




 ベーカリーショップで神崎くんはメロンパン。僕はカレーパンを買った。
 イートインスペースの端っこに座る。
 神崎くんが大きな口でメロンパンにかぶりつく。

「うん、めっちゃ美味しい」

 僕もカレーパンを食べる。カリッと快音がした。
 野菜の甘みの後に、スパイスの刺激が追いかけてくる。

「カレーパンも美味しい」

 もう一口含む。

「今日は普通の休日を過ごせて、充実したな」

 神崎くんが一仕事やりきった、といった表情で晴れやかに笑う。
 普通だったかな? と首を捻る。
 だけど、あどけない顔でメロンパンを頬張る神崎くんを見て、この顔を翳らせる否定はやめよう、とカレーパンと一緒に言葉を飲み込んだ。
 朝からのことを思い返して、普通かはわからないけれど……。

「今日は楽しかったよ」

 これだけは本当。

「俺も」

 神崎くんが砂糖菓子のように甘く微笑む。
 騒ぐ胸の奥を悟られないように、ぐっと押さえつけた。
 やっぱり普通じゃない。
 勘違いさせるような顔をするのも、禁止させなきゃ。