備えあれば患いなし。
何事も準備していれば、恐れることなどない。
俺はそう信じて準備をしてきた。
何の準備をしたかって?
いずれ、異世界転移をするためだ。
準備と言っても、物を準備するのでは意味がない。
転移する時に身の回りのモノは持っていけないケースがあるからだ。
転移先で警戒されないために「全裸転移」させられる可能性すらある。
ならば、どんな準備が必要か。
答えは一つ、知識だ。
俺は、あらゆる知識を吸収した。
飯無双のために飲食店でバイトした。
農業無双のために庭をジャングルに変えた。
医療無双のために医学書を読み漁った。
商業無双のために簿記は一級まで学習済みだ。
内政無双のために経済学部に入学した。
武力無双のために総合格闘技のリングに上がった。
エロ無双のためにあらゆる体位を試した。
生活無双のために悠々と一人暮らしをした。
魔法無双のために――これだけはイメトレを重ねるしかなかったが。
資格も思いつく限り取りまくった。
受験条件さえ満たしていればすべて取得した。
メンタル、ワイン、コーヒー、ヨガ、メイクアップ、ネイル、アロマ、無線、色彩、秘書、世界遺産、薬学、毒物・劇物、星空、潜水、気象予報、手話などなど。
何に役立つかなんて、転移してみなければ分からないからな。
語学もいくつもマスターし、未知の言語であっても、ある程度の時間聞き流せば構造を理解できるようになった。乗り物系も免許が取れるものは網羅し、その構造も大体は理解できるようになった。高校時代に楽器屋でバイトした経験から、主要な楽器は一通りすべて扱える。
若干の不安は残るものの、これ以上ないほどの準備は整った。
すべては、異世界に行くため。
異世界で、最高に楽しく無双していくためだ。
そして俺は、知命を迎えた。
五十にして天命を知る。
ようやく、俺は気づいたのだ。
――俺には、異世界転移の天命などハナから与えられていなかったのだと。
結婚はしなかった。
相手はいたし、「子供ができた」と言われたことも一度や二度ではない。
認知した子供も星の数……まではいないが数人いる。彼らとは今でも程々の関係を築けていると思う。
養育費は膨れ上がっているが、幸いにして俺は大金持ちだ。百人分払ったところで痛くも痒くもない。……いや、そんなには払っていないが。ただ、具体的に何人分の養育費を口座に振り込んでいるかは、もう覚えていない。
慰謝料は一円も払っていない。何も謝るべきことがないからだ。
俺は最初から、交際相手に「結婚する気も子供を作る気も一切ない」と伝えていた。だから子供ができたというのは、彼女たちの作戦に他ならない。本当に俺の子かどうかも定かではない。
事前に約束を交わした以上、俺に後ろめたい気持ちはない。むしろ、俺の子か分からないけど認知してるなんて、とんだお人好しだと思っている。
ただ、子供は好きだ。
子供たちは俺のことを「父親」だとは思っていないので、たまに会う都合の良い親切なおじさんだと認識してくれている。金を払うだけで、面倒な育児に追われることもなく、子供の純粋な笑顔だけを搾取できるのだ。子供を嫌いになる理由が一つもない。
時には、運動会や文化祭なんかに顔を出して、楽しませて貰ったりもした。あまりの可愛さにほいほいお金をあげたおかげか、子供たちから疎まれていると感じたこともない。
俺の準備は、無駄ではなかったのだろう。本懐を遂げたわけではないが、俺はある程度、自分の人生に満足している。
「備えあれば憂いなし」
時に備え損だと思ったこともあったが、振り返れば、活用できない知識など何一つとしてなかった。無双のために貪り食った知識は、結果として、すべてが俺の今の人生を豊かにするものだった。
何が一番役に立ったかといえば、皮肉にも「魔法無双のためのイメトレ」だ。
どういった原理で何が起こるのか。何をどう組み合わせて新たなシステムを生み出すか。その順序立てた論理的思考は、IT企業を立ち上げて成功した自分にとって、最大の財産だった。俺の考えていた魔法の構成は、プログラミングの構築と全く同じなのだ。すべては繋がっていた。
俺の人生に悔いはない。
ただ、もしも欲を言うのであれば。
次に目覚めた時――そこが、異世界であればいい。
それが。
大学生になった、愛してやまない息子に腹を刺されながら迎えた、
俺の最期であった。
何事も準備していれば、恐れることなどない。
俺はそう信じて準備をしてきた。
何の準備をしたかって?
いずれ、異世界転移をするためだ。
準備と言っても、物を準備するのでは意味がない。
転移する時に身の回りのモノは持っていけないケースがあるからだ。
転移先で警戒されないために「全裸転移」させられる可能性すらある。
ならば、どんな準備が必要か。
答えは一つ、知識だ。
俺は、あらゆる知識を吸収した。
飯無双のために飲食店でバイトした。
農業無双のために庭をジャングルに変えた。
医療無双のために医学書を読み漁った。
商業無双のために簿記は一級まで学習済みだ。
内政無双のために経済学部に入学した。
武力無双のために総合格闘技のリングに上がった。
エロ無双のためにあらゆる体位を試した。
生活無双のために悠々と一人暮らしをした。
魔法無双のために――これだけはイメトレを重ねるしかなかったが。
資格も思いつく限り取りまくった。
受験条件さえ満たしていればすべて取得した。
メンタル、ワイン、コーヒー、ヨガ、メイクアップ、ネイル、アロマ、無線、色彩、秘書、世界遺産、薬学、毒物・劇物、星空、潜水、気象予報、手話などなど。
何に役立つかなんて、転移してみなければ分からないからな。
語学もいくつもマスターし、未知の言語であっても、ある程度の時間聞き流せば構造を理解できるようになった。乗り物系も免許が取れるものは網羅し、その構造も大体は理解できるようになった。高校時代に楽器屋でバイトした経験から、主要な楽器は一通りすべて扱える。
若干の不安は残るものの、これ以上ないほどの準備は整った。
すべては、異世界に行くため。
異世界で、最高に楽しく無双していくためだ。
そして俺は、知命を迎えた。
五十にして天命を知る。
ようやく、俺は気づいたのだ。
――俺には、異世界転移の天命などハナから与えられていなかったのだと。
結婚はしなかった。
相手はいたし、「子供ができた」と言われたことも一度や二度ではない。
認知した子供も星の数……まではいないが数人いる。彼らとは今でも程々の関係を築けていると思う。
養育費は膨れ上がっているが、幸いにして俺は大金持ちだ。百人分払ったところで痛くも痒くもない。……いや、そんなには払っていないが。ただ、具体的に何人分の養育費を口座に振り込んでいるかは、もう覚えていない。
慰謝料は一円も払っていない。何も謝るべきことがないからだ。
俺は最初から、交際相手に「結婚する気も子供を作る気も一切ない」と伝えていた。だから子供ができたというのは、彼女たちの作戦に他ならない。本当に俺の子かどうかも定かではない。
事前に約束を交わした以上、俺に後ろめたい気持ちはない。むしろ、俺の子か分からないけど認知してるなんて、とんだお人好しだと思っている。
ただ、子供は好きだ。
子供たちは俺のことを「父親」だとは思っていないので、たまに会う都合の良い親切なおじさんだと認識してくれている。金を払うだけで、面倒な育児に追われることもなく、子供の純粋な笑顔だけを搾取できるのだ。子供を嫌いになる理由が一つもない。
時には、運動会や文化祭なんかに顔を出して、楽しませて貰ったりもした。あまりの可愛さにほいほいお金をあげたおかげか、子供たちから疎まれていると感じたこともない。
俺の準備は、無駄ではなかったのだろう。本懐を遂げたわけではないが、俺はある程度、自分の人生に満足している。
「備えあれば憂いなし」
時に備え損だと思ったこともあったが、振り返れば、活用できない知識など何一つとしてなかった。無双のために貪り食った知識は、結果として、すべてが俺の今の人生を豊かにするものだった。
何が一番役に立ったかといえば、皮肉にも「魔法無双のためのイメトレ」だ。
どういった原理で何が起こるのか。何をどう組み合わせて新たなシステムを生み出すか。その順序立てた論理的思考は、IT企業を立ち上げて成功した自分にとって、最大の財産だった。俺の考えていた魔法の構成は、プログラミングの構築と全く同じなのだ。すべては繋がっていた。
俺の人生に悔いはない。
ただ、もしも欲を言うのであれば。
次に目覚めた時――そこが、異世界であればいい。
それが。
大学生になった、愛してやまない息子に腹を刺されながら迎えた、
俺の最期であった。

