好きになれない

 俺のほうが目線が高いから、なのだろうか。それとも、そういう目でしか見ていないから、なのだろうか。隣に座っている人の首元に、ついつい視線が行ってしまう。黒いブイネックは、切り込みが深い。こちらにもたれかかるように動くたびに、ちらちらと鎖骨が見えるのだ。
 気になってしかたないのだが、触ったら邪魔をするなと一蹴されるに決まっている。そう承知していた日和は、小さく息を吐くに留めて、おとなしく視線を画面に固定した。
 パソコンから流れているのは、もはや日和にはよくわからない学園恋愛ドラマだ。雪人と恵麻が気に入っているらしく、見て感想をくれとせがまれたらしい。
 ――絶対、この人の好みじゃないと思うんだけど。
 初回二時間スペシャルもようやく折り返しというところだが、日和は最初の十五分で白旗を上げている。無理だ。棒読みのキラキラしたアイドルとか、ちょっと無理。おまけに、頭を抱えたくなるようなくさい台詞のオンパレードだし。
 ――でも、そういえば、うちのクラスにも、好きな子いたっけ。
 おぼろげながらも記憶があるので、中高生世代には人気なのかもしれない。そんなことを考えているうちに、また視線が真木のほうを向いた。流し見すら放棄している日和と異なり、その瞳はきちんとドラマに注がれている。引き受けた以上、最後まで見るつもりなのだろう。
 らしいなぁという苦笑を呑み込んで、日和もドラマに意識を向け直した。面白さは、やっぱりよくわからなかったけれど。
 次回予告まで見終わったところで、真木が画面を閉じる。終わりの合図に、日和もほっと肩から力を抜いた。これも年を取ったということなのか、画面ばかりを見ていると、どうにも肩が凝るのだ。高校生くらいのころは、長時間ゲームをしていてもぜんぜん平気だったのに。
「面白かったですか」
 ひさしぶりに口を開いて問いかける。
「んー、雪たちが見たら面白いんだろうなっていうのはわかった」
「つまり、面白くはないんじゃないですか」
「おまえこそ。ぜんぜん見てなかっただろ。暇なら本でも読んでりゃよかったのに」
「だって」
 珍しく一緒にドラマを見るとか、お家デートみたいじゃないですか、と言おうと思ったものの、やめた。下手なことを言ったら最後、二度としてくれなくなるに決まっている。
 そういうところは子どもっぽいのだ、この人は。
「見てると、なんか居た堪れないというか。あれにきゅんとくる若さは、俺にはもうないのかもしれない。ちょっと恥ずかしい」
「おまえ、自分の言動、振り返ってから言えよ、そういうこと」
「え?」
「……いや、自覚がないなら、べつにいいけど」
 気になる言い方で逃げられてしまった。
 ……俺、そんな恥ずかしいことしてないよな?
 真木の言うところのおのれの言動を振り返ってみたが、そんな恥ずかしいことはしていないはずだ、たぶん。
 悩んでいるうちに、あっさりと真木が立ち上がろうとする。性懲りもなくちらりと視線で追った瞬間。鎖骨どころかあらぬものまで見えそうになっていることに気がついて、日和は思わずその袖を引いた。悩んでいたあれこれが彼方に吹き飛ぶ。
「なに?」
 不審そうな顔に、反射で言い淀む。いや、でも。指摘できるのって、ある意味で俺だけだし。だから、その、変な目で見ているからっていうだけじゃ、絶対にない。
 そう言い聞かせて、おもむろに日和は告げてみせた。
「やめたほうがいいですよ、そういうの」
「なにが?」
「いや、だから、その」
 心底意味がわからないという表情に、声がぶれそうになる。
「そういう、大きく襟ぐりの開いた服」
「なんで?」
「なんでって……。その、みっともないし」
 目も行くし、気になるし。
 後半は、恥ずかしさでしどろもどろに口の中で消えたが、事実である。
 答えの返ってこない沈黙に、しびれを切らして顔を上げた日和は、自分がなにかしらの失言をしたらしいと悟った。まったくの無表情で見下ろされるに至って、すみませんと口走る。
 なにがすまなかったのかはわからなかったものの、なにかをしたらしいことはよくよくわかってしまったので。
 おまえを俺だけのものにしたいんだよ、と。傲慢不遜に言い放ったドラマの中のアイドルの決め顔が、本当にふと頭に浮かんだ。いや、俺のはそういうのじゃなくて。……そういうのじゃないと思うのだが。
「べつに」
 いいけど、と続いたそれは、まったく「べつにいい」ような響きは含まれていなかった。