半年という時間で、なし崩しに真木の家に日和の私物は増え始めている。
さすがに平日に寝泊まりすることはなくなったが、少しでも時間があればこちらに足が向いてしまうのだ。
いっそのこと、一緒に暮らしたい。そう言ってしまいたい気持ちもあるものの、せめて一年は社会人生活をがんばってからにしようと決めている。
それが、日和自身の区切りのつもりであったし、渋い顔をするだろう真木への切り札のつもりでもあった。
「おまえ、今の学校でぴよちゃん先生って呼ばれてるんだって?」
つぼみと出逢って三度目の春が過ぎたが、あいかわらずこの人は忙しそうだ。
いつもの場所でパソコンを広げていた真木にそう笑われて、日和は小さく唇を尖らせた。スーツを脱いで腰を下ろした途端にこれである。
「なんで知ってるんですか」
聞いたものの、誰から聞いたかなんてわかりきっている。
「というか、そもそも! そもそも、羽山さんのせいなんですけど。あの人が着任早々、俺を見るなり『お、ぴよちゃんじゃん』なんて言うから。それを聞いてた子たちが真似し出して」
「だって、あいつ、おまえと一緒で市に採用されてるスクールカウンセラーだから」
なにをあたりまえのことをと言わんばかりの声に日和は閉口した。違う、そうじゃない。
「あの人は、もうちょっとくらい、俺のことを尊重してくれてもいいと思う。ただでさえ、新卒の教師なんて舐められるのに」
「生徒に舐められるのを和のせいにしてやんなよ。スクールカウンセラーって、ほら、あれだ。生徒と教師と保護者の関係を取り持って、学校をいいふうに循環させるのが仕事なんだし」
「……」
だから、そうじゃない。言わないけど。そんな子どもじみたこと、言わないけど。
天然ってこれなの。今までずっとわかった上ではぐらかされていると信じて疑ってもいなかったのだけれど。もしかして、本気で斜め上のことを考えてるの。
湧いた疑問を日和は黙殺した。べつに、そこはどうでもいい。ただ、伝わっていると過信することは、お互いのためにもよくないな、と思ったけれど。
「というか、おまえ、和に対して当たりきついよな。妬いてんの」
「……ないです、よ」
だって、いまさらだ。けれど、声音が拗ねただろうことは否定できない。案の定、真木が声を立てずに笑った。
「へぇ。でも、俺は、仕事とは言え、おまえと一緒でいいなぁって思ってるけど」
なんだかまったく敵わない。そう思う瞬間はいくつもあるのだが、今がまさにそうだった。
――俺ひとり意地張ったのが馬鹿みたいだ。
「ねぇ、真木さん」
呼びかけると、すぐに視線が合う。優しい色の瞳に自分だけが特別に映っていることは、今でも奇跡のようだと日和は思っている。だから、その上に胡坐をかくことなく大事にしたいのだ。これからも、ずっと。
「好き」
またそれかとばかりに「知ってる」と真木が笑う。軽い不満を示してその手を引けば、掠めるようなキスが頬に触れた。そうして、一言。愛おしさと優しさしかないような声が耳元で囁いた。
「ちゃんと好きだよ、おまえが一番」
その答えに、思わず目を細める。日常の疲れなんて吹っ飛んでしまうくらい、幸せな気分だ。お返しのように啄むだけのキスを贈る。
やっと掴んだ好きは、柔らかで綺麗な音をしていた。
さすがに平日に寝泊まりすることはなくなったが、少しでも時間があればこちらに足が向いてしまうのだ。
いっそのこと、一緒に暮らしたい。そう言ってしまいたい気持ちもあるものの、せめて一年は社会人生活をがんばってからにしようと決めている。
それが、日和自身の区切りのつもりであったし、渋い顔をするだろう真木への切り札のつもりでもあった。
「おまえ、今の学校でぴよちゃん先生って呼ばれてるんだって?」
つぼみと出逢って三度目の春が過ぎたが、あいかわらずこの人は忙しそうだ。
いつもの場所でパソコンを広げていた真木にそう笑われて、日和は小さく唇を尖らせた。スーツを脱いで腰を下ろした途端にこれである。
「なんで知ってるんですか」
聞いたものの、誰から聞いたかなんてわかりきっている。
「というか、そもそも! そもそも、羽山さんのせいなんですけど。あの人が着任早々、俺を見るなり『お、ぴよちゃんじゃん』なんて言うから。それを聞いてた子たちが真似し出して」
「だって、あいつ、おまえと一緒で市に採用されてるスクールカウンセラーだから」
なにをあたりまえのことをと言わんばかりの声に日和は閉口した。違う、そうじゃない。
「あの人は、もうちょっとくらい、俺のことを尊重してくれてもいいと思う。ただでさえ、新卒の教師なんて舐められるのに」
「生徒に舐められるのを和のせいにしてやんなよ。スクールカウンセラーって、ほら、あれだ。生徒と教師と保護者の関係を取り持って、学校をいいふうに循環させるのが仕事なんだし」
「……」
だから、そうじゃない。言わないけど。そんな子どもじみたこと、言わないけど。
天然ってこれなの。今までずっとわかった上ではぐらかされていると信じて疑ってもいなかったのだけれど。もしかして、本気で斜め上のことを考えてるの。
湧いた疑問を日和は黙殺した。べつに、そこはどうでもいい。ただ、伝わっていると過信することは、お互いのためにもよくないな、と思ったけれど。
「というか、おまえ、和に対して当たりきついよな。妬いてんの」
「……ないです、よ」
だって、いまさらだ。けれど、声音が拗ねただろうことは否定できない。案の定、真木が声を立てずに笑った。
「へぇ。でも、俺は、仕事とは言え、おまえと一緒でいいなぁって思ってるけど」
なんだかまったく敵わない。そう思う瞬間はいくつもあるのだが、今がまさにそうだった。
――俺ひとり意地張ったのが馬鹿みたいだ。
「ねぇ、真木さん」
呼びかけると、すぐに視線が合う。優しい色の瞳に自分だけが特別に映っていることは、今でも奇跡のようだと日和は思っている。だから、その上に胡坐をかくことなく大事にしたいのだ。これからも、ずっと。
「好き」
またそれかとばかりに「知ってる」と真木が笑う。軽い不満を示してその手を引けば、掠めるようなキスが頬に触れた。そうして、一言。愛おしさと優しさしかないような声が耳元で囁いた。
「ちゃんと好きだよ、おまえが一番」
その答えに、思わず目を細める。日常の疲れなんて吹っ飛んでしまうくらい、幸せな気分だ。お返しのように啄むだけのキスを贈る。
やっと掴んだ好きは、柔らかで綺麗な音をしていた。



