はじめての夜が、――はじめてこの部屋で受け止めてもらったときのことが嘘のように、この人とのセックスは、清く正しく、静かだ。
そんなことを言えば、「男同士で清くも正しくもあるか」と一笑されてしまいそうだから言わないけれど、でも、そうだと日和は思う。たとえば、後にも先にもシャワーを浴びること。たとえば、そのときに絶対に一緒に入らせてくれないこと。たとえば、事前の準備だとか、そういったこともぜんぶ、ひとりでしてしまうこと。ベッドに入る前に、電気を必ず消すところ。
前戯もなにも、必要ないというところ。
「真木さん、あの」
日和は、キスが好きだ。ということを、真木とこういったことをするようになって知った。
唇や首筋や目じりや指先。本当は、もっと至るところに口づけたい衝動に駆られることもある。けれど、いつも制止されて終わる。ほら、今日もだ、と思う。日和が求めていることをわかっていて、やんわりと押し流すのだ、こうやって。
「いいよ。そんなに気を使わなくて」
そういう、ことじゃなくて。言いたい言葉も、いつも日和の喉の途中で消える。伝わらないと知ったからだ。俺がしたいだけなんです、と訴えたのは、二回目のときだった。
そのときも真木は「キス、好きなんだ」と静かに笑って、それだけだった。ひたひたと這い上がる不安と孤独を押しやって、目を閉じる。手のひらから伝わる体温に縋るように。
「女の子じゃないんだから、好きにしたらいいって言ってるのに」
どこか呆れたように笑われて、日和はどうにか苦笑を返した。日和だって、これがはじめてなわけではない。慣れていると豪語できるほどの経験数でなくても、人並みにはあると思う。
男と女は違うということも、わかる。でも、それは、表面的な、皮一枚の問題ではないかと思うのだ。優しくすることに、大事にすることに、性別なんて関係ない。
それなのに、真木は聞く耳を持たない。真面目だな。あるいは、いい子だな。そんな一言であっさりと受け流す。
「そういうのが、多いの」
たまらなくなって絞り出した問いに、さもおかしそうに肩が揺れる。
「おまえ、それをここで聞くのはマナー違反だろ」
そうして、こんなときにばかりキスをしてくるのだから、やってられないと思う。本当に、そう思う。それなのに、それ以上を問うことができないでいる。
これは、本当に「恋」が成就したものなのだろうか。そんな簡単なはずのことすら、わからなくなってしまいそうで。
「っ、真木さん」
だから、必死になって囁くのかもしれない。
「好き」
いつか、届くと思って。あるいは、届いていることを確信したくて。
「好きです」
宥めるように、その指先が日和の肩を掴む。抱きしめられる体温に、溺れてしまいたかった。
最中に、この人の声を聞いたことはない。押し殺した吐息や、快楽に喘いでいるのか苦痛を訴えているのか判別できない声が時折漏れる程度でしかないのだ。
だから、早く終わればいいと思っているのか、セックスを義務だと思って付き合ってくれているのか、それとも、行為自体は嫌いではないから相手をしてくれているのか。日和にはわからない。けれど、ただ、ふと思うのだ。それでも、と。
この人のセックスは、清く正しく静かで、そして、いびつだ。
叶うわけのない一時の夢に溺れているような、そんな気分になることがある。満たされているはずなのに、泣きそうになる。
明示されていた終わりに、まるで気がついてしまったみたいに。
そんなことを言えば、「男同士で清くも正しくもあるか」と一笑されてしまいそうだから言わないけれど、でも、そうだと日和は思う。たとえば、後にも先にもシャワーを浴びること。たとえば、そのときに絶対に一緒に入らせてくれないこと。たとえば、事前の準備だとか、そういったこともぜんぶ、ひとりでしてしまうこと。ベッドに入る前に、電気を必ず消すところ。
前戯もなにも、必要ないというところ。
「真木さん、あの」
日和は、キスが好きだ。ということを、真木とこういったことをするようになって知った。
唇や首筋や目じりや指先。本当は、もっと至るところに口づけたい衝動に駆られることもある。けれど、いつも制止されて終わる。ほら、今日もだ、と思う。日和が求めていることをわかっていて、やんわりと押し流すのだ、こうやって。
「いいよ。そんなに気を使わなくて」
そういう、ことじゃなくて。言いたい言葉も、いつも日和の喉の途中で消える。伝わらないと知ったからだ。俺がしたいだけなんです、と訴えたのは、二回目のときだった。
そのときも真木は「キス、好きなんだ」と静かに笑って、それだけだった。ひたひたと這い上がる不安と孤独を押しやって、目を閉じる。手のひらから伝わる体温に縋るように。
「女の子じゃないんだから、好きにしたらいいって言ってるのに」
どこか呆れたように笑われて、日和はどうにか苦笑を返した。日和だって、これがはじめてなわけではない。慣れていると豪語できるほどの経験数でなくても、人並みにはあると思う。
男と女は違うということも、わかる。でも、それは、表面的な、皮一枚の問題ではないかと思うのだ。優しくすることに、大事にすることに、性別なんて関係ない。
それなのに、真木は聞く耳を持たない。真面目だな。あるいは、いい子だな。そんな一言であっさりと受け流す。
「そういうのが、多いの」
たまらなくなって絞り出した問いに、さもおかしそうに肩が揺れる。
「おまえ、それをここで聞くのはマナー違反だろ」
そうして、こんなときにばかりキスをしてくるのだから、やってられないと思う。本当に、そう思う。それなのに、それ以上を問うことができないでいる。
これは、本当に「恋」が成就したものなのだろうか。そんな簡単なはずのことすら、わからなくなってしまいそうで。
「っ、真木さん」
だから、必死になって囁くのかもしれない。
「好き」
いつか、届くと思って。あるいは、届いていることを確信したくて。
「好きです」
宥めるように、その指先が日和の肩を掴む。抱きしめられる体温に、溺れてしまいたかった。
最中に、この人の声を聞いたことはない。押し殺した吐息や、快楽に喘いでいるのか苦痛を訴えているのか判別できない声が時折漏れる程度でしかないのだ。
だから、早く終わればいいと思っているのか、セックスを義務だと思って付き合ってくれているのか、それとも、行為自体は嫌いではないから相手をしてくれているのか。日和にはわからない。けれど、ただ、ふと思うのだ。それでも、と。
この人のセックスは、清く正しく静かで、そして、いびつだ。
叶うわけのない一時の夢に溺れているような、そんな気分になることがある。満たされているはずなのに、泣きそうになる。
明示されていた終わりに、まるで気がついてしまったみたいに。



