追い出しコンパは多分の名残惜しさをはらんだまま閉会となった。
居酒屋の前を占拠して、二次会に向かうグループと帰路につくグループが別れを惜しみ合っている。その輪から少し距離を置いて見守っていると、ふわりと甘い香水が香った。
「ひさしぶりだね、日和くん」
綺麗な顔が日和を見上げてほほえんでいた。
「塩見先輩」
「コンパではあんまり話せなかったから」
「そう、ですね」
幹事だった水原が気を利かせて遠い配置にしたからなのだが、わざわざ口にすることでもない。曖昧に笑うと、塩見がいたずらに目元を笑ませた。
「日和くんは、どうせ二次会には行かないんでしょ」
「はは、……当たりです」
「うん。だから、これで最後かなと思って」
明るく笑っていた顔がほんの少し迷ったように揺れた気がして、半ば無意識に身を固くする。
「あのね、日和くん」
「はい」
「悪気はなかったんだけど、ごめんね」
日和をじっと見つめていた瞳が、ふっと笑った。
「って言ったらね。真木さんに『悪気がないっていう言い訳が一番性質が悪い』って、一刀両断されちゃった」
「真木さんが……」
「ひさしぶりに怒られたよ。男の人に」
そうだろうなと思った。年を取れば取るだけ怒られる機会は減っていく。要領の良い彼女なら、なおさらそうだったことだろう。
あっけらかんとした塩見の調子に、身構えていた肩から日和は力を抜いた。
「春から教師になるんだろうって懇々と。あの人は本当に真面目というか、固いというか」
「……そうですね」
「いい人なんだろうけどね。あたしとは合わないなぁって、ずっと思ってて。でも、日和くんには合ってたんだろうね。すごく変わったもん」
「そう、ですか」
「うん。変わったよ、なんか、すごく」
人を変えることは、とてもパワーのいることだ。つぼみに通うようになってすぐ、そんなふうに思ったことを日和は覚えている。
根気がなかったという学人が、真木に影響されて入部したバスケ部で地道にがんばっているという話を聞いたときのことだ。
変わるのは、いつも俺だ。やるせなさに似た感情が過っていく。そう、いつも俺だ。
あの人は、俺が知る限りなにも変わっていない。告白をしたときも、振られたときも、そのあとの今も。表面上で多少の扱いが変わったとしても、本質的なところでは、なにひとつ。
「紹介しなきゃよかったかな」
「感謝してます」
肩を竦めた塩見に、慌てて日和は向き直った。苦手だと思い決めて避けていたから、真正面から向き合うことは随分とひさしぶりだった。
今もべつに得意ではないけれど、最後にこうして伝えてくれた彼女に、最低限の誠意は示したいと思った。
「改めておめでとうございます。春からも、がんばってください」
日和くんもね、と塩見がほほえんだ。毒のない自然な笑み。あと二週間もすれば桜が咲く、夜のことだった。
居酒屋の前を占拠して、二次会に向かうグループと帰路につくグループが別れを惜しみ合っている。その輪から少し距離を置いて見守っていると、ふわりと甘い香水が香った。
「ひさしぶりだね、日和くん」
綺麗な顔が日和を見上げてほほえんでいた。
「塩見先輩」
「コンパではあんまり話せなかったから」
「そう、ですね」
幹事だった水原が気を利かせて遠い配置にしたからなのだが、わざわざ口にすることでもない。曖昧に笑うと、塩見がいたずらに目元を笑ませた。
「日和くんは、どうせ二次会には行かないんでしょ」
「はは、……当たりです」
「うん。だから、これで最後かなと思って」
明るく笑っていた顔がほんの少し迷ったように揺れた気がして、半ば無意識に身を固くする。
「あのね、日和くん」
「はい」
「悪気はなかったんだけど、ごめんね」
日和をじっと見つめていた瞳が、ふっと笑った。
「って言ったらね。真木さんに『悪気がないっていう言い訳が一番性質が悪い』って、一刀両断されちゃった」
「真木さんが……」
「ひさしぶりに怒られたよ。男の人に」
そうだろうなと思った。年を取れば取るだけ怒られる機会は減っていく。要領の良い彼女なら、なおさらそうだったことだろう。
あっけらかんとした塩見の調子に、身構えていた肩から日和は力を抜いた。
「春から教師になるんだろうって懇々と。あの人は本当に真面目というか、固いというか」
「……そうですね」
「いい人なんだろうけどね。あたしとは合わないなぁって、ずっと思ってて。でも、日和くんには合ってたんだろうね。すごく変わったもん」
「そう、ですか」
「うん。変わったよ、なんか、すごく」
人を変えることは、とてもパワーのいることだ。つぼみに通うようになってすぐ、そんなふうに思ったことを日和は覚えている。
根気がなかったという学人が、真木に影響されて入部したバスケ部で地道にがんばっているという話を聞いたときのことだ。
変わるのは、いつも俺だ。やるせなさに似た感情が過っていく。そう、いつも俺だ。
あの人は、俺が知る限りなにも変わっていない。告白をしたときも、振られたときも、そのあとの今も。表面上で多少の扱いが変わったとしても、本質的なところでは、なにひとつ。
「紹介しなきゃよかったかな」
「感謝してます」
肩を竦めた塩見に、慌てて日和は向き直った。苦手だと思い決めて避けていたから、真正面から向き合うことは随分とひさしぶりだった。
今もべつに得意ではないけれど、最後にこうして伝えてくれた彼女に、最低限の誠意は示したいと思った。
「改めておめでとうございます。春からも、がんばってください」
日和くんもね、と塩見がほほえんだ。毒のない自然な笑み。あと二週間もすれば桜が咲く、夜のことだった。



