「そういえば、いたかも。同じ学年に」
追い出しコンパまでの時間潰しにふたりで入った珈琲チェーン店で、水原が悩むように首を捻った。交流のない相手だったのか、はっきりとした記憶がないらしい。
「でも、目立つタイプじゃなかったんだよな。どっちかっていうと、あそこの兄弟は、一番上のお兄さんが有名人だったから。弟……あ、そうだ。思い出した」
なんでいまだに、こそこそと情報収集をしているのだろう。そう突っ込む冷静な自分を黙殺して、日和は続きを待った。知りたかったのである。
「一回だけ話したことあるわ。ほら、前に基生さんが大変だった時期があったって言っただろ。そのときに」
だから、中学のときかな、と言い添えて、水原がホットの珈琲に口をつけた。
「基生さん大丈夫って聞いただけだったんだけど。めちゃくちゃ不機嫌そうな顔で『俺には関係ない』って言われちゃってさ。それっきりだったんだけど」
「……へぇ」
「普段、ほとんど喋らないような大人しいやつだったから、びっくりしたんだけど。今になって思えば、同じようなこと何回も聞かれて辟易してたのかもな」
「そうなのかもね」
「おまえ、それよりさぁ。俺に会うたびに基生さんの話題ばっかり出すけど、例の年上彼女とはどうなってんの」
「あぁ、うん」
まさか同一人物です、なんて言えるわけもなく。曖昧に濁した日和に、水原がここぞとにじり寄る。苦笑気味に交わしながら、変な感じだなとまた少ししみじみとしてしまった。
この一年で自分の人付き合いが変わったことを、日和はちゃんと自覚している。かつての自分は、表面的な付き合いを好んでいたし、遊びの誘いや飲み会も面倒だという理由で最低限しか応じていなかった。
その自分が、同級生とこんなふうにプライベートなことを話している。その変化の源は、間違いなくつぼみでの出逢いだった。
「なに、なに? うまくいってないの?」
「うまくいってないわけではないけど。というか、なんでそんなにうれしそうなの、水原は」
「だって、顔も良くて、人生順風満帆そうなおまえが、年上彼女の手のひらで踊らされてるって、ちょっと面白いじゃん」
順風満帆。その単語に、知らず苦い顔になる。そんなふうに見えているのか、俺が。
「そんないいものじゃねぇよ、本当に」
「あれ。もしかして、本気で参ってた?」
「そういうわけでもない、けど」
一転して気遣う雰囲気が濃くなったわけだが、それはそれで腹が立つ。八つ当たりのようなことを考えながら、日和はそっと息を吐いた。
水原の言った「手のひらで踊らされている」という表現は、かつて自分の頭にも浮かんだことがあるもので。だから、いっそう嫌だったのだ。
――そういうふうに気持ちを弄ぶ人じゃないって、わかってる、けど。
「俺が好きだってことは伝わってると思うし、受け止めてもらってるとも思う。でも、その人は本当に俺のことが好きなのかなって。たまに不安になるというか」
「重症」
水原が呆れ声で呟く。はじめてのお付き合いに悩む中学生のようなことを言った自覚はある。でも。
「悪いか。本気なんだよ」
本気で、本当に、好きなのだ。だから、大事にしたいと思うし、優しくしたい。欲を言うなら、頼られたいと願ってもいる。ただ、同時に、その思いすべてが空回りしている自覚もあった。
真木が自分ひとりでなんでもできることは、わかっているのだ。
「好きなんだよ、その人のことが」
自分に言い聞かせるように、日和は言い足した。できるだけなんでもないように言ったつもりだったのに、心配げな視線が突き刺さってくる。居た堪れなくなって、日和は手元に視線を落とした。マグカップの水面に浮かぶ自分の顔はどこか陰鬱としていて。
――水原が、心配にもなるわけだ。
自嘲を呑み込んで、温くなったカフェオレに口をつける。呑み込み切れずに思い浮かんだのは、バスケットボール大会を終えた夜のことだった。
今日は駄目という真木の言葉の真意を、自分はなにも聞けないままでいる。
追い出しコンパまでの時間潰しにふたりで入った珈琲チェーン店で、水原が悩むように首を捻った。交流のない相手だったのか、はっきりとした記憶がないらしい。
「でも、目立つタイプじゃなかったんだよな。どっちかっていうと、あそこの兄弟は、一番上のお兄さんが有名人だったから。弟……あ、そうだ。思い出した」
なんでいまだに、こそこそと情報収集をしているのだろう。そう突っ込む冷静な自分を黙殺して、日和は続きを待った。知りたかったのである。
「一回だけ話したことあるわ。ほら、前に基生さんが大変だった時期があったって言っただろ。そのときに」
だから、中学のときかな、と言い添えて、水原がホットの珈琲に口をつけた。
「基生さん大丈夫って聞いただけだったんだけど。めちゃくちゃ不機嫌そうな顔で『俺には関係ない』って言われちゃってさ。それっきりだったんだけど」
「……へぇ」
「普段、ほとんど喋らないような大人しいやつだったから、びっくりしたんだけど。今になって思えば、同じようなこと何回も聞かれて辟易してたのかもな」
「そうなのかもね」
「おまえ、それよりさぁ。俺に会うたびに基生さんの話題ばっかり出すけど、例の年上彼女とはどうなってんの」
「あぁ、うん」
まさか同一人物です、なんて言えるわけもなく。曖昧に濁した日和に、水原がここぞとにじり寄る。苦笑気味に交わしながら、変な感じだなとまた少ししみじみとしてしまった。
この一年で自分の人付き合いが変わったことを、日和はちゃんと自覚している。かつての自分は、表面的な付き合いを好んでいたし、遊びの誘いや飲み会も面倒だという理由で最低限しか応じていなかった。
その自分が、同級生とこんなふうにプライベートなことを話している。その変化の源は、間違いなくつぼみでの出逢いだった。
「なに、なに? うまくいってないの?」
「うまくいってないわけではないけど。というか、なんでそんなにうれしそうなの、水原は」
「だって、顔も良くて、人生順風満帆そうなおまえが、年上彼女の手のひらで踊らされてるって、ちょっと面白いじゃん」
順風満帆。その単語に、知らず苦い顔になる。そんなふうに見えているのか、俺が。
「そんないいものじゃねぇよ、本当に」
「あれ。もしかして、本気で参ってた?」
「そういうわけでもない、けど」
一転して気遣う雰囲気が濃くなったわけだが、それはそれで腹が立つ。八つ当たりのようなことを考えながら、日和はそっと息を吐いた。
水原の言った「手のひらで踊らされている」という表現は、かつて自分の頭にも浮かんだことがあるもので。だから、いっそう嫌だったのだ。
――そういうふうに気持ちを弄ぶ人じゃないって、わかってる、けど。
「俺が好きだってことは伝わってると思うし、受け止めてもらってるとも思う。でも、その人は本当に俺のことが好きなのかなって。たまに不安になるというか」
「重症」
水原が呆れ声で呟く。はじめてのお付き合いに悩む中学生のようなことを言った自覚はある。でも。
「悪いか。本気なんだよ」
本気で、本当に、好きなのだ。だから、大事にしたいと思うし、優しくしたい。欲を言うなら、頼られたいと願ってもいる。ただ、同時に、その思いすべてが空回りしている自覚もあった。
真木が自分ひとりでなんでもできることは、わかっているのだ。
「好きなんだよ、その人のことが」
自分に言い聞かせるように、日和は言い足した。できるだけなんでもないように言ったつもりだったのに、心配げな視線が突き刺さってくる。居た堪れなくなって、日和は手元に視線を落とした。マグカップの水面に浮かぶ自分の顔はどこか陰鬱としていて。
――水原が、心配にもなるわけだ。
自嘲を呑み込んで、温くなったカフェオレに口をつける。呑み込み切れずに思い浮かんだのは、バスケットボール大会を終えた夜のことだった。
今日は駄目という真木の言葉の真意を、自分はなにも聞けないままでいる。



