好きになれない

 卒業式の大学構内は、きらびやかな袴姿で彩られていた。あいにくの曇り空だが、どうにか雨は降らずに済みそうで、近くに立つ在校生がよかったと囁き合っている。
 ひさしぶりに纏ったスーツは、肩が凝って息苦しい。緩めようと襟元に伸ばしかけた手を、隣にいた水原が見咎める。
「きちんとしとけって。あとちょっとなんだから」
 溜息を呑み込んで、日和は素直に手を下ろした。水原の言うとおり、もうまもなく、体育館から卒業生が出てくる時間である。ゼミの先輩を見つけて花束を渡さないといけないのだが、無事に完遂できるだろうか。
 一抹の不安を抱えたまま、手に持った花束に目を落とす。夜にゼミの追い出しコンパがあるのだから、そこで渡せばいいのに。提案しないだけの協調性は持ち合わせていたものの、日和は心底そう思っていた。
 もう一度溜息を呑み込んだところで、わっと小さな歓声が起こる。卒業生が姿を見せ始めたらしい。早々に花束を渡す担当の先輩を見つけることに成功した日和は、役割を終えてほっと列の後方に下がった。途切れることなく続く人波は、酔いそうなほどの熱気だ。
「あ」
 すぐ近くで上がった短い声に、思わず顔を上げる。
「やっぱり綺麗だなぁ、塩見先輩」
 塩見の袴姿は、感嘆どおりの集団に埋没しない華やかさだった。誰が彼女に花束を渡すかで揉めた記憶は新しい。その権利を勝ち取った同期の女子が塩見に駆け寄っていく。
 笑顔で花束を受け取った塩見が、在校生の列に視線をさ迷わせた。目が合った気がして、慌てて目礼を返す。じっと見つめられた気がしたものの、それもほんの少しのあいだだった。塩見の顔に、袴姿に見劣りしない華やかな笑みが浮かぶ。
 軽く手を振って前を向いた彼女を見送って、なんだ、と日和は内心でひとりごちた。なんだ、ぜんぜん大丈夫そうだ。目を逸らしかけた自意識過剰さが恥ずかしいくらいである。
 ――でも、まぁ、よかったのかな。
 最後に大丈夫と確認することができて。塩見に限って問題ないとわかっていても、気にかかっていたことは事実だったのだ。
 そう言い聞かせた日和だったが、最後という言葉に引っかかりを覚えて内心で首を傾げる。でも、そうだ。塩見と顔を合わせることも、おそらくは今日で最後。そうして、来年の今ごろは、自分が見送られる側になっている。
 あたりまえのことのはずなのに、あっというまに流れていく時間が、なぜか少し恐ろしいもののように思えた。