好きになれない

 思えば、知り合って一年も経っていない。それどころか、毎日顔を合わせていたわけでもない相手だ。実際に一緒に過ごした時間は、換算すれば驚くほど少ないに決まっている。
 けれど、時間なんて関係がないと思い知ってしまった。好きになった。一方通行だとわかっていても、そうなってしまったのだ。
 そうして、その感情は、暦の上で新年を迎えようとも、日和の中で燻り続けている。
 ――いや、わかってるんだけどさ。振られたんだろうって。
 自堕落に実家の炬燵に潜り込んだまま、あの夜に思考を馳せる。
 夏に帰省したときに褒めてくれたはずの姉は、「ふぬけた顔に戻っちゃったわね」と呆れ顔で笑っていたが、たぶん本当にふぬけているのだと思う。
 高校時代の同級生のグループラインは、やれ忘年会だ新年会だと盛り上がっていたけれど、重たい腰を上げる気分には終ぞならなかった。そんなわけで、半年ぶりに帰省したにも関わらず、日和はひとり家で炬燵に埋もれている。
 ――元旦にじいちゃんのところに行って義理は果たしたし。いいんだって、べつに。あっちに戻るまで、残り二日。だらだらと寝正月したところで。
 父と母のせっかくだからとのお出かけにご相伴する気も、当然のごとく起こらなかった。姉は姉で友人との新年会に出かけてしまっている。いいんだ。日和は内心で繰り返す。これが元来の自分だ。春から夏までの自分が、ちょっとおかしかったのだ。精力的に活動しすぎた。あれが恋の力だというのなら、いっそのこと、なんか、もう死にたい。
 ブブと短く振動したスマートフォンに、面倒くささを覚えつつも日和は手を伸ばした。お年賀メールだなんだはクソ面倒くさい因習と思っているが、貰ったものはきちんと返すことにしているのだ。無視をするのは気まずいという感性はさすがに有している。
「――ん?」
 表示された珍しい差出人に、日和は炬燵にくっつけていた頬を持ち上げた。優海である。
 つぼみのスタッフに一斉送信されたらしいそれは、優海らしい新年の挨拶とスタッフ同士の新年会への誘いが記されていた。
「一月六日か」
 アルバイトの関係で、六日には日和はあちらに戻っている。参加できない日程ではない。適当な理由をつけて断るほうが、本来の自分らしい気はするけれど。
 眉間に皺を寄せたまま、文面をなぞる。あぁ、でも、この日って、俺、六時半までバイトだ。新年会の場所はつぼみの最寄り駅に近い居酒屋だが、アルバイト先からだと三十分ほどかかってしまう。開始時間は七時となっているから、スタートからの参加は難しい。
 正当に断る理由が見つかったにも関わらず、日和は悩んだ。その末に、挨拶に続けて可否を送信する。
 バイトがあるので二十分ほど遅れるかもしれませんが、それでもよければ。
「俺って、こんな女々しかったのかな」
 いや、女々しいは女々しいと思うのだけれど、そのなんというか。言葉を探すことを諦めて、スマートフォンを机上に伏せる。
「なんで、すぱっと諦められないんだろ……」
 諦めたはずなのに、勝手に言葉がこぼれ落ちていく。溜息を吐いて、日和は机に顔を埋めた。どちらにせよ、あと三ヶ月なのだ。あと三ヶ月すれば、日和はつぼみから離れる。そうなれば、会うこともなくなる。それは事実だ。
 ――おまえのそれは、信じられない。
 リフレインする声に、ぎゅっと目を瞑る。自分の言うことを、否定せずに最後まで聞いてくれる人だった。子どもたちの言葉を頭ごなしに否定なんて、絶対にしない人だった。
 だからなのだろうか。信じられないという一言が、頭から離れてくれない。信じられない。精いっぱいを告げたのにそう言われてしまったら、どうしたらよかったのだろう。その答えは、もう自分では見つけられそうになかった。
 あの夜以来、真木と顔を合わせる機会がないまま、年末年始の休みに突入したことは、不幸中の幸いだったのかもしれない。そうして、六日は、つぼみの冬休みが明けるより前だ。
 ――だから、つまり、そのほうがいいよな。
 行く理由を自分に言い聞かせる。火曜日にいきなり子どもたちを前にして会うよりも。その前に一度、あの人の普通に合わせることができるかどうかを確かめたほうがいい。
 ――どうせ、真木さんは普通なんだ。
 顔を合わせたときのショックが少しでも和らぐように、日和は繰り返した。俺、あの人のなにがよかったんだろう。自嘲気味に自問して、――けれど、嫌いになれない。
 このままならさが恋ではないというのなら、本当にいったいなんだというのだろう。