つぼみの窓を、強まり出した風がカタカタと揺らしている。そういえば、台風が接近しているのだったと家を出る前に見た天気予報を日和は思い出した。再接近は今夜遅くと言っていたが、早まっているのかもしれない。
「ねぇ、まきちゃん。今日は勉強会やる?」
同じく心配になったらしい雪人が、窓から視線を外して真木に問いかけている。んー、と短く唸ってから、真木が「なしかな」と結論を出した。
――まぁ、そうなるよな。学校じゃないから警報出ても休みにならないってだけで、帰れなくなったら大変だし。
取り扱いの区分としては、学習塾と同じだ。よほどでなければ、つぼみは休みにならない。来るかどうかは、保護者判断に任せられているかたちだ。
電車で通っている凛音たち兄妹や、小学生組が休んでいるのは妥当な判断だろうと日和は思う。徒歩で通うことができる雪人と恵麻は朝からやってきていたが、そのほか参加しているのはふたりだけで、いつもよりつぼみの空気はひっそりとしていた。
「えー、せっかく来たのに」
「そんなこと言って、おまえ、帰り道、雨風きつかったら困るだろ」
「そうだよ、雪ちゃん」
取り成す調子で日和も続ける。
「いくらお家まで近くても、危ないから」
「そう、そう。だから、今日は四時で終わりな」
「って、あと一時間しかないじゃん!」
声を大きくした恵麻に、真木が「その代わり」と宥めるように苦笑をこぼした。
「俺と日和で送ってやるから。恵麻と初美は俺。雪と晴日は日和に途中まで送ってもらいな」
いきなりの指名に真木を見ると、首を傾げられてしまった。
「駄目?」
「いや、……ぜんぜん大丈夫です」
駄目なのは、いきなりかわいいようなしぐさを見せるあんただ。なんて言えるはずもない。不自然にならないように視線を外して、雪人と、ひとりでゲームをしていた晴日に声をかける。
「じゃあ、よろしくね。道は教えてもらうことになるけど」
「任せて。雪、晴日くんの帰る方向もわかるから」
「……俺、そいつと別れるところまででいい」
判断をつけかねて日和は真木を伺った。晴日は中学二年生で、雪人たちよりひとつ年下の男の子だ。斜に構えたところがあり、甘え下手。そんな印象がある。家まで送ってもらうことが恥ずかしいのかもしれない。
「晴日の家、大通りから一本入っただけのとこだから。でも、そうだな。家までが嫌ならお見送りにするか。晴日、雪と日和が家に入るまで、おてて振って見送ってくれるって」
「あ、それ、いい! 楽しそう」
「ふざけんなよ、クソオカマ。恥ずかしいことすんな」
「オカマじゃないって言ってるでしょ、なんでそういうこと言うの!」
「そうだよー、最近は男の娘とか言うんだよー。まぁ、雪ちゃんは雪ちゃんだけどねー」
まったりとした口調で仲介に入った恵麻に、晴日がバツの悪い顔で黙り込む。誰も口にはしないが、晴日が恵麻に気があることは周知の事実なのだ。
――そう思うと学校と変わらないよな。あたりまえだけど。
人間関係における「合う」「合わない」は、つぼみにも存在する。職員も「合わない」という感覚を否定することはない。だからと言って、きつく当たっていいわけがないよな、と諭すだけだ。苦手な人間とどう付き合っていくかという問題は難しい。感情コントロールの難しい年頃の彼らにとっては、とりわけ。
だからこそ、大事な経験になるのだろう。社会で生きていく上で、対人関係から逃げることはできないのだ。そうであるなら、上手な折り合いの付け方を学んでいくしかない。
折り合い。自分で考えたくせに暗雲たる気持ちになってしまった。幼少期に人と向き合っていないとこうなるという悪例が、まさに今の自分である。自分がちゃんと「普通」にできているのか、日和は不安でしかたがない。
その不安を誤魔化すように、ちらりと真木を見やる。彼はちょうど晴日に話しかけているところだった。憮然としていた少年の表情が次第に和らいでいく様子は、さすがとしか言いようがない。抜群にうまいんだよなぁ、人あしらい。いや、それじゃ褒めてないか。悶々と考えているうちに視線が合いそうになって、日和は恵麻たちのほうに慌てて顔を向けた。
こんなの、絶対、普通じゃない。自己嫌悪で死にそうになりながらも、必死で思考を切り替える。あの夜以来、もうずっとこうなのだ。いったい、どうしたらいいのだろう。
ぴよちゃんと無邪気に呼ぶ声が唯一の救いのように思えて、日和は幼い顔にほほえんだ。
「ねぇ、まきちゃん。今日は勉強会やる?」
同じく心配になったらしい雪人が、窓から視線を外して真木に問いかけている。んー、と短く唸ってから、真木が「なしかな」と結論を出した。
――まぁ、そうなるよな。学校じゃないから警報出ても休みにならないってだけで、帰れなくなったら大変だし。
取り扱いの区分としては、学習塾と同じだ。よほどでなければ、つぼみは休みにならない。来るかどうかは、保護者判断に任せられているかたちだ。
電車で通っている凛音たち兄妹や、小学生組が休んでいるのは妥当な判断だろうと日和は思う。徒歩で通うことができる雪人と恵麻は朝からやってきていたが、そのほか参加しているのはふたりだけで、いつもよりつぼみの空気はひっそりとしていた。
「えー、せっかく来たのに」
「そんなこと言って、おまえ、帰り道、雨風きつかったら困るだろ」
「そうだよ、雪ちゃん」
取り成す調子で日和も続ける。
「いくらお家まで近くても、危ないから」
「そう、そう。だから、今日は四時で終わりな」
「って、あと一時間しかないじゃん!」
声を大きくした恵麻に、真木が「その代わり」と宥めるように苦笑をこぼした。
「俺と日和で送ってやるから。恵麻と初美は俺。雪と晴日は日和に途中まで送ってもらいな」
いきなりの指名に真木を見ると、首を傾げられてしまった。
「駄目?」
「いや、……ぜんぜん大丈夫です」
駄目なのは、いきなりかわいいようなしぐさを見せるあんただ。なんて言えるはずもない。不自然にならないように視線を外して、雪人と、ひとりでゲームをしていた晴日に声をかける。
「じゃあ、よろしくね。道は教えてもらうことになるけど」
「任せて。雪、晴日くんの帰る方向もわかるから」
「……俺、そいつと別れるところまででいい」
判断をつけかねて日和は真木を伺った。晴日は中学二年生で、雪人たちよりひとつ年下の男の子だ。斜に構えたところがあり、甘え下手。そんな印象がある。家まで送ってもらうことが恥ずかしいのかもしれない。
「晴日の家、大通りから一本入っただけのとこだから。でも、そうだな。家までが嫌ならお見送りにするか。晴日、雪と日和が家に入るまで、おてて振って見送ってくれるって」
「あ、それ、いい! 楽しそう」
「ふざけんなよ、クソオカマ。恥ずかしいことすんな」
「オカマじゃないって言ってるでしょ、なんでそういうこと言うの!」
「そうだよー、最近は男の娘とか言うんだよー。まぁ、雪ちゃんは雪ちゃんだけどねー」
まったりとした口調で仲介に入った恵麻に、晴日がバツの悪い顔で黙り込む。誰も口にはしないが、晴日が恵麻に気があることは周知の事実なのだ。
――そう思うと学校と変わらないよな。あたりまえだけど。
人間関係における「合う」「合わない」は、つぼみにも存在する。職員も「合わない」という感覚を否定することはない。だからと言って、きつく当たっていいわけがないよな、と諭すだけだ。苦手な人間とどう付き合っていくかという問題は難しい。感情コントロールの難しい年頃の彼らにとっては、とりわけ。
だからこそ、大事な経験になるのだろう。社会で生きていく上で、対人関係から逃げることはできないのだ。そうであるなら、上手な折り合いの付け方を学んでいくしかない。
折り合い。自分で考えたくせに暗雲たる気持ちになってしまった。幼少期に人と向き合っていないとこうなるという悪例が、まさに今の自分である。自分がちゃんと「普通」にできているのか、日和は不安でしかたがない。
その不安を誤魔化すように、ちらりと真木を見やる。彼はちょうど晴日に話しかけているところだった。憮然としていた少年の表情が次第に和らいでいく様子は、さすがとしか言いようがない。抜群にうまいんだよなぁ、人あしらい。いや、それじゃ褒めてないか。悶々と考えているうちに視線が合いそうになって、日和は恵麻たちのほうに慌てて顔を向けた。
こんなの、絶対、普通じゃない。自己嫌悪で死にそうになりながらも、必死で思考を切り替える。あの夜以来、もうずっとこうなのだ。いったい、どうしたらいいのだろう。
ぴよちゃんと無邪気に呼ぶ声が唯一の救いのように思えて、日和は幼い顔にほほえんだ。



