「よし! 大成功だったね!」
べったりと血糊のついた顔で、恵麻が拳を突き上げる。多少のハプニングはあったが、無事に肝試しは終了した。充足した顔に、日和もほっと拍手を送る。雪人や紺たちも、みんな一様に高揚した表情を見せていた。
参加者の生徒がふたり一組で巡る肝試しは、脅かしに出るタイミングがなかなか難しかったものの、後半に向かうにつれ確実に迫力は増していたと思う。参加者たちの反応も良く、日和も達成感を覚えたくらいだ。中心メンバーだった生徒たちはなおさらだろう。
「雪ちゃんもがんばってくれてありがとね! 虫は大丈夫だった?」
そのせいもあってか、恵麻のお喋りが止まる気配はない。
昼にバーベキューをした平地に集まって反省会を始めたときは、八時半に切り上げる予定でいたのだが、十分ほど過ぎてしまっている。離れがたいことはよくわかったので、あと少しくらいなら、と日和は声かけを呑み込んだ。
「うん。最初はちょっと怖かったんだけど、しばらくしたら、驚かすほうに夢中になっちゃった」
「ね、雪ちゃん。来年も一緒にやろうね」
「うん、そうしよ! 次はもっと怖がらせるんだ」
盛り上がっている少女たちの向こうで、「来年」という言葉に紺の表情が曇ったように見えて、日和は首を傾げた。そうして、少し間を置いて、そうかと得心する。
ここに馴染みすぎて、忘れてしまうところだった。つぼみはあくまでもフリースクールなのだ。いつか、学校に戻るための場所。戻るための活力と気力を養う場所。
恵麻も、雪人も、紺も。ちょうど中学三年生だ。来年の夏はどうしているのだろう。通信制の高校を選べば、学人のように参加を続けているかもしれない。けれど、全日制の高校に通い出したら、来年は、きっとここにいることはない。
――いいこと、なんだろうけどな。
寂しいと思ってしまうのは、ただの日和の感傷だ。
「紺くん」
近づいてそっと声をかけた日和に、紺がなんでもない顔をつくった。
「おつかれさま。凛音ちゃんもすごく怖がってたね」
「……あいつ、怖がりだから」
「そうなんだ」
「でも、ちょっとはマシになったんだよ、あれでも。はじめて凛音がキャンプに参加したときは、怖がって泣いて、結局、参加できなかったんだ」
「そうなんだ」
凛音は、小学校低学年のころからずっと在籍していると聞いたことがある。
もともと学校自体が好きではなかったのかもしれない。あるいは、兄である紺が早くから不登校になっていたから、無理をしてまで学校に行く意識を持てなかったのかもしれない。
良いことなのか悪いことなのかはわからない。けれど、無理をして、苦しくなって、追い詰められてしまうより、ずっといいと日和は思う。逃げ場があるほうが、絶対に。
「みんな、成長するんだね」
説教をしたつもりはなかったのだが、そう響いたのかもしれない。ほんの少し唇を曲げて、そうだよ、と紺が頷く。
「変わらないままなんてない」
そうだね、と日和は小さく同意を示した。変わらない関係は存在しない。変化のない状況は存在しない。そういう意味で言えば、やはり「つぼみ」はどこか異質で異次元なのだ。いつも温かく変わらない温度で満たされた、優しい守り人のいる空間。そこで英気を養ったのなら、いつか出て行かなくてはならない。
そのことを一番理解しているのは、子どもたちなのかもしれなかった。
「おつかれさま、みんな」
「優海さん!」
懐中電灯片手に姿を現した優海に、恵麻たちが破顔する。
褒めて、褒めて、と尻尾を振る子犬のようでちょっとかわいい。紺の顔にも、ほっとした色が浮かぶ。
「今年の肝試しも怖かったなぁ。恵麻ちゃんが最初にしてくれた怪談も上手だったし、学人くんのゾンビは今年も迫力満点。紺くんのミイラ男も怖かったし、玲衣ちゃんのセーラー服ゾンビもかわいかったけど、すごく怖かったなぁ」
ひとりひとりを順繰りに褒めながら、優海がにこりとほほえむ。
「最後の雪ちゃんと日和くんの吸血鬼コンビも怖かった! 私もびっくりしちゃった」
「嘘だぁ。優海さん、ずっと笑ってたじゃん」
「怖いと笑っちゃうタイプなの、実は」
雪人の指摘をさらりと受け流して、優海が笑みを深くする。慈愛という表現がぴったりのそれだ。
「これだけの準備をするのは大変だったでしょう。恵麻ちゃんを中心に本当にみんながんばったね。おつかれさま」
照れくさそうな恵麻の頭を白い手で撫でて、優海が散会を提案する。
「明日も朝が早いんだから、そろそろお開きにしましょうか」
べったりと血糊のついた顔で、恵麻が拳を突き上げる。多少のハプニングはあったが、無事に肝試しは終了した。充足した顔に、日和もほっと拍手を送る。雪人や紺たちも、みんな一様に高揚した表情を見せていた。
参加者の生徒がふたり一組で巡る肝試しは、脅かしに出るタイミングがなかなか難しかったものの、後半に向かうにつれ確実に迫力は増していたと思う。参加者たちの反応も良く、日和も達成感を覚えたくらいだ。中心メンバーだった生徒たちはなおさらだろう。
「雪ちゃんもがんばってくれてありがとね! 虫は大丈夫だった?」
そのせいもあってか、恵麻のお喋りが止まる気配はない。
昼にバーベキューをした平地に集まって反省会を始めたときは、八時半に切り上げる予定でいたのだが、十分ほど過ぎてしまっている。離れがたいことはよくわかったので、あと少しくらいなら、と日和は声かけを呑み込んだ。
「うん。最初はちょっと怖かったんだけど、しばらくしたら、驚かすほうに夢中になっちゃった」
「ね、雪ちゃん。来年も一緒にやろうね」
「うん、そうしよ! 次はもっと怖がらせるんだ」
盛り上がっている少女たちの向こうで、「来年」という言葉に紺の表情が曇ったように見えて、日和は首を傾げた。そうして、少し間を置いて、そうかと得心する。
ここに馴染みすぎて、忘れてしまうところだった。つぼみはあくまでもフリースクールなのだ。いつか、学校に戻るための場所。戻るための活力と気力を養う場所。
恵麻も、雪人も、紺も。ちょうど中学三年生だ。来年の夏はどうしているのだろう。通信制の高校を選べば、学人のように参加を続けているかもしれない。けれど、全日制の高校に通い出したら、来年は、きっとここにいることはない。
――いいこと、なんだろうけどな。
寂しいと思ってしまうのは、ただの日和の感傷だ。
「紺くん」
近づいてそっと声をかけた日和に、紺がなんでもない顔をつくった。
「おつかれさま。凛音ちゃんもすごく怖がってたね」
「……あいつ、怖がりだから」
「そうなんだ」
「でも、ちょっとはマシになったんだよ、あれでも。はじめて凛音がキャンプに参加したときは、怖がって泣いて、結局、参加できなかったんだ」
「そうなんだ」
凛音は、小学校低学年のころからずっと在籍していると聞いたことがある。
もともと学校自体が好きではなかったのかもしれない。あるいは、兄である紺が早くから不登校になっていたから、無理をしてまで学校に行く意識を持てなかったのかもしれない。
良いことなのか悪いことなのかはわからない。けれど、無理をして、苦しくなって、追い詰められてしまうより、ずっといいと日和は思う。逃げ場があるほうが、絶対に。
「みんな、成長するんだね」
説教をしたつもりはなかったのだが、そう響いたのかもしれない。ほんの少し唇を曲げて、そうだよ、と紺が頷く。
「変わらないままなんてない」
そうだね、と日和は小さく同意を示した。変わらない関係は存在しない。変化のない状況は存在しない。そういう意味で言えば、やはり「つぼみ」はどこか異質で異次元なのだ。いつも温かく変わらない温度で満たされた、優しい守り人のいる空間。そこで英気を養ったのなら、いつか出て行かなくてはならない。
そのことを一番理解しているのは、子どもたちなのかもしれなかった。
「おつかれさま、みんな」
「優海さん!」
懐中電灯片手に姿を現した優海に、恵麻たちが破顔する。
褒めて、褒めて、と尻尾を振る子犬のようでちょっとかわいい。紺の顔にも、ほっとした色が浮かぶ。
「今年の肝試しも怖かったなぁ。恵麻ちゃんが最初にしてくれた怪談も上手だったし、学人くんのゾンビは今年も迫力満点。紺くんのミイラ男も怖かったし、玲衣ちゃんのセーラー服ゾンビもかわいかったけど、すごく怖かったなぁ」
ひとりひとりを順繰りに褒めながら、優海がにこりとほほえむ。
「最後の雪ちゃんと日和くんの吸血鬼コンビも怖かった! 私もびっくりしちゃった」
「嘘だぁ。優海さん、ずっと笑ってたじゃん」
「怖いと笑っちゃうタイプなの、実は」
雪人の指摘をさらりと受け流して、優海が笑みを深くする。慈愛という表現がぴったりのそれだ。
「これだけの準備をするのは大変だったでしょう。恵麻ちゃんを中心に本当にみんながんばったね。おつかれさま」
照れくさそうな恵麻の頭を白い手で撫でて、優海が散会を提案する。
「明日も朝が早いんだから、そろそろお開きにしましょうか」



