好きになれない

 太陽の光を浴びた水面が、キラキラと輝いている。頭上から降り注ぐ熱は厳しさを増すばかりだが、川遊びに励む子どもたちは、暑さをものともしない様子だった。
 ――元気だなぁ。
 浅瀬で羽山と一緒に遊んでいる凛音たちの姿はいかにも無邪気だ。大きな水鉄砲を持ってきた暁斗はうれしそうに空に小さな虹をつくっていて、それを見た雪人と恵麻が楽しそうに笑っている。岩場から見守っていた日和は、その光景にゆっくりと目を細めた。
 昼食後の川遊びには、大半の生徒が参加している。昼夜逆転の生活が抜け切れていない生徒や、室内でお喋りをしたいという生徒は、愛実と一緒にバンガローに向かったが、無理をする必要はないのだから、それでいいと日和は思う。
「日和くん、泳げないんだって?」
 不意に落ちてきた影に、ちらりと顔を上げる。日和と同じ学生ボランティアの名波(ななみ)だった。
「あ、いや、泳げないことはないんですけど。あまり川とかで泳いだことはないというか」
「わかる、わかる。私も自信ないもん。まぁ、ここは溺れるような川じゃないけどね」
「とは思いますけど」
 視界から子どもたちを外すことはできない。苦笑して、日和は視線を川へ戻した。隣に名波が座る。
「そんなに肩に力入れなくても大丈夫だよ。私はここに来るの三度目だけど、今までもなにもなかったから」 
「……すみません、心配性で」
「放置するよりはいいと思うけど。今、大学三年生なんだっけ?」
「あ、はい。そう、です」
「教育学部?」
「はぁ、まぁ」
 よどみなく続く問いかけに気が散って、返事がおざなりになる。同時にふたつのことをこなせるほど器用ではないのだ。
 ――早く、真木さんも来ないかな。
 昼食の担当班の子たちと片づけをしてから、彼らを連れて来ると言っていたけれど。
「私はね、心理学の専攻で、今は院の二年。だから、キャンプは今年で最後になるかな」
「はぁ、そうですか」
「和さんは卒業してからも手伝ってるけど、そこまで私はできないから。今年も本当はどうしようかなぁと思ってたんだけど、来てよかったかな」
 最後の思い出づくりと解釈して、日和は気のない返事を繰り返した。いつのまにか、水遊びが水中ビーチバレー大会へと変貌している。さすがに何年も参加しているというだけあって用意がいい。学人がビーチボールを水中に勢いよく打ち込んで、恵麻に怒られていた。
 意識しないまま小さく笑みをこぼした瞬間、右腕にひやりとした熱を感じて、ぱっと視線を向ける。腕に触れていたのは名波だった。肘の内側に指を這わせて、にこりとほほえむ。
「日和くんに会えてよかったなって。ねぇ、日和くんって、彼女とかいるの?」
 媚びるような甘えた声。子どもたちの声が遠のく感覚に、日和はそっと息を吐いた。努めてさりげない表情を取り繕う。不機嫌な顔を、ここで晒したくはなかった。
「いません」
 腕を振りほどいて続ける。なんでもない口調で。
「けど、好きな人はいます」
 それ以上の問答をする気も起こらず、日和は岩場から立ち上がった。その姿を見とめた恵麻が、持っていたビーチボールを放り投げてくる。足元に転がってきたボールを拾って、日和も水中に足を入れる。冷たかった。
「ぴよちゃん、やっと来た! 一緒に遊ぼう」
「うん、入れてくれる?」
 凛音のあどけない表情に、少し気分がほぐれた気がした。振り返らなかったが、さすがに臍を曲げてどこかに行くような真似はしないだろう。
 ――そんな人材だったら、優海さんも真木さんも置いておかないと思うし。
「モテるねぇ、ぴよちゃん」
 凛音たちには聞こえない声音で羽山に囁かれて、日和はむっと眉根を寄せた。好きでモテているわけではないし、あの人が見ているのは俺の見かけだけだろう。そう思ったものの、言えるわけもなく。子どもたちに意識を向けることで、日和はどうにか笑みを浮かべ直した。
 ボールと子どもたちを目で追いながら、あるいは、と思う。そんなふうに思ってしまうから、恋愛に対して煩わしい以外の感想を、自分は持つことができないでいるのだろうか。