今回のメインテーマは夏のキャンプであるものの、スタッフ会議自体は年に三度ほど開催されているのだそうだ。どのくらいの人数が集まるのだろうと思っていたが、蓋を開けてみれば、正規職員を含めて総勢十名という、ふたつ並べた机でも狭いと感じる大所帯である。
真木以外に知る顔のない会議に緊張していた日和も、生徒たちの様子や今後の方針といった議題が進むにつれ、少しずつ肩から力を抜けるようになった。ほっとして、小さく息を吐く。
初参加の自分を弾く雰囲気はなくとも、すぐに和気あいあいとできる性分ではないのだ。多少硬くなるのはしかたがないだろう。
――でも、真木さんにはあんまり緊張しなかったんだよな、最初から。
真木と優海が並べば、優海のほうが話しやすいと誰でも判断しそうなものなのに、日和にとってはそうでない。なんでだろうと覚えそうになった疑問を脇に置いて、議題に耳を傾け直す。今はそんなことを考えている時間ではない。話の中心は、中学三年生の進路に移り変わっていた。
机を囲むボランティアスタッフの八割が女性で、そのほとんどが大学生や院生であるらしい。主婦や社会人もいるそうだが、みんな生徒のことをよく見ている。次々と報告、共有されていく話の聞き役に徹していると、不意に自分の名前が飛び込んできた。
「日和くんはこの春に来てくれたばかりだから、その分だけ新しい視点を持っているのじゃないかと思うのだけど。なにか、こうしたほうがいいと思ったことはないかしら」
もしあったら聞かせてほしいの、と優海にほほえまれて、ボールペンを握りしめたまま日和は固まった。集まった視線が痛い。
「え、えぇと」
急かすでもなく、そうかと言って、見切りをつけることもなく、優海は笑顔のまま日和の答えを待っている。
「えぇと、あの、そう、ですね」
教室の真ん中で立ち尽くしている気分になると、思考はますます煮詰まった。……やばい、あれ、なんだっけ。質問。
「日和くん」
その声に、飽和状態だった脳みそがすっと開けていく。ぱっと視線を向けると、いつもの調子で、真木がやんわりと話を促した。
「キャンプも参加するんだし、香穂子ちゃんのことは話しておいてもいいかもね」
「あ、……はい」
そうですね、と一拍置いて口を開く。
しどろもどろな説明に、相槌のような真木の補足がつくことで、現場を見ていない人間にもどうにか伝わる有様だったが、とりあえず役目は終えた。
からからに渇いた喉を、少し温くなった珈琲で湿らせる。苦い。眉間に皺が寄ったところを見られたのか、はす向かいで資料に視線を落としていた真木が、小さく笑った気がした。
――あの人、絶対、俺のこと、ここの生徒と変わらないレベルで手のかかる人間だと思ってるよな。
愛実の言っていた「甘い」対応というのは、ほかのスタッフと接しているこの人を知らないから、日和にはなんとも言えない。けれど、生徒の目にそう映っていたのだとすれば、それは自分がそれだけ頼りがないということで。
そこまで考えたところで、鎌首をもたげた疑問に、日和は首を捻った。
今まで誰かに頼りにされた覚えは、ほとんどない。それなのに、自分はつぼみで「頼りにされたい」なんて積極的なことを願っていたのだろうか。
ちらとスタッフと話をしている真木に視線を向ける。少しでもいいから、あんなふうに生徒を安心させることのできる存在になりたいと、たしかに思いはしたけれど。
――なんか、らしくない気がすんな、ぜんぶ。
前向きな自分というのが、どうにもこうにも。疑念を押し流すように、もう一口、珈琲を流し込む。
あのくらいの年の子が恋愛感情を持つことは自然なことだけれど、助長させることはしないように。距離が近くなりすぎることがあれば、自然なかたちであいだに入るようにしましょう。優海の言葉を聞きながら、「恋愛」について日和は考えを巡らせていた。
この数年、彼女をほしいと思ったことはない。そもそも、過去に付き合った彼女たちも、告白されてなんとなく応じただけの存在だった。
日和がなにを言わなくても、時間が経てば勝手に向こうが離れていく、それだけのもの。私のことなんて、べつに好きじゃないんでしょ、という捨て台詞はもう聞き飽きている。勝手に期待して、勝手に落胆される。恋愛は面倒なものだった。
――そっか、俺、主体的な恋愛から、だいぶ遠ざかってるんだな。
誰かを好きになるという感情の高ぶりを、もうずっと経験していないのかもしれない。そう考えると、香穂子の感情は眩しいもののようにも思えた。
真木以外に知る顔のない会議に緊張していた日和も、生徒たちの様子や今後の方針といった議題が進むにつれ、少しずつ肩から力を抜けるようになった。ほっとして、小さく息を吐く。
初参加の自分を弾く雰囲気はなくとも、すぐに和気あいあいとできる性分ではないのだ。多少硬くなるのはしかたがないだろう。
――でも、真木さんにはあんまり緊張しなかったんだよな、最初から。
真木と優海が並べば、優海のほうが話しやすいと誰でも判断しそうなものなのに、日和にとってはそうでない。なんでだろうと覚えそうになった疑問を脇に置いて、議題に耳を傾け直す。今はそんなことを考えている時間ではない。話の中心は、中学三年生の進路に移り変わっていた。
机を囲むボランティアスタッフの八割が女性で、そのほとんどが大学生や院生であるらしい。主婦や社会人もいるそうだが、みんな生徒のことをよく見ている。次々と報告、共有されていく話の聞き役に徹していると、不意に自分の名前が飛び込んできた。
「日和くんはこの春に来てくれたばかりだから、その分だけ新しい視点を持っているのじゃないかと思うのだけど。なにか、こうしたほうがいいと思ったことはないかしら」
もしあったら聞かせてほしいの、と優海にほほえまれて、ボールペンを握りしめたまま日和は固まった。集まった視線が痛い。
「え、えぇと」
急かすでもなく、そうかと言って、見切りをつけることもなく、優海は笑顔のまま日和の答えを待っている。
「えぇと、あの、そう、ですね」
教室の真ん中で立ち尽くしている気分になると、思考はますます煮詰まった。……やばい、あれ、なんだっけ。質問。
「日和くん」
その声に、飽和状態だった脳みそがすっと開けていく。ぱっと視線を向けると、いつもの調子で、真木がやんわりと話を促した。
「キャンプも参加するんだし、香穂子ちゃんのことは話しておいてもいいかもね」
「あ、……はい」
そうですね、と一拍置いて口を開く。
しどろもどろな説明に、相槌のような真木の補足がつくことで、現場を見ていない人間にもどうにか伝わる有様だったが、とりあえず役目は終えた。
からからに渇いた喉を、少し温くなった珈琲で湿らせる。苦い。眉間に皺が寄ったところを見られたのか、はす向かいで資料に視線を落としていた真木が、小さく笑った気がした。
――あの人、絶対、俺のこと、ここの生徒と変わらないレベルで手のかかる人間だと思ってるよな。
愛実の言っていた「甘い」対応というのは、ほかのスタッフと接しているこの人を知らないから、日和にはなんとも言えない。けれど、生徒の目にそう映っていたのだとすれば、それは自分がそれだけ頼りがないということで。
そこまで考えたところで、鎌首をもたげた疑問に、日和は首を捻った。
今まで誰かに頼りにされた覚えは、ほとんどない。それなのに、自分はつぼみで「頼りにされたい」なんて積極的なことを願っていたのだろうか。
ちらとスタッフと話をしている真木に視線を向ける。少しでもいいから、あんなふうに生徒を安心させることのできる存在になりたいと、たしかに思いはしたけれど。
――なんか、らしくない気がすんな、ぜんぶ。
前向きな自分というのが、どうにもこうにも。疑念を押し流すように、もう一口、珈琲を流し込む。
あのくらいの年の子が恋愛感情を持つことは自然なことだけれど、助長させることはしないように。距離が近くなりすぎることがあれば、自然なかたちであいだに入るようにしましょう。優海の言葉を聞きながら、「恋愛」について日和は考えを巡らせていた。
この数年、彼女をほしいと思ったことはない。そもそも、過去に付き合った彼女たちも、告白されてなんとなく応じただけの存在だった。
日和がなにを言わなくても、時間が経てば勝手に向こうが離れていく、それだけのもの。私のことなんて、べつに好きじゃないんでしょ、という捨て台詞はもう聞き飽きている。勝手に期待して、勝手に落胆される。恋愛は面倒なものだった。
――そっか、俺、主体的な恋愛から、だいぶ遠ざかってるんだな。
誰かを好きになるという感情の高ぶりを、もうずっと経験していないのかもしれない。そう考えると、香穂子の感情は眩しいもののようにも思えた。



