「え、これ……いいの?」
「うん。気に入ったのがあれば、だけど」
あれから海に戻っても明人の姿が見当たらず、とりあえず咲希の家の別荘に行って、お昼からは明人が戻ってくるまでに、いろいろ買い物も済ませた。
服に食材に明人とでも楽しめそうな、画材セット。
お小遣いはずっと貰っていて、使い所がなかったから溜まっていたものをやっと消化できて、柄にもなく満足している。
明人が戻ってきたのは、私が買い物を全て済ませて海を散歩していた頃だった。どこにいたのかは聞いていない。人にはプライバシーというものがあるから。
明人と合流した私は、明人を連れてこの別荘に来た。
辺りを見回しながら家の中をうろつく明人の後ろを追って、私も家中見学をする。
父の服は結局、持ってきただけでなんの役にも立たなかったな。
そしてこの別荘は、咲希の祖父母が生前住んでいた家で、四年前から別荘として使っているらしい。
「千夏、これは?」
「あー、それね。明人が楽しめるようにと思って。絵を描く道具。試しに海でも書いてみたら?絵を描くか分かんないけど」
「……千夏も行こう」
「えっ?え、ちょっ……!」
料理はしたことがないけど、カレーぐらいならと思って用意を始めてると、腕を引かれて強制的に海に行くことになった。
明人が選んだのは、黒シャツにジーンズというシンプルな服装だ。中からは白い布がちらっと見えている。
メンズコーデは分からないから、適当に選んだものだけど、顔が綺麗だと何でも似合ってしまうのが、人間の罪な部分。
「ねぇ、描けた?」
「もう少し。まあ、描けたところで見せないけど」
「何それ。強制的に引っ張り出しておいて、酷くない?」
それでも明人は、「いつか分かるよ」の一点張り。
結局私は二時間ぐらい海を眺めていただけだった。
その夜、咲希からの連絡のおかげで、私たちはこの町でやっている夏祭りに参加することにした。
祭りにしては早いと思ったけど、ここら辺は毎年この時期らしい。
咲希とは会えたらいいねというやり取りはしたものの、見つかったら親以上に面倒くさそうだ。
「すごい……。見たことないのばっかりだ」
「明人のところではこういうのはしないの?」
「うん。それどころか、食べ物にも困ってる人が多いんだ」
まただ。明人はまた不思議なことを言ってる。これでもかってくらいいろんなところに食べ物があるのに、困ってる人がいるだなんて。
でも、よくよく考えれば、被災地とかは衣食住に困っているのか。と、一人で納得する。
「あっ、かき氷」
「……食べる?」
「食べようかな。暑いし」
屋台の店主からかき氷をもらって、二人してブルーハワイ味をかける。
暑い日にはやっぱりかき氷で、味と言ったらブルーハワイ。空いていた椅子に腰を下ろして食べ進めると同時に、私はあることを思いついた。
「明人明人、べーってして?」
「えっ?」
「いいから」
「こ、こう?」
「あはは!明人の舌真っ青〜!」
案の定明人の下は真っ青で、それはもしかしなくても私も。記念に二人で舌を出して、写真を撮る。
「千夏、今何をしたの?」
「うん?写真を撮っただけだよ?」
「そのスマホ?とやらで撮れるの?」
そういえば、明人と写真を撮るのは初めてだ。スマホのこともちゃんと説明していなかった。
「そうだよ。これはね、どんなに遠く離れていても、電話番号さえ連絡したら電話できるし、チャットって言って、文字の送り合いもできるの。そして、これで買い物もできちゃうんだよ」
「この小さな板で?」
「そう。この、ちいーさな板で」
何も知らない明人。スマホもコンビニも、今来ている服すら見たことないようだった。だからこそ、私は明人に聞いてみたいことがあった。
「明人は、将来の夢とかあるの?」
「夢?……小さな店、かな」
「小さな店?」
「うん。誰でも自由に出入りできて、お金はかかるけど、お腹いっぱいにご飯を食べれる店」
夢を語る明人の顔は、すごく幸せそうで、すごく寂しそうだった。
私は、将来の夢なんて考えたことがなかった。それどころか、いつも他人に怒りをぶつけて、笑っている方が絶対楽しいのに。楽しいって、そう気づかせてくれたのは、誰でもない───。
出会ってまだ二日目。
なのに、明人がそばに居ると、怒ってばかりの私は落ち着いていて、楽しそうに笑っている。
今まで怒りでどれくらいの人を傷つけた?迷惑をかけてきた?分からない。でも、もっと分からないのは、明人のそばにいる自分が、今までの自分と違うということ。
明人の落ち着きがそうさせているのか、分からない。
「みんな移動してるけど、何かあるの?」
「多分、花火の場所取りじゃないかな?」
「はなび……?」
「明人は、大きい音は大丈夫?」
「………好き、ではないかな」
「……明人!花火、一緒に見よ!最初はびっくりするかもしれないけど、すっっごく綺麗だから!」
ここの祭りは初めてだから花火の規模は分からないけど、私はまだ食べかけのかき氷を片手に明人の手を引っ張る。
さっき強制的に引っ張られたからね。その仕返しでもある。
しばらくして、花火が打ち上がり始めた。
明人は最初の一発に尋常じゃないくらい驚いていたけど、恐る恐る花火に目を向けると、すっかり見惚れたらしく、三発目からはかき氷を食べるのも忘れて夢中になっている。
その横顔をまた、写真に収める。
撮り終わってから花火を眺めてると、明人が写真撮りたいと言ってきたから、カメラモードにして渡した。
すると、私の方にカメラが向いたままシャッター音が鳴った気がして横を見ると、明人が満足そうにスマホを見ていた。
「今、撮った?」
「……なんて?」
「今!私!撮った!?」
「なんて!?」
「わ・た・し!撮った!?」
「え!なんて!?」
絶対わざとだ。耳元で叫んでいるのにも関わらず聞き返してくるその顔は、どこか楽しそうで、笑いを堪えてるのが丸わかりだ。
「返して!」
「えー?なんてー?」
明人も楽しくなってきたのか、とうとう立って走り出した明人を追いかける。
花火に照らされるふたつの影が、鬼ごっこをしている。
気づけば、人のいないところまで走ってきていた私たちだけど、人がいないこの場所は、花火がすごく綺麗でよく見える。
「穴場じゃん、ここ」
「穴場?」
「そう。穴場は、世間にはあまり知られてないけどとてもいい場所のこと」
「穴場……」
座れるような場所がないから立ち見にはなるけど、走って迷い込んだ場所がまさかの穴場とか。少女漫画に出てきそうな話だ。
「千夏、一つ聞いてもいい?」
「何?」
「千夏はどうして、海にいたの?」
「あー……。……私ね、家族が上手くいってなくて。海にいたのは、両親と喧嘩して飛び出してきたの。私の家は、この隣町」
「そうなんだ。……でも、親がいるだけいいと思うよ」
「そう、だよね。世の中には、親がいない人もいるんだし」
世の中には、親がいない子どももいる。明人も、ずっと帰ってないと言っていた。私よりずっと、親に会えていない。きっと会いたいだろうに。それなのに、私は……。
「千夏?」
気づけば私は、後ろから明人に抱きついていた。なぜか、抱きつきたくなった。というのは建前で、泣きそうな顔を花火の灯りで見られたくないからだ。
本当に不思議だ。
出会ってまだ二日なのに、いや、昨日の夜に出会ってるからちょうど一日か。それなのに、ずっと心にあった黒い靄がいつの間にか綺麗に無くなっている。
それに、まだ明人のことをよく知らないのに、この胸の奥にあるつっかえは何なんだろう。
分からない。
けど何故か、明人がもし今消えたらと想像するだけで苦しくなる。
「……千夏、帰ろう。僕たちの家に」
僕たちの家、か。その言葉で私の胸が痛くなってることは、明人は知りもしないんだろうな。
けれど、今は。今だけは、この時間を楽しんでいたい。
「うん」

