あの夏、愛を教えてくれた君


イヤホンで音楽を聴きながら、六時半の電車に乗ってゆらゆらと揺られる。

こっちの町から出勤する人もいるらしく、電車内は昨夜よりも少し混んでいる。

それでも座れる場所がまだあるのは嬉しい。立ちっぱなしは疲れるから。

明人には昨夜と同じく、海で待ってて欲しいと伝えた。ないとは思うけど、家に帰って万が一両親に会った時に面倒なことになると思ったから。

こっちの言い分は一切聞かず、自分たちが正しいと主張する。絶対、そっちが間違ってるでしょとツッコミたい時もあるけど、そんな余裕は一ミリもないのが現実。


「……嫌なこと思い出しちゃった」


一気食いする明人を見た時、自然と笑えた。あんなに自然と笑えたのは、いつぶりだろう。

明人といる時は、全然苛々しない。むしろ、怖いくらいに落ち着いている。そこには多分、波の音も含まれてる。けど、やはりいちばん大きいのは明人だ。

人のために何かしたいとか思ったのも、初めてかもしれない。

どんな生活をしてきたのか、何も知らない明人のためにも早く戻らないと。


「………あれ?」


開いてないと思って、一応確認のためにドアノブを握って手前に引くと、何故か鍵が空いている。

まさか、泥棒?急な恐怖心から、ゆっくりとドアを開けて中を覗くも、人がいる気配がしない。というか、私にも恐怖心というものがまだあったことに驚いている。


「……なに泥棒みたいな入り方してるの」


後ろから声をかけられ、振り返ると何故か泥まみれの母が立っていた。


「なに、その姿。てか、仕事は?」
「これからよ。トラックに水を跳ねられたのよ。シャワー使うならさっさと使いなさい」


そういえば、来る時に所々に水溜まりができていた。昨夜、私が海に着いた時ぐらいには雨が降ったんだろう。それも、トラックが水を跳ねるくらいだから、かなりの量。

泥まみれになってまで、何をしていたんだろう。


「……私を探してたわけでもあるまいに」


口からつい出た言葉に、母は何も反応しなかった。え、まさか図星?

居た堪れなくなった私は、駆け足で二階に向かった。

酷いことを言ったのは私も同じだけど、私に酷いこと言って手を挙げたあの母が、私を探してた……?ダメだ、理解できない。

父は、靴も車の鍵もないから仕事に向かったみたいだけど。

昨夜とは矛盾した母の行動に理解が追いつかないまま、私にとって必要なものと、両親の部屋に行って父親の服で明人に合いそうなものを選んで、カバンに詰める。

あとはコンビニとかで揃えよう。

母がお風呂に入ってるのを確認してから、静かに家を出る。

私の部屋には、昔両親に貰ったヘアピンが置いてあるけど、今は忘れたいから置いていく。

あとは寝床だけど……。

私はスマホを取り出して、咲希に電話をかける。今の時間だったらまだ家にいるはずだから。


「もしもーし」
「もしもし、咲希?ごめん、朝早くに」
「いいってことよ!で、どした?」


明人のことはどう説明していいか分からないから、濁した状態で別荘を借りれないかと聞くと、数分ミュートになってから、快く了承してくれた。

桜見家には劣るだろうけど、咲希の家も隣の市、しかも海の近くに別荘を持っていて、一度咲希と二人で泊まったことがある。


「千夏ー!おはよー!」


昨夜咲希と別れた公園で待ち合わせをして待っていると、既に制服姿の咲希が来た。


「ほい、合鍵!それね、持ってていいって。パパが」
「えっ?」
「嫌なことがあった時、いつでも使っていいって」
「………ありがと」

咲希と咲希の親の優しさに、胸がジーンとする。

咲希に小さくだけど手を振って、駅に向かう。