あの夏、愛を教えてくれた君


[私を愛してくれる人は、どこにいるんだろう]


初めてSNSに投稿した内容がそれだった。

真っ暗な部屋でスマホの灯りが眩しく光っている。明るさを一番下まで落として、音楽の音量を徐々に上げていく。

そうじゃないと、また聞いてしまうから。あの嫌な声々を。

朝、目を覚ましてリビングに降りていくと、袋に入った食パンとバターだけが置かれているのは、いつもの光景だ。

高校生だから自分でできるけど、このあたかも「自分でできるでしょ」と言っているような光景が最近は不快に思えて仕方がない。

私の両親は仲が悪い。

昔は仲良かったはずなのに、私が中学に上がった頃から家庭環境は徐々に崩壊し始めた。

今となっては、元に戻るのかすら怪しい状態だ。

私の前では喧嘩しないようにしてるみたいだけど、夜喧嘩する声はいつも聞こえている。というか、その声で目が覚める時もある。

だから、最近の夜はいつもヘッドホンの音量を声が聞こえないまでに上げている。

耳がおかしくなるとかはどうでもいい。

私にとっては、二人の声を耳に入れないことの方が優先事項だから。

学校に行っても親しい人は特におらず、遅刻は常習。

遅刻さえしなかったら、いい大学入れるのにと何度も担任に言われてきた。

そして、今日も遅刻をしている。

現在の時刻は十時三十分。出勤が早い両親は、私が遅刻していることなんて知りもしない。

担任から呼び出されても、仕事中だとかでいつも断っているのを私は知っている。

本来ならこの時間に起きたら、行かないことが多いのだけれど、今日は三者懇談があって嫌でも行かないといけない。

学校では遅刻して、授業もまともに聞いていないことから不良と名付けられ、勝手に恐れられている。

まあ、教師の声も学校の雰囲気もシャーペンの走る音も、全て不快に感じていたからいいんだけど。

制服に腕を通して、空っぽのカバンだけ持って家を出る。

セミの大合唱に溶けそうな暑さ。今すぐ引き返したい。

手を伸ばせば玄関のドアノブに届く距離にいるも、行かなかったら行かなかったで面倒事になりそうだ。


〈遅刻魔さーん、今日は出校しますかー?〉


唯一の友達とも言える咲希から、ふざけたようなかつどこか心配も見られるメッセージが送られてきた。

こうして毎日のように出欠を確認してくれるのはありがたいけど、面倒くさくないのだろうかといつも思う。


〈玄関出たところ。もう家に帰りたい〉
〈じゃあ、そこから一分に一歩ずつ進め!〉


咲希は中学からの友達で、家のことも多方は知っている。

だから時々、ご飯食べにおいでよと誘ってくれる優しい友達なのだ。

中学の頃はよく食べに行っていたけど、高校に上がってからは食べるということも面倒くさくて、食べたり食べなかったりの繰り返し。

朝早くて夜は遅い。そのくせ、私がいない場所で顔を合わせれば喧嘩。

でも、人前だと仲良くするというのが大人のよく分からない部分だ。

仲悪いなら無理して仲良くする必要なんてないのに。これだから大人は嫌いだ。

少なくとも、両親みたいな大人にはなりたくない。

玄関の前で、触れたら火傷しそうなアスファルトを見ながら立っていると、立て続けに通知が鳴った。


〈ごめん、本命と付き合うことになった〉
〈今日なら会えるけど、学校何時終わり?〉


どちらも別の人からのメッセージ。一人は本命に振り向いて貰えず、その穴を私が埋めていた大学生。もう一人は、直近の私の投稿を見て連絡をくれた他校の先輩。


〈今から学校向かうわね〉


そして、見たくもなかった母親からの通知。深くて長い溜め息をついてから、私は重い足を前に出して学校に向かった。

愛は人を幸せにすると言うけれど、私はその逆だと思っている。

愛は人を不幸にする。私じゃない誰かが私の立場で両親を見たら、きっと同じように思うだろう。

それにしても、この暑さは異常だ。どうしてこの暑さの下を歩かないといけないの?

車で行けたら一番楽なのに、頼める人はどこにもいない。

額から汗を流しながら、汗だくのまま学校に入ると、楽しそうにしていた生徒たちの声が小さくなる。

人間というのは、自分を正当化して相手を下げるのが好きな生き物。


「おはよう、尼崎(あまさき)さん」


そして、私がこの学校で最も嫌いとする人間がこの桜見 夜菜(さくらみ よな)という女子。

何でも家が金持ちらしく、それはそれは可愛がられて育ったに違いない。

自分が可愛いと思っているからか、自分の見せ方をよく分かっている。そういう人間を見るのが、本当に嫌で仕方がない。


「すごく汗をかいてるけど、大丈夫?」
「大丈夫なんで、気にしないで」
「でも……。あっ!良かったら汗ふきシート使う?」
「しつっこい!」


その手を振り払うと、大して痛くもないだろうに目に涙を浮かべる桜見。それを見て、また周りが騒ぎ始める。

あー、もうほんっと、イライラする。

このお嬢様はもっと世間というものを知った方がいいんじゃないの?


「何だ何だ?……って、またお前か。尼崎」


何も見てないくせに、本人の話も聞かず周りの話を鵜呑みにする担任も担任だ。

上から目線でものを言わせてもらうなら、こういう出来事を親に言わないところだけは感謝している。


「まあいい。懇談、次お前の番だ」


汚物を見るように向けられる視線を、痛くも痒くもないと感じている私は終わっているんだろうか。

それから間もなくして、母親が汗をタオルで拭いながら空き教室に入ってきた。


「すみません……遅れました。千夏の母です」
「今始まったばかりですので、大丈夫ですよ」


母親に目をくれることもせず、片手はスマホ、片手は肘に当てて足を組んで座っている。態度が悪いなんて知ったことじゃない。


「千夏さんの成績だと、進学は問題なくできます。ですが、態度が……。遅刻も大変多く、今日も先ほど学校に来たばかりでして……」


母親の鋭い視線を感じる。けれど、すぐさま表の顔を作った母親の声は分かりやすい。


「私も主人も仕事が忙しく、娘と会話する時間が少なくて……」
「帰る」
「尼崎?おい、尼崎!」


あれ以上あの場に居たら、表面を取り繕ってる大人同士の会話で胃に穴が開きそうだ。

だから学校なんて来たくなかった。私に対する周りの反応、本性で話そうとしない大人、本人より周りの声を信じる教師。


「あ、千夏!」


何もかも無くなってしまえばいい。そんなことを思う私の心は、以前よりも増して黒い靄が増えた感じだ。

咲希に声をかけられたけど、それに答えるほどの余裕なんてものは持ち合わせていない。あとで電話でもかけて謝ろう。

こんな私にも分け隔てなく接してくれる、たった一人の友人だから。

靴に履き替えた私は溜息をつきながら、暑い外へと一歩を踏み出す。

アプリを開いてメッセージ欄を片っ端から開いて、「今から会える?」というメッセージを送る。

けれど平日なだけあって、全員「講義中」とか「仕事中」などの一言しか返ってこなかった。

本当に、私のことを心から愛してくれる人ってどこにいるんだろう。

電源を落としたスマホを眺める。そういえば、両親の喧嘩の発端って、私がスマホを持ったことが原因だった気がする。

他の子も持っているし、何かあった時のための連絡手段と言い張る母親と、悪いことに引っかかったらどうするんだという父親の意見がぶつかっていたことを思い出す。

それから仲直りすることなく、関係が悪化していったんだっけ。

要するに、私がいなければ両親は喧嘩をすることがなかった。どんな授業の問題よりも、簡単に溶けてしまった家族の問題。

特に寄り道したいとも思わず、真っ直ぐ家に帰って部屋のクーラーをつけてベッドに倒れこむ。

何をすることもなく、ただボーっと天井を見上げる。

もういっそ、学校を辞めてしまおうか。そうしたら、嫌いな人たちと関わらなくて済む。両親が喧嘩することなんて今に始まったことじゃないから、不快だけど慣れている。

だから私は、空気と化す。

天井を見るのにも飽きて、スマホに手を伸ばす。


[心から愛せる人、愛してくれる人が欲しい]


誰にも吐けない言葉でも、SNSに呟けば誰かしら反応してくれる。最初の方は当たり前に反応がなかったけれど、フォロワーがついた今は必ず反応してくれる人がいる。私の大切な居場所。

共通のことで悩んでいる人や、推しについて語る人、面白さを共有したい人、一般人から芸能人など、画面の中は十人十色。

いろんな人の投稿が見れて、リアクションができて、すごく自由な場所。

私がSNSに依存する理由はただ一つ。ここにいていいと、私自身が思えているから。

しばらくスマホを眺めていると自然と瞼が落ち始めてきて、スマホの電源を落としてうたた寝をはじめた。


どれくらい眠っていたのか、窓の外を見ると陽はすっかり落ちている。

自然と目が覚めたと言いたいところだけど、そうではなくて、一階から聞こえてくる声が聞こえてきて目が覚めた。

自分でも驚くほどに爆睡していたから、今夜は眠れなさそうだ。


「だから、あなたからも注意してって言ってるの!」
「俺の前にお前が注意すればいいだろ!」
「素直に聞かないから、あなたにもお願いしてるの!何で分かんないの!?」


スウェットに着替え、階段を下りていくにつれて、喧嘩の声が鮮明に聞こえてくる。

おそらく、寝坊と人に対する態度の話だ。喧嘩が始まってから父親は、私に興味を示さなくなった。というか、最後に喋ったのはいつだっただろう。

うるさい。うざい。昼よりも、心の中の黒い靄が一段と大きく広がっていく。

ずっと我慢をしてきたけれど、いい加減我慢の限界だ。今までは面倒くさくて何も口出ししてこなかったけれど、たとえ関係が壊れたとしても、何かを言わないと気が済まない。

いや、壊れているのは元からか。じゃあ、何を言ってもいいんだ。


「いい加減にして!!!」


荒々しくリビングのドアを開けると、両親が同時にこっちに振り返った。


「毎日毎日喧嘩して飽きないわけ?喧嘩するぐらいなら、顔合わせなけりゃいいじゃん!!」
「千夏、元はと言えばあんたが……!」
「何?私が生まれてきたから?だから喧嘩してるんでしょ!?分かってるよ、そんなことは!!」
「千夏、違う」


父親は止めようとしたけど、私の不快さと不満はすでに爆発していた。


「違わないじゃん!私が生まれたから、生まれてスマホを持ってからずっと喧嘩してんじゃん!私がいないところだけで喧嘩してたみたいだけど、全部聞こえてたし、仲が悪いのに外では仲睦まじい姿を演じるの、ほんっと……吐き気がする!!」
「千夏!!」


本当はまだまだ言い足りない。けれど言葉に詰まったのは、母親が私の頬を強く叩いたからだ。

乾いた音がリビングに響き、私の頬は赤くなり、じわじわと痛みが出てくる。頬を抑えながら、母親の鋭い目で睨み返す。


「……何?私、何か悪いこと言った?」
「千夏、これはお父さんたちの問題だ。子どもが口出しすることじゃない」
「親の問題……?なら、私がこうなったのも親のせいだよね」
「千夏」
「親の問題なら、子どもが口出ししたくなるまで喧嘩すんなよ!毎晩毎晩喧嘩の声が聞こえて、子どもだからって我慢してきたよ?正直どうでもよかったし、面倒くさかったから。でもいい加減、限界なんだよ!!子どもに我慢させて、何が親だよ!」


私は近くにあった花瓶を、思い切り床にたたきつけた。

両親は、私がここまですると思っていなかったのだろう。その場に唖然と立ち尽くしている。でも次の瞬間、母の怒りは絶頂を越えたのか、冷静さを取り戻したのか、花瓶の破片を素手で集め出した。


「……あんたさえ生まれてこなければ、こんなことになってないわよ」
「…………は?」


母親はボソッとそう言ったあと、ハッと我に返ったのか、破片を集める手を止めた。

でも、もう遅い。小さくもはっきりと聞こえたその言葉に、私の怒りは絶頂を通り越した。


「そうでしょうね。私がいなければ、違う未来だったと思うよ」
「違っ………」
「何が違うの?………だって、私だって!!産んでほしいなんて望んでない!!」


頬を叩く乾いた音が、再びリビングに響く。今度は父親だ。同じところを叩かれ、痛みがさらに増していく。


「お母さんに謝りなさい」
「は……?先に言い出したのはそっちじゃん!」
「謝れないなら、この家を出ていけ」


親というのは理不尽の塊だ。自分の非行を決して認めず、子どもの発言によっては子どもの方が悪いと攻め立てる。

私は両親を睨んで、無言で家を飛び出した。どういうわけか、自分たちから言い出したのに、私が睨むと驚いた顔をしていた。

夜だというのに、昼間に比べたらマシになったというものの、外は未だに暑い空気を漂わせている。

さて、まずは今日の寝床を探さないと。

その前にコンビニに寄って、晩ご飯と飲み物を調達しよう。財布を持たずに飛び出してきたけど、電子マネーがあるし、何とかなりそうだ。


「お願いします」
「レジ袋はご入り用ですか?」
「はい」


元々食が太いわけじゃないから、おにぎり二つとお茶で事足りる。


「あれ?千夏?」
「ん?」


コンビニ近くの児童公園のブランコに座っておにぎりを食べていると、聞き慣れた声が入口から聞こえてくる。


「やっぱ千夏じゃーん!どうしたの?こんな時間にここって珍し〜」
「あー、家出?」
「えっ」
「親の喧嘩に我慢できなくて、口挟んで、そしたら喧嘩になって二人に同じところ叩かれて、出ていけって」
「マジ?あー、確かに、ちょっと腫れてんね〜」


バイト帰りらしい咲希は、スマホのライトで私の頬を照らした。そして、そのまま隣のブランコに腰を下ろした。


「で、ここで17歳の女がホームステイまがいをしようと?」
「まあ、」
「千夏さ、家くる?」
「いや、さすがにそれは……」


両親が真っ先に訪ねて来そうな場所だ。できることなら、咲希一家を我が家のいざこざに巻き込みたくない。


「ごめん。気持ちだけ、受け取っとく」
「そっか。ま、頼りたくなったらいつでも連絡して!一分、いや、二十秒で飛んでくからさ!」
「……うん。とりあえず、今から海に行こうかなって」
「海?千夏、もしかして……」


何を想像したのか、咲希の顔を見ればおおよその見当はつく。

想像力と表情筋が豊かな咲希は表情がコロコロと変わる。だからこそなのか、咲希の周りにはいつも人がいるし、私も見ていて飽きないから咲希と居るときは素の自分で居られる。

それが咲希のいいところでもある。


「違うよ。波の音ってなんか落ち着くし、黒い靄もきれいさっぱり流してくれそうじゃん?」
「焦ったー……。でも、変なことは考えちゃダメだからね?」
「分かってる」


手を振って帰っていく咲希に、手を振り返して見送る。

最近の咲希は、VTuberというものにハマっているらしい。私にはよく分からないけど、お金を投げるためにバイトを頑張るんだと息巻いていた。

私はスマホを触りながら、食べ終わったおにぎりのゴミを捨てて海へ向かうことにした。

電車で揺られること、約三十分。

窓の外の景色が、見慣れた街から少しずつ変わっていく。

海は、ここ、隣の市の駅から徒歩二十分のところにあって、静かな街を一人ゆっくりと歩く。

両親も、まさか私が隣の市まで来てるということは思いもしないはず。

海に着くと、月明かりが綺麗に海面に反射して、波間が淡く輝いている。まるで、映画のワンシーンのようで、見ているだけで苛々してるこの気持ちを、全て持っていってくれそうだ。


「………来て良かったかも」


ポケットに入ってる、普段あまり使わないイヤホンを取り出す。そして、波の音が聞こえるように音量を小さくして音楽を流す。

海水が当たらないところで靴を脱いで、裸足で波打ち際を歩く。

私は、こういう時間が好き。

静かな場所で、落ち着く音を聴きながら歩く。正直、この近くに住みたいくらいだ。そしたら、いつでもここに来られるから。


「うん?………人?」


ふと前を見ると、波が当たるか当たらないかのところで人が倒れている。

酔っぱらいだったら面倒くさいから、気付かないふりをしてその人の横を素通りする。

でも、数歩歩いた先で立ち止まって、倒れてる人の元へと踵を返す。

酔っぱらいだったら警察……はダメだ。制服じゃないとはいえ、見た目から私も補導されて、親に連絡が行く。それだけはごめんだ。

まあ、酔いが冷めたら自分で帰るだろう。

男の人の身体を揺すってみる。

「あの、こんなところにいたら波に呑まれますよ。あの……」


酒の匂いがしないから、酔っぱらいというわけではなさそう。というか、何もないこんなところに、どうしているんだろう。


「わっ……綺麗な顔」


起きる気配がないから、男の人の顔についた砂だけでもと思って払っていると、意外と美形で驚く。

夏の夜の海といっても、やっぱり日が沈んでるから少し寒い。かと言って、私も男の人も羽織るものを持っていない。

男の人の横に腰を下ろして、膝を抱えて海を眺める。


「……海に入って、知らないところに行きたい」
「……君は、死にたいの?」


小さく呟いた声に反応があって横を見ると、男の人がゆっくりと体を起こしていた。いつから、起きていたんだろう。

知らないところに行きたいと言っただけで、どうして=死にたいになるのかは意味不明だけど。

顔や頭についてる砂を払った男の人の顔を、月明かりが綺麗に映している。やっぱり、綺麗な顔。


「君、名前は?」
「……千夏。あんたは?」
「明人。気安く明人って呼んでくれると嬉しいな」
「……明人」
「うん。千夏」


明人の顔立ちからして、年はさほど変わらない気がするけど、顔と年齢が合致しない人なんて結構いる。まあ、年上かもくらいに思っておくとしよう。

特に会話という会話はなく、数分間二人で海を眺めていると、明人のお腹が鳴った。


「お腹空いてるの?」
「まあ、ね。でも、"ぜいたくは敵"だからね」


"ぜいたくは敵?"

明人は何を言ってるんだろう。

確かに、節約は大事と母がよく言ってる。けれど、贅沢が敵と言う人はあまり見たことがない。

電子マネーはまだまだ残ってるし、近くのコンビニに買いに行ってもいいんだけど、明人の恰好が恰好だからなぁ。

なんというか、昔の服?みたいな感じで、たとえ夜でも人目を引き付けてしまう。


「私、あげられるもの持ってないや」
「大丈夫だよ。というか、君が持ってるそれは?」
「スマホだけど」
「……す、ま、ほ?」


え、スマホを知らない?

今の時代、スマホが必須とも言えるのに、持っていないどころかスマホを知らないとは。

必須なのは私だけかもしれないけど。

服装といい、スマホを知らないことといい。明人には謎が増えるばかりだ。まあ、まだ会ったばかりだから、謎じゃない方がおかしいんだけど。

月が少しずつ傾き始め、二人の影も少し移動する。


「お腹、空いてるならコンビニ行く?」
「こんびに……?」


スマホを知らない時点で、もしかしてとは思ったけど、予想通りの反応だった。

私は明人にここで待つように伝えて、コンビニに行ってお弁当とお茶、それから私用にキャラメルを購入した。

海に戻ると、明人は静かに海を眺めていた。


「お待たせ。はい、お弁当とお茶」
「千夏の分は?」
「私はさっき食べたの。だから、これで充分」


キャラメルを見せると、明人は驚いていた。けど、どこか物欲しそうにも見えたから、一粒渡すと、嬉しそうに口に入れた。

キャラメルって、そんなに珍しいものなんだろうか。

安くて甘くて、お財布に優しい愛されものだけど、スマホもコンビニも知らないなら、無理もないか。

その夜のキャラメルは、いつもよりなんだか優しい味がした。