閉め切られた音楽室には、吐き気がするほどの緊張感が満ちていた。
部員全員が見守る中央に、ポツンと置かれた二つのパイプ椅子。
通常、オーディションは音楽準備室でパートごとに分かれて行われるのだけど、今回は例外。
私と松下さんだけに与えられたオーディションなので、みんなが見ている中、音楽室で行われることになったんだ。
先攻は、松下さんだった。
彼女が楽器を構え、吹き始めた瞬間、室内の空気がピシッと凍りついた。
ピッチのズレもなく、音程が安定している。
とても正確で、美しく洗練された音色。
それはみんなが認める「100点の演奏」だった。
審査する顧問の先生が満足そうに頷き、周囲からも「やっぱり松下さんか……」と諦めを含んだ溜息が漏れる。
「次、白波」
名前を呼ばれ、私は立ち上がった。
緊張で汗ばむ手を、制服のスカートで拭う。
そして、一度大きく深呼吸をして、トランペットを固く握りしめる。
椅子に腰を下ろした瞬間、開け放たれた窓から、グラウンドの泥の匂いが風に乗って鼻の奥に広がった。
正解の音って、なんだろう。
ずっと、松下さんみたいに吹くことが「正解」なんだと思ってた。
誰の耳にも心地よくて、ミスがなくて、綺麗で、無傷な音。
でも、私はその「正解」に押し潰されて、嫉妬して、耐えきれなくなって……全部投げ出して逃げ出したんだ。
ピカピカの指先や、誰も傷つけない練習からは、何も生まれなかった。
私の手の中にあるのは、泥だらけの逃避行。
土砂降りの雨の中で叫んだみっともない声。
自分を抱きしめて泣いてくれたお母さんの体温。
そして――痛む足を引いてまで私を奪い返しに来てくれた、あの熱い手首の感触だけ。
「……始めます」
