「神崎先輩……!」
「白波さん、数学、苦戦してるの?俺でよければ教えてあげようか?俺、数学得意なんだよね」
神崎先輩はクスクスと余裕の笑みを浮かべると、私が返事をする前に、すっと私の隣の空席に腰を下ろした。
シトラスの爽やかな香りがふわりと漂い、先輩の肩が私の肩に触れる。
「え……先輩、ちょっ……」
「静かに、図書室でしょ?」
先輩は悪戯っぽく唇に人差し指を立てると、私のノートを覗き込んできた。
その距離が近すぎて、私の耳まで一瞬で熱くなる。
「ここ、間違いじゃないんだけど、こう解くと早いよ」
「あ、本当だ。そう計算したらいいんですね」
「でしょ?それに、ここもこうやって一度分解して考えたら簡単」
「えー!先輩、すごいですね!もう、解けちゃった」
私がノートを顔の前に持ち上げて喜んでいると、先輩はハハハとおかしそうに静かに笑った。
「……それとさ、あの後、トランペットの調子はどう?白波さんの真っ直ぐな音、俺、すごく期待してるんだけど」
耳元で囁かれる甘い吐息。
一つ年上ならではの、余裕たっぷりな微笑み。
さっきからずっと近い距離感に、私はシャーペンを握ったまま固まってしまった。
その瞬間――向かいの席で、律が乱暴にシャーペンを置く音がした。
松葉杖を握りしめた律の手元が、白くなるほど力んでいる。
前髪の隙間から覗く黒い瞳は、鋭く深く燃え上がっていた。
そして、どんどん、律の呼吸が荒くなっていく。
