あの夏、残り3%の君と、世界でいちばん綺麗なサボり方をした


「大人はすぐ『将来のため』とか『現実を見ろ』って言うけど、今死にそうになってる私達の心は誰が守ってくれるんですか!?私達は、子供みたいに泣いて、自分たちの足で逃げ出して、初めて自分の呼吸を取り戻したんです!傷ついて、ダサくて、カッコ悪い今の私達を、私達自身が好きになるためにサボったんです!」

静まり返る路上。
蝉時雨だけが降り注ぐ中、私達の両親は言葉を失い、ただ呆然と私達を見つめていた。

大人が教える「反省の仕方」でもない。
「ごめんなさい」と泣いて謝るわけでもない。
私たちは、逃げ切ったことに堂々と胸を張り、傷ついた自分を全否定せずに「必要な時間だった」と言い切った。
多分だけど、私たちの両親だって、同じような経験をしたことがあると思う。
今の私たちのような高校生のとき、自分が立たされている現実がわからなくなって逃げたくなった時が。
その時、両親たちはどう乗り越えたのかは知らないけれど、これが、私たちのやり方だった。
10代ならではの泥臭くて無鉄砲な乗り越え方。
大人の価値観の斜め上を突くその圧倒的な熱量に、両親たちは言葉の刃を失い、強い衝撃を受けて立ち尽くすしているようだった。

律がふっと息を吐き、私の方を向いた。
赤く腫れた頬を持ち上げて、イタズラっぽく、けれど最高に誇らしげに笑う。

「……言ったな、あおば」
「うん。言っちゃった」

答えや許しを得たわけではなかったけれど、何だか、心に溜まった泥が洗い流されたような気がして、とてもスッキリした。
私達はお互い微笑み合い、両親の答えは求めなかった。
間違っていようが、これが私たちの選んだ選択だったから。

でも、これから待っている厳しい現実も何一つ消えてはいない。
これから家に入れば、説教だって長々と続くはずだ。
けれど、昨夜の雨の夜を経て、大人に自分たちの「生身の声」を叩きつけた私達は、もう昨日までの弱くて脆い子供じゃなかった。

お互いの家の前で、触れそうで触れない距離に立つ私達。
熱を帯びた夏風が、私達の前髪を揺らしていく。
世界の端っこで見つけた「一番綺麗な選択」を胸に抱いて、私達は自分たちの足で、新しい日常へと踏み出していくんだ。