律が窓からグラウンドを見つめたまま、楽しそうに、けれどどこか切実な響きを含んだ声で呟いた。
「バカなこと言わないでよ。コンクール前なんだから、サボれるわけないじゃん」
「今戻って、ちゃんと吹けるわけ?」
律の真っ直ぐな視線に捕まり、何も言い返す言葉が見つからなかった。
「大会前だろうが何だろうが、少し休むくらい、別にいいと思うけどね、俺は」
その言葉は、私の胸の最も柔らかい部分を、そっと包み込んだ。
ずっと「逃げてはいけない」「努力を止めてはいけない」と、自分を針のむしろに縛り付けていた。
だけど、私の限界を、律だけはちゃんと見ていてくれたんだ。
「よし、あおばがサボることに同意した。帰ろ」
「ちょっと、私まだ同意してない……!」
「おまえは、俺を本当にミイラにする気かよ。ほら、行くぞ」
律は私の重い楽器ケースをひょいと片手で持ち上げると、いたずらっぽくウインクしてみせた。
私は慌てて、律の後を追いかける。
律は振り返らなかったけれど、私の歩幅に合わせるように、少しだけゆっくりと廊下を歩いていく。
旧校舎の階段を下りる時、窓から差し込む夕日が、律の少し広くなった背中をオレンジ色に染めていた。
その背中を見つめているだけで、私の胸のざわつきは少しずつ消え、不思議な温かさに満たされていく。
少し休んだって、悪いことじゃない?
確かに、今は音楽室には戻る気分じゃない。
でも、このまま帰ったら、逃げることになる。
楽器ケースを持ってくれる律の背中は、どうしたらいいかわからない私の悩みの重さを半分、引き受けてくれているような気がした。
