あの夏、残り3%の君と、世界でいちばん綺麗なサボり方をした


家に帰り、自分の部屋のドアを開けた瞬間、息が止まった。

机の上に裏返しで置いていたはずの、真っ白な『進路希望用紙』が消えていた。

階段を下りてリビングに向かうと、食卓の上にその紙がぽつんと置かれていた。
夕飯の準備をしていたお母さんが、包丁を置く音とともに振り返る。

「あおば、これ。進路希望のプリント、なんで出してないの?」

お母さんの声は怒っているというより、呆れと、心からの心配に満ちていた。

「もう夏休みに入ったのよ? 部活に夢中になるのはいいけど、あなたの成績で今のまま行ける大学なんて限られてるのよ。将来のこと、ちゃんと考えてるの?」

「……後で、書くから」

「後でって、いつもそうやって後回しにするじゃない。トランペットでご飯を食べていくわけじゃないんでしょ?世の中そんなに甘くないし。 今頑張らないと、一番苦しむのはあなたなのよ?いい大学に入れば、いい会社にだって入れるし、それなりのお給料だってもらえるの。そこをちゃんと考えてるの?」

お母さんの言っていることは、何一つ間違っていなかった。
正しすぎる言葉が、ナイフみたいに胸に突き刺さる。
お母さんは私をいじめたいわけじゃない。
私の将来を本気で心配してくれているからこそ言ってくれている。

だけど、それが、今の私には何よりも重かった。

「……今日、オーディション、落ちたの」

絞り出すような私の声に、お母さんは一瞬だけ口をつぐんだ。
だけど、すぐに申し訳なさそうな、でもどこか納得したような顔で溜息をついた。