あの夏、残り3%の君と、世界でいちばん綺麗なサボり方をした


もし今、ここで律の口から「いいよ」という言葉がこぼれてしまったら?
私は二度と、律の隣を歩けなくなる。
律の不器用な優しも、あのシャッターを切る瞬間の熱も、全部私のものじゃなくなってしまう。

ダメだ……。
怖い……。
律の答えを聞くのが、たまらなく怖かった。

私は足音を殺して後ずさりすると、弾かれたように走り出した。
ギシギシと悲鳴をあげる旧校舎の階段を駆け上がり、いつもの誰もいない空き教室の扉を滑り込むように閉める。

心臓が嫌な音を立てて早警を鳴らしていた。
私は壁に背中を預けたまま、小さく身をすくめて膝を抱えた。

「……ばかみたい」

オーディションが近いのに。
コンクールに出たいのに。
頭の中は、あの渡り廊下の陰で赤くなっていた彼女の顔と、それを見つめていた律の瞳でいっぱいだった。

トランペットを構えて息を吹き込んでも、出てくるのは途切れ途切れのかすれた音だけだ。
音が指先から震えて逃げていく。
吹けば吹くほど、自分のみっともなさと無力さが嫌というほど浮き彫りになった。

私は、律に好きだなんて、一度も言ったことがない。
そんなの、言えるわけがないよ。
幼馴染のままなら、傷つかずにずっと一番近くにいられると思っていたから。
だけど、他の誰かに奪われるかもしれないと思った瞬間、こんなにも胸が引きちぎれそうになるなんて知らなかった。