展望台の最前列に立った律が、小さく息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、言葉を失うほど雄大な鹿児島の風景だった。
どこまでも青く澄み渡る錦江湾と、その向こうに圧倒的な存在感で佇む桜島。
雄大な自然の裾野には、いま頃私たちがいるはずだった場所や、懸命に生きる人々の街並みが広がっている。
昨日あんなに血吐く思いで苦しんでいた場所が、ここから見るとちっぽけな点にしか見えない。
「あおば」
律がぽつりと呟いた。
強い南風に黒髪を揺らしながら、遠くのグラウンドがある方角をじっと見つめている。
「俺さ……夢中で走ってるときだけ、変なこと考えなくてすむんだよな。止まったら、全部終わっちゃいそうだから」
律の手が、そっと制服のズボンの上から右の太ももを撫でた。
強がりの笑顔は消えていた。
そこにあったのは、昨日ボロボロになるまで足掻いて、それでも報われなかった律の素顔だった。
胸の奥が、締めつけられるように痛む。
私は言葉をかける代わりに、律のカバンに入っていたあの緑色の使い捨てカメラを取り出した。
ジリジリ、とギザギザの歯車を回す。
乾いたプラスチックの音が、風の中に切なく響いた。
大きな空と桜島を背負い、どこにも行けずに佇む律の横顔。
昨日あんなに頑張ったのに、何も上手くいかなかった。
自分の無力さに打ちのめされて、息をするのも苦しい週末。
だけど、目の前で不器用に傷を隠しながら立つ律の姿を、理由もなく残しておきたかった。
