「……あ」
小さく乾いたプラスチックの音が響くと、律が驚いたようにこちらを振り返る。
「……おっまえ!勝手に撮るなよ」
「いいじゃん。『現実逃避中のサッカー部エース』。……ほら、紙飛行機、早く飛ばしなよ」
律は一瞬呆れたように目を見開いたけれど、すぐに諦めたようにフッと笑うと、大きく窓を開けた。
目の前に広がる夏の雄大な桜島に向かって、その紙飛行機を、今夜訪れるはずの絶望ごと吹き飛ばすみたいに力一杯に投げ放った。
私は夢中で、もう一度ファインダーを覗き込む。
紙飛行機は、梅雨明けの乾いた夏の風に乗って、驚くほど高く、遠くへ――律の惨めな現実を乗せたまま、夕日のオレンジ色の中に溶け込むように飛んでいく。
その自由で綺麗な軌跡と、それをすがるような目で見送る律の後姿に向けて、私はもう一度シャッターを切った。
カシャーッ――。
「どこまで飛ばす気よ……」
私はカメラを構えたまま呆れたように呟いたけれど、レンズ越しに見える律の背中があまりにも小さくて、胸の奥がキュッと絞めつけられるように痛かった。
律の手から離れた紙飛行機が、グングンと飛距離を伸ばしていく。
生ぬるい風に乗って、ゆらゆらとゆっくり、だけど遠くへ。
落ちてしまえば、ただのぐしゃぐしゃの赤い点数がついた紙くずだ。
それでも、夕映えの風を捉えて懸命に羽ばたくその不格好な姿は、大人の決めたルールや『正解』の枠組みから必死に逃れようと足掻く、私たちの姿そのものに見えた。
もしあの一機が、このまま落ちずに桜島まで飛んでいってくれたなら――。
律の絶望も、私の惨めな嫉妬も、全部一緒に連れていってくれたなら。
そしたら、何にも怯えることなく、うまくやれそうな気がするのにな……。
そんな子どもじみた奇跡を、どうか起こしてほしいと祈ってしまうほど、律の後ろ姿は夕日の中に頼りなく溶け込んでいた。
