いつかのまほろば

 列車が大きく揺れる。その瞬間、窓は黒に染まり、自分の顔が映る。確かに、浮かない顔だ。

「自分の家系は、みんな長寿なんだ」

なんでこの話を、名も知らぬ男に話すのだろう。自分でも不思議だった。

「そりゃあいいことじゃないか」

 向かいの男は戸惑いつつ、興味のなさそうに言った。

「いや、少し言い間違えた。長寿というより、年を取るのが遅いんだ」

「というと?」

「だいたい普通の人より四倍は年を取るのが遅いかな」

 なるほど、と向かいの男は言うが、いまいちわかっていなさそうだ。

「……自分は寛政(かんせい)生まれだが、そんなふうには見えないだろう」

 何も考えずに話し出したので、次に何を話すか決めていない。次に何を話すか考えていると、向かいから返事がないことに気がつく。

「信じていないだろう」

「当たり前だ。証拠はあるのか、証拠は」

 証拠、なんて言えるもの、あっただろうか。記憶の奥から引っ張り出そうと、腕を組んで考え出す。

 考え出して三分が経った頃だろうか。ふと、これなら証拠になる、と思ったものを忘れぬうちに話し出した。

「確か江戸時代が終わる前だったけな。最後にでかい飢饉(ききん)があっただろう」

「天保の飢饉だっけな。学校で聞いたよ」

 学校、ああ、寺子屋のことか。
 一瞬、学校がわからなかった自分に落胆を覚える。最近の世間について勉強したはずなのにな。

「……その飢饉のとき、食べ物なんてほとんど出回らないから、毎日いもを食ってたんだ」

 窓の外はまだ暗い。このトンネルはずいぶんと長いらしい。

「本当にふかしたいもだけ食ってたんだ」
 と付け足しておく。あの時のことを思い出すと、今でも腹の虫が鳴きそうだ。

「それで、いもに食い飽きたもんだから、他の食べれるものを探すんだ。でも、そもそも食い物なんて売ってないか、子供の小遣いじゃ買えない値段なんだよなだから……」

「だからどうしたんだ?」

 本当に言っていいものか、と思いつつ、ここまで言ったのだから、と口を開く。

「虫を捕って食べたことがある」

 そう言うと向かいの男は顔を引きつらせ、敬遠するかのような目でこちらを見てきた。

「……ちゃんと火は通したのか」

 そこを聞いてくるのか、と不意に笑いつつ、

「一応炙ってから食べた。美味しくはなかったな」

 と答える。向かいの男は、自分の向かいに座る男が寛政生まれかどうかではなく、虫を食べたことがある、ということの方にあっけをとられている様子だった。