いつかのまほろば

 駅は縁日のようににぎわっていた。
 ただ、聞こえてくるのは太鼓や笛の祭囃子(まつりばやし)ではなく、肉声の軍歌であった。

 入ってすぐの駅のホームには、見送りの家族連れ、肩を組んで歌う兵士でいっぱいだった。

 その雰囲気はどうも暑苦しく、ホームの隅へと足を運んだ。

 田舎の小さな駅なので、暑苦しさはほとんど変わらなかったが、間近にいるよりかはましに思える。

 父も戦争へ行ったとき、似たようなことを考えていたのだろうか。

 線路のはるか向こう側には、青々とした緑の山が連なっている。その山際から朝日が顔を出している。

 この景色を見れるのは、次があるだろうか。それとも、これが最後だろうか。

 遠くのほうから、列車が揺れる音が聞こえてくる。

 後ろを向くと、柵に(へだ)てられたホームの外は、いつも通りの住宅街が広がっている。
 いつもなら、新聞を読み上げる父の声を聞きながら、朝食を作り始める頃合いなのに。

 背後で大きなものが止まる気配がした。足元には、自分の影よりも大きな影が落ちている。

 軍歌が止む。足音が群れを成す。

 自分の影は、大きな影に重なっている。もう戻れないような気がした。

 周りの足音がしだいに小さくなっていく。自分も、行かないと。

 列車のほうへと向き直し、扉へと一歩、また一歩と歩き出す。

 列車に一歩踏み入ったそのとき、ふいに、ぽつん、と何かが床に落ちた。

 こんな晴れの日、しかも列車の中で雨なんて、不思議なもんだなあ。

「君、どうしたんだよ。こんなところで泣いて。ましてやこんな日に」

 自分と同じ軍服を着た男に、怪訝(けげん)な目つきで言われた。

「いえ、今朝女房(にょうぼう)と喧嘩をしたまま家を出てしまったものですから」

 出てきたのは咄嗟(とっさ)の嘘だった。噓をついたってその場しのぎにしかならないとわかっていたのに。

 涙がこぼれないよう目を閉じないようにしながら、

「すいません」

 と言い座席の方へと歩き出す。男とすれ違ったときだった。

女々(めめ)しい」

 聞かす気しか感じない独り言。もはや全てが滑稽(こっけい)に思えてしまった。

 どうして今日はこうも、泣いてばかりでうまくいかないのだろう。