しかし俺の覚悟に反してその一件から、凪紬の過保護が加速した。
「李斗ー」
語尾を伸ばしてご機嫌そうにこちらに向かってくる。そんな人の1人しかいない。
ネクタイを緩めながら、俺の机に手をかけ俺と視線を合わせるためにしゃがむ。もちろん凪紬が腰を下ろすと、身長があまり高くない俺でも凪紬を見下ろす形になる。ただ立ったまま話されると首が折れそうなほど見上げなくてはいけなく、文句を口にした。凪紬がこうしてしゃがむようになったのはそれからだった。
こういうさりげない優しさが狡いとまで思っている。
「んだよ」
「今週の土曜、あそばない?」
「何して」
「んー、歩く」
「……たった今予定入った」
露骨に悪態をつく。凪紬がそれを正面突破してくることをわかった上での言動に、我ながら意地が悪い。
「嘘でしょ‼︎ 李斗は何かやりたいこととかないの⁉︎」
「あるもないも、友達と遊んだことないんだから知らねぇよ。凪紬が誘ったんだから何か候補だして」
「だから、歩……いっ!」
思い切り手の甲をつねる。
「ばーか」
「李斗ー……」
凪紬に頬を軽い力でつねられる。つねるというか触れる程度だ。
「仕返し」
「じゃ、待ち合わせ、9時30分ね!」
勝手に取り付けられた約束が嫌ではなかった。むしろいつもより早く起床してリビングのテレビを眺める時間さえある。
休日の凪紬はどちらの姿でくるのだろうか。
テレビの中の爽やかという言葉がよく似合うアナウンサーがカメラに向かって笑顔で話す姿。
この人も実は別の姿を持っているのではないかなどと思考を巡らす。
——凪紬ならどっちでもいいか。
洗面台に向かい鏡を覗き耳にかかっている髪を片耳だけかける。普段はピアスを見えないようにしているせいか、鏡の中の自分が新鮮でこのままの髪型で出かけることにした。
出かける間際に、バイト以外の時間に出かける俺を不思議に思った母が声をリビングから顔だけを出して不安そうに口をひらく。
「バイト……じゃないよね?」
「違うよ。遊びに行くだけ……と、友達と……」
こんな他愛もない会話を齢17にして初めてした。友達という言葉に心が躍っているのは俺だけではないのかもしれない。
「そう」
たった一言、母の声が一段と落ち着いて聞こえる。続け様に明るくホッとしたような透き通る「いってらっしゃい」という母の声に送り出される。
待ち合わせ場所をメッセの画面で確認する。朝起きた時も確認したが、人と待ち合わせることのない俺にとって、知っている場所とは言え若干の不安が残る。
早めに着いて止まっていると街ゆく人の視線を感じとってしまう感覚が好きではない。俺のことを見ているわけではない。それをわかった上で感じてしまう視線が自意識過剰に感じ好きではなかった。
視線が一気に動く。
「ごめん、待たせた?」
「いや」
視線を奪っていた人物に納得する。背が高いというだけでも視線を集めるというのに、そのスタイルの良さを際立てさせるロングコートに細身のスキニー。極め付けには太陽の光を反射させるような真っ白な髪に秀麗な翠色の瞳をしている。
「……今日はそっちなんだな」
「うん?」
「なんでもない。どこ行くんだ?」
「ショッピングモール」
バスを利用して到着した先のショッピングモールには、ハートとピンクを基調とした装飾で彩られている。
「今日バレンタインか」
「ん!」
手のひらを突き出す凪紬に「なんだよ」と、顔を顰める。
「李斗はくれないの?」
「あげるわけないだろ……」
「えー」
不満そうに言う凪紬に、「欲しいならくれ」と、鼻で笑い冗談混じりに吐き捨てる。
あらゆる店をボーッと眺めながら歩く。結局、歩いているだけだったが「あれが似合う」「あーゆーのはちょっと苦手」なんていう好みも嫌いも知れるのが嬉しかった。とあるジュエリーショップの前で凪紬が立ち止まる。
——指輪?
視線の先には、宝石等は付いていないシンプルなシルバーの指輪だ。
「欲しいの?」
「いや指輪は手に違和感あるから苦手。でも俺シンプルなデザイン好きだなって」
「ふーん」
凪紬はシンプルなデザインの方が好きなんだ……またひとつ知れたと顔が緩みそうになった。
昼時のフードコートは家族連れをはじめとする老若男女で混み合っているため、席を見つけるので一苦労だ。
食べたいものが特になかったので、凪紬と同じものでいいと伝える。俺が席を確保している間に凪紬が注文をしに行ってくれた。
「楽しいな……」
ポツリと独り言をこぼし口角が無意識に上がる。
——あぁ。こうやって休みの日に出かけることが友達というものか。学校じゃなくてずっとこの時間が続けば良いのに。
弾む気持ちに浸っている次の瞬間その口角を下げさせた。
「あの!」
声のする方に顔をあげる。複数の面識のない女子たちに囲まれていた。女子たちはいかにもお出かけをしているという服と髪型で着飾っていて、そのうちの1人が口を開いた。
「ファンスタとかやってたら教えてもらえないかなって‼︎」
赤た頬と凪紬のことかと理解した。
煩累なことに、どこに行っても凪紬のことばかり聞かれる。ファンスタというのは、高校生の間で人気のあるコミュニケーションツールだ。それ自体は知っていたが俺はやっていなく当然凪紬のアカウントなど知りもしない。
「いや……」
口をつぐむ。タイミングが良いのか悪いのか片手にバランスよくお盆を持った凪紬が女子たちを割って入ってきた。
軽く歓声を上げる女子まで出たことで注目を浴びてしまう。
無視を決めこんでいた凪紬が人差し指を口元に当て、にんまり笑う。
「俺らデート中だからナンパ禁止だよ?」
また小さく歓声をあげて女子たちは去っていった。
「何話してたの?」
「ファンスタ聞かれた」
「教えたの?」
「俺が人のアカウント勝手に教える奴だと思ってんの?」
「ん?」と、理解できない顔をする凪紬を無視して話続ける。なぜか焦り饒舌になった。
「マジで凪紬が来たんだから直接聞けば良いのに、遠回しに俺に聞いて来やがって。仮に俺が教えたとしても連絡する気ないだろ。まぁ、そもそも俺はファンスタやってねぇけどな」
「……さっきの子たち本当に俺のファンスタ聞きにきたの?」
「え? 凪紬以外いなくねぇか?」
「かわいい。かわいすぎるよ、李斗」
——なんのことだ?
疑問に思っていると、お盆を持っていなかった方の手を差し出された。
「はい、ハッピーバレンタイン」
凪紬の顔がすっぽりと覆われるほどの大きさをしたクマのぬいぐるみを大切なものを扱うように、長く骨ばった指が包み込んでいる。
クマのぬいぐるみの後ろから満面な笑みの顔を出す。凪紬がしたその仕草に、頬が緩んだ。
心臓の音はこんなに早かっただろうか。
揺さぶられる心を苦し紛れの笑顔で隠す。
「なんだよ、それ」
「バレンタインだよ? ……注文してから時間あって隣のゲーセンで取っただけなんだけど、なんか吊り目で李斗に似てたからつい」
ぬいぐるみに手を伸ばす。
——どうして……友達同士ってバレンタインにこんなことするのか?
友達だとわかっているのに片耳にかけていた髪を外し、熱くなる耳を隠す。
「これ似合ってるのに」
外した髪の一束、そのままを耳にかけ戻される。
似合っていると思っていたのが自分だけではなく視界が晴れた気持ちになり、この髪型も悪くないとは思った。
赤くなる耳を隠せないのを除けば……。
「ま、まあ悪くないよな。今度からこれにしよっかな」
「やだ」
「え?」
「あっ……い、いや似合ってるけど、うちの学校ピアス校則違反でしょ?」
確かにそれもそうだと思う反面、俺が何しようが学校から言われることもないだろうと杞憂する。
昼食を終え、また歩き出したとき「少し待ってて」と言われ、ショッピングモールのソファに腰掛ける。ぬいぐるみを腕に抱え凪紬の姿を目で追う。お手洗いに姿を消したことを確認し俺は視線を外した。
もらったクマのぬいぐるみの手足を弄る。こういう待ち時間を体験することがない俺にとってどう時間を使えば良いのかわからないのだ。
思い返すと、凪紬の指にはアクセサリーの類はなく学校でネックレスが見え隠れしているのは気がついていた。もちろんネックレスも校則違反ではある。俺が校則に対して言えることはないため黙っているが、そばにいるから気づいていた。
——ネックレスなら……
思い立つとスッと席を立ち凪紬が帰ってくるまでのおよそ数分の間で戻ってこなくてはいけないと足早にジュエリーショップに向かった。
先ほど凪紬が眺めていた指輪を指差し、「これ、ネックレスにできませんか?」と店を巡回していた店員に問う。
「できますよ! 別途お金はかかってしまいますが、それでもよろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
幸い俺はバイトをしているお給料があり、それもほとんど手をつけていない。消費する場面がなかったからだ。それに俺の中で凪紬が喜ぶ顔の方が優先された。
それからネックレスチェーンの色と長さを選考し、凪紬に映えそうなシルバーのネックレスができあがった。仕上がりに満足して、顔がニヤつくのを抑えながら会計へ急いだ。
「プレゼント用ですか?」
「はい」
すると店員が「素敵ですね。彼女さん喜びますよ」とにこやかにこぼしながらラッピングしてくれる。
彼女ではない。ましてや、恋人でもない凪紬にアクセサリーを贈ろうとしていたことにハッとさせられる。今からやっぱりやめますとは言い出すことはできず手際よくラッピングされるアクセサリーを眺めることしかできなかった。
「誰にあげるの? さっきの女の子?」
声がかけられると同時に片腕で抱えていたぬいぐるみが引き抜かれ取られる。
「凪紬……!」
「素敵ですよねー。シルバーアクセの方がとか、ゴールド系も見てみたとか沢山お相手のこと考えられていてこちらまで幸せにならせていただきました」
——余計なことを!!
「……そうだったんですね! 行こっか李斗」
軽く頭を下げながら小さな紙袋を受け取る。店を先に出た凪紬は店先で待つことはせず、足早に先を進む。普通に歩いている凪紬に小走りでついていく俺は、普段どれだけ歩幅を合わせてもらっていることに気づかされる。と同時に、距離が開けば開くほど追いつけない距離に苦しくなる。
「待ってよ。凪紬!」
ピタリと止まった凪紬はこちらには向かずにいう。
「誰に渡すの?」
「振り向いて」
「……やだっていったら?」
「じゃあ屈んで」
凪紬は渋々屈む。俺はせっかく包んでもらったネックレスを取り出して、凪紬の首に回すと金具を後ろで固定してつけた。
その瞬間、凪紬はバッと後ろを振り返って指輪の部分を握りしめて立ち上がる。
「こ、れ……」
「凪紬にあげるしかないに決まってるだろ? ぬいぐるみ返せ」
「そう、だったんだ。俺てっきり……」
首から耳まで真っ赤にする凪紬に釣られて俺まで身体が火照る。
「ありがとう。李斗」
「別に。もらってばかりになるのは悪いだけだし……」
「そっか。ありがとう」
二度も言う凪紬に思わず「わかったから!」と強く言う。
凪紬に、それが照れ隠しであるというのはバレていたようで俺の横にくると満面な笑みで俺に体重を預ける。
「2年生最後の期末テスト勉強してる?」
「なんで今、聞くんだよ。雰囲気ぶち壊しやがて」
「今思い出したんだもん。なんかこれ付けてたら勉強も頑張れそうだなーって思った。高校生ぽいでしょー」
「俺が高校生みたいじゃないって言いたいのか?」
「違うよー!」
「で、勉強はどうなの?」
「やらなくてもいいだろ」
「ダメだよ! 勉強は学生の本分だよって誰かが言ってた」
「いや……わかってるよ。難しい応用とか出るわけでもないのに、普段からやってれば点は取れるだろ?」
「……もしかして李斗って頭いい?」
凪紬も結局見た目で判断していたのだ。
「さぁな」
*
期末テストが無事終わり、その結果が個人ごとに配布される。俺は自身の結果を受け取ると流れるようにうつ伏せになり、寝る体制に入る。
片耳では、期末テストの度に聞き飽きるほど耳にしたセリフが飛んできた。
「また2位かよ!! マジで1位誰だよ!!!!」
毎度の如く、騒ぎ立てる。
学年1位と2位がこのクラスにいることを知る人はいない。
伏せて置きっ放しにされていた俺の成績表を無断で手に取る凪紬が当然かの口ぶりで言う。
「あ、やっぱ1位なんだ」
一気に視線がこちらを向く。そして騒いでいた中心人物が、俺の席までズンズンと近づいてきて低い声を出す。
「は? 花園なの? 嘘だろ??」
顔が引き攣る。これは、よくないな。そう思った時だった。
「どうやって勉強してんの⁉︎」
その言葉を皮切りに次々に話し出す。
「花園ってバイトまでしてるもんね」
「え! 花園ってバイトしてるの⁉︎」
「わたし、朝練前に走っているときにパン屋さんで掃除してたの見たことある」
「確かに、朝早いから俺だったら家帰ったら爆睡するよ。時間なんてどこにあるんだ?」
「花園は学校で寝てるから……」
「だったら、余計いつ勉強してんのって話‼︎」
「すごすぎじゃね⁉︎」
「時間の使い方大優勝」
「学校で寝るのは違うと思うけどね……」
「あはは!」
クラスメイトが俺を囲んで笑い声をあげる。
——あれ……?
嫌煙されていると思っていた。実際にしているやつもいたけど、そうじゃない方が圧倒的に多かったのかもしれない。バイト先など見つかったら揶揄われると思っていた。昔から良くない噂を流されることも少なくなかったから、お店に迷惑がかかるとまで考えていた。実際は、ただのお客さんとして、ただの通行人として見ていてくれただけだった。
ゆっくりと顔を上げる。
どうやら、俺が見えていたのはほんの一部のクラスメイトだったようだ。
——見た目で判断していたのは俺の方なんだ。
じわりと、目頭に熱を感じる。情けなくて、それなのに、クラスのみんなの温かさが胸を突いて、我慢すればするほど、鼻のあたりに刺激を感じる。
「ごめん……」
俺は、今人と関わることが少しだけ怖くなくなった。
それも、凪紬がいてくれないとわからなかったことだ。
——なんか今すぐ凪紬に抱きつきたい。
「な、凪紬は?」
「そう言えば、さっき教室出て……」
「ありがと!」
最後まで聞き取らず、俺は教室を飛び出した。凪紬がいたのは、初めて俺が”凪紬”と呼んだ人気のない廊下。窓の外の桜の木を眺めているところだった。
後ろから近づき、大きな凪紬の背中に抱きついた。
「俺が人気になったら自分の人気を取られたって泣いちゃうか?」
「そんなわけなでしょ」
凪紬は振り返り、俺を包み返してくれてそれが心地良い。そして、首を直角にし仰ぎ見る。
「なぁ、凪紬。俺の秘密言っていいか」
——凪紬には聞いて欲しい。
「李斗ー」
語尾を伸ばしてご機嫌そうにこちらに向かってくる。そんな人の1人しかいない。
ネクタイを緩めながら、俺の机に手をかけ俺と視線を合わせるためにしゃがむ。もちろん凪紬が腰を下ろすと、身長があまり高くない俺でも凪紬を見下ろす形になる。ただ立ったまま話されると首が折れそうなほど見上げなくてはいけなく、文句を口にした。凪紬がこうしてしゃがむようになったのはそれからだった。
こういうさりげない優しさが狡いとまで思っている。
「んだよ」
「今週の土曜、あそばない?」
「何して」
「んー、歩く」
「……たった今予定入った」
露骨に悪態をつく。凪紬がそれを正面突破してくることをわかった上での言動に、我ながら意地が悪い。
「嘘でしょ‼︎ 李斗は何かやりたいこととかないの⁉︎」
「あるもないも、友達と遊んだことないんだから知らねぇよ。凪紬が誘ったんだから何か候補だして」
「だから、歩……いっ!」
思い切り手の甲をつねる。
「ばーか」
「李斗ー……」
凪紬に頬を軽い力でつねられる。つねるというか触れる程度だ。
「仕返し」
「じゃ、待ち合わせ、9時30分ね!」
勝手に取り付けられた約束が嫌ではなかった。むしろいつもより早く起床してリビングのテレビを眺める時間さえある。
休日の凪紬はどちらの姿でくるのだろうか。
テレビの中の爽やかという言葉がよく似合うアナウンサーがカメラに向かって笑顔で話す姿。
この人も実は別の姿を持っているのではないかなどと思考を巡らす。
——凪紬ならどっちでもいいか。
洗面台に向かい鏡を覗き耳にかかっている髪を片耳だけかける。普段はピアスを見えないようにしているせいか、鏡の中の自分が新鮮でこのままの髪型で出かけることにした。
出かける間際に、バイト以外の時間に出かける俺を不思議に思った母が声をリビングから顔だけを出して不安そうに口をひらく。
「バイト……じゃないよね?」
「違うよ。遊びに行くだけ……と、友達と……」
こんな他愛もない会話を齢17にして初めてした。友達という言葉に心が躍っているのは俺だけではないのかもしれない。
「そう」
たった一言、母の声が一段と落ち着いて聞こえる。続け様に明るくホッとしたような透き通る「いってらっしゃい」という母の声に送り出される。
待ち合わせ場所をメッセの画面で確認する。朝起きた時も確認したが、人と待ち合わせることのない俺にとって、知っている場所とは言え若干の不安が残る。
早めに着いて止まっていると街ゆく人の視線を感じとってしまう感覚が好きではない。俺のことを見ているわけではない。それをわかった上で感じてしまう視線が自意識過剰に感じ好きではなかった。
視線が一気に動く。
「ごめん、待たせた?」
「いや」
視線を奪っていた人物に納得する。背が高いというだけでも視線を集めるというのに、そのスタイルの良さを際立てさせるロングコートに細身のスキニー。極め付けには太陽の光を反射させるような真っ白な髪に秀麗な翠色の瞳をしている。
「……今日はそっちなんだな」
「うん?」
「なんでもない。どこ行くんだ?」
「ショッピングモール」
バスを利用して到着した先のショッピングモールには、ハートとピンクを基調とした装飾で彩られている。
「今日バレンタインか」
「ん!」
手のひらを突き出す凪紬に「なんだよ」と、顔を顰める。
「李斗はくれないの?」
「あげるわけないだろ……」
「えー」
不満そうに言う凪紬に、「欲しいならくれ」と、鼻で笑い冗談混じりに吐き捨てる。
あらゆる店をボーッと眺めながら歩く。結局、歩いているだけだったが「あれが似合う」「あーゆーのはちょっと苦手」なんていう好みも嫌いも知れるのが嬉しかった。とあるジュエリーショップの前で凪紬が立ち止まる。
——指輪?
視線の先には、宝石等は付いていないシンプルなシルバーの指輪だ。
「欲しいの?」
「いや指輪は手に違和感あるから苦手。でも俺シンプルなデザイン好きだなって」
「ふーん」
凪紬はシンプルなデザインの方が好きなんだ……またひとつ知れたと顔が緩みそうになった。
昼時のフードコートは家族連れをはじめとする老若男女で混み合っているため、席を見つけるので一苦労だ。
食べたいものが特になかったので、凪紬と同じものでいいと伝える。俺が席を確保している間に凪紬が注文をしに行ってくれた。
「楽しいな……」
ポツリと独り言をこぼし口角が無意識に上がる。
——あぁ。こうやって休みの日に出かけることが友達というものか。学校じゃなくてずっとこの時間が続けば良いのに。
弾む気持ちに浸っている次の瞬間その口角を下げさせた。
「あの!」
声のする方に顔をあげる。複数の面識のない女子たちに囲まれていた。女子たちはいかにもお出かけをしているという服と髪型で着飾っていて、そのうちの1人が口を開いた。
「ファンスタとかやってたら教えてもらえないかなって‼︎」
赤た頬と凪紬のことかと理解した。
煩累なことに、どこに行っても凪紬のことばかり聞かれる。ファンスタというのは、高校生の間で人気のあるコミュニケーションツールだ。それ自体は知っていたが俺はやっていなく当然凪紬のアカウントなど知りもしない。
「いや……」
口をつぐむ。タイミングが良いのか悪いのか片手にバランスよくお盆を持った凪紬が女子たちを割って入ってきた。
軽く歓声を上げる女子まで出たことで注目を浴びてしまう。
無視を決めこんでいた凪紬が人差し指を口元に当て、にんまり笑う。
「俺らデート中だからナンパ禁止だよ?」
また小さく歓声をあげて女子たちは去っていった。
「何話してたの?」
「ファンスタ聞かれた」
「教えたの?」
「俺が人のアカウント勝手に教える奴だと思ってんの?」
「ん?」と、理解できない顔をする凪紬を無視して話続ける。なぜか焦り饒舌になった。
「マジで凪紬が来たんだから直接聞けば良いのに、遠回しに俺に聞いて来やがって。仮に俺が教えたとしても連絡する気ないだろ。まぁ、そもそも俺はファンスタやってねぇけどな」
「……さっきの子たち本当に俺のファンスタ聞きにきたの?」
「え? 凪紬以外いなくねぇか?」
「かわいい。かわいすぎるよ、李斗」
——なんのことだ?
疑問に思っていると、お盆を持っていなかった方の手を差し出された。
「はい、ハッピーバレンタイン」
凪紬の顔がすっぽりと覆われるほどの大きさをしたクマのぬいぐるみを大切なものを扱うように、長く骨ばった指が包み込んでいる。
クマのぬいぐるみの後ろから満面な笑みの顔を出す。凪紬がしたその仕草に、頬が緩んだ。
心臓の音はこんなに早かっただろうか。
揺さぶられる心を苦し紛れの笑顔で隠す。
「なんだよ、それ」
「バレンタインだよ? ……注文してから時間あって隣のゲーセンで取っただけなんだけど、なんか吊り目で李斗に似てたからつい」
ぬいぐるみに手を伸ばす。
——どうして……友達同士ってバレンタインにこんなことするのか?
友達だとわかっているのに片耳にかけていた髪を外し、熱くなる耳を隠す。
「これ似合ってるのに」
外した髪の一束、そのままを耳にかけ戻される。
似合っていると思っていたのが自分だけではなく視界が晴れた気持ちになり、この髪型も悪くないとは思った。
赤くなる耳を隠せないのを除けば……。
「ま、まあ悪くないよな。今度からこれにしよっかな」
「やだ」
「え?」
「あっ……い、いや似合ってるけど、うちの学校ピアス校則違反でしょ?」
確かにそれもそうだと思う反面、俺が何しようが学校から言われることもないだろうと杞憂する。
昼食を終え、また歩き出したとき「少し待ってて」と言われ、ショッピングモールのソファに腰掛ける。ぬいぐるみを腕に抱え凪紬の姿を目で追う。お手洗いに姿を消したことを確認し俺は視線を外した。
もらったクマのぬいぐるみの手足を弄る。こういう待ち時間を体験することがない俺にとってどう時間を使えば良いのかわからないのだ。
思い返すと、凪紬の指にはアクセサリーの類はなく学校でネックレスが見え隠れしているのは気がついていた。もちろんネックレスも校則違反ではある。俺が校則に対して言えることはないため黙っているが、そばにいるから気づいていた。
——ネックレスなら……
思い立つとスッと席を立ち凪紬が帰ってくるまでのおよそ数分の間で戻ってこなくてはいけないと足早にジュエリーショップに向かった。
先ほど凪紬が眺めていた指輪を指差し、「これ、ネックレスにできませんか?」と店を巡回していた店員に問う。
「できますよ! 別途お金はかかってしまいますが、それでもよろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
幸い俺はバイトをしているお給料があり、それもほとんど手をつけていない。消費する場面がなかったからだ。それに俺の中で凪紬が喜ぶ顔の方が優先された。
それからネックレスチェーンの色と長さを選考し、凪紬に映えそうなシルバーのネックレスができあがった。仕上がりに満足して、顔がニヤつくのを抑えながら会計へ急いだ。
「プレゼント用ですか?」
「はい」
すると店員が「素敵ですね。彼女さん喜びますよ」とにこやかにこぼしながらラッピングしてくれる。
彼女ではない。ましてや、恋人でもない凪紬にアクセサリーを贈ろうとしていたことにハッとさせられる。今からやっぱりやめますとは言い出すことはできず手際よくラッピングされるアクセサリーを眺めることしかできなかった。
「誰にあげるの? さっきの女の子?」
声がかけられると同時に片腕で抱えていたぬいぐるみが引き抜かれ取られる。
「凪紬……!」
「素敵ですよねー。シルバーアクセの方がとか、ゴールド系も見てみたとか沢山お相手のこと考えられていてこちらまで幸せにならせていただきました」
——余計なことを!!
「……そうだったんですね! 行こっか李斗」
軽く頭を下げながら小さな紙袋を受け取る。店を先に出た凪紬は店先で待つことはせず、足早に先を進む。普通に歩いている凪紬に小走りでついていく俺は、普段どれだけ歩幅を合わせてもらっていることに気づかされる。と同時に、距離が開けば開くほど追いつけない距離に苦しくなる。
「待ってよ。凪紬!」
ピタリと止まった凪紬はこちらには向かずにいう。
「誰に渡すの?」
「振り向いて」
「……やだっていったら?」
「じゃあ屈んで」
凪紬は渋々屈む。俺はせっかく包んでもらったネックレスを取り出して、凪紬の首に回すと金具を後ろで固定してつけた。
その瞬間、凪紬はバッと後ろを振り返って指輪の部分を握りしめて立ち上がる。
「こ、れ……」
「凪紬にあげるしかないに決まってるだろ? ぬいぐるみ返せ」
「そう、だったんだ。俺てっきり……」
首から耳まで真っ赤にする凪紬に釣られて俺まで身体が火照る。
「ありがとう。李斗」
「別に。もらってばかりになるのは悪いだけだし……」
「そっか。ありがとう」
二度も言う凪紬に思わず「わかったから!」と強く言う。
凪紬に、それが照れ隠しであるというのはバレていたようで俺の横にくると満面な笑みで俺に体重を預ける。
「2年生最後の期末テスト勉強してる?」
「なんで今、聞くんだよ。雰囲気ぶち壊しやがて」
「今思い出したんだもん。なんかこれ付けてたら勉強も頑張れそうだなーって思った。高校生ぽいでしょー」
「俺が高校生みたいじゃないって言いたいのか?」
「違うよー!」
「で、勉強はどうなの?」
「やらなくてもいいだろ」
「ダメだよ! 勉強は学生の本分だよって誰かが言ってた」
「いや……わかってるよ。難しい応用とか出るわけでもないのに、普段からやってれば点は取れるだろ?」
「……もしかして李斗って頭いい?」
凪紬も結局見た目で判断していたのだ。
「さぁな」
*
期末テストが無事終わり、その結果が個人ごとに配布される。俺は自身の結果を受け取ると流れるようにうつ伏せになり、寝る体制に入る。
片耳では、期末テストの度に聞き飽きるほど耳にしたセリフが飛んできた。
「また2位かよ!! マジで1位誰だよ!!!!」
毎度の如く、騒ぎ立てる。
学年1位と2位がこのクラスにいることを知る人はいない。
伏せて置きっ放しにされていた俺の成績表を無断で手に取る凪紬が当然かの口ぶりで言う。
「あ、やっぱ1位なんだ」
一気に視線がこちらを向く。そして騒いでいた中心人物が、俺の席までズンズンと近づいてきて低い声を出す。
「は? 花園なの? 嘘だろ??」
顔が引き攣る。これは、よくないな。そう思った時だった。
「どうやって勉強してんの⁉︎」
その言葉を皮切りに次々に話し出す。
「花園ってバイトまでしてるもんね」
「え! 花園ってバイトしてるの⁉︎」
「わたし、朝練前に走っているときにパン屋さんで掃除してたの見たことある」
「確かに、朝早いから俺だったら家帰ったら爆睡するよ。時間なんてどこにあるんだ?」
「花園は学校で寝てるから……」
「だったら、余計いつ勉強してんのって話‼︎」
「すごすぎじゃね⁉︎」
「時間の使い方大優勝」
「学校で寝るのは違うと思うけどね……」
「あはは!」
クラスメイトが俺を囲んで笑い声をあげる。
——あれ……?
嫌煙されていると思っていた。実際にしているやつもいたけど、そうじゃない方が圧倒的に多かったのかもしれない。バイト先など見つかったら揶揄われると思っていた。昔から良くない噂を流されることも少なくなかったから、お店に迷惑がかかるとまで考えていた。実際は、ただのお客さんとして、ただの通行人として見ていてくれただけだった。
ゆっくりと顔を上げる。
どうやら、俺が見えていたのはほんの一部のクラスメイトだったようだ。
——見た目で判断していたのは俺の方なんだ。
じわりと、目頭に熱を感じる。情けなくて、それなのに、クラスのみんなの温かさが胸を突いて、我慢すればするほど、鼻のあたりに刺激を感じる。
「ごめん……」
俺は、今人と関わることが少しだけ怖くなくなった。
それも、凪紬がいてくれないとわからなかったことだ。
——なんか今すぐ凪紬に抱きつきたい。
「な、凪紬は?」
「そう言えば、さっき教室出て……」
「ありがと!」
最後まで聞き取らず、俺は教室を飛び出した。凪紬がいたのは、初めて俺が”凪紬”と呼んだ人気のない廊下。窓の外の桜の木を眺めているところだった。
後ろから近づき、大きな凪紬の背中に抱きついた。
「俺が人気になったら自分の人気を取られたって泣いちゃうか?」
「そんなわけなでしょ」
凪紬は振り返り、俺を包み返してくれてそれが心地良い。そして、首を直角にし仰ぎ見る。
「なぁ、凪紬。俺の秘密言っていいか」
——凪紬には聞いて欲しい。



