新しくあてがわれた邸宅で、二人の生活が始まった。
影森寅次郎という男は、夫として決して不誠実ではなかった。
毎朝、決まった時間に起き、新しく引き継いだ慣れない家業の書類に目を通し、京華が部屋に入れば、いつものように人当たりの良い、穏やかな笑みを浮かべてみせる。衣食住の何一つ不自由のないよう、京華への気配りも欠かさなかった。
けれど、だからこそ哀しかった。
ひとつ屋根の下、生活を共にすればするほど、京華には痛いほど分かってしまうのだ。彼のその穏やかな優しさは、妻への情愛ではなく、ただ「影森の跡取り」として、格上の妻に失礼のないよう扱うための、義務としての優しさなのだと。
ふとした瞬間に、寅次郎は窓の外を、遠い目で見つめていることがあった。
その昏く沈んだ瞳の先にいるのが誰なのか、京華には分かりすぎるほど分かっていた。彼の心の中には、あの夕暮れの路地で、重い荷物をひょいと持ってあげていた仕立屋の娘――サヨしかいないのだ。
(私は、彼の心を殺してここに置いている)
毎夜、隣の寝所に消えていく彼の背中を見送るたび、京華の胸は罪悪感で引き裂かれそうになった。
「あなたが欲しかったものは、何でも手に入る」
かつて当たり前だと思っていた家の権力は、今や、愛する人の心を永遠に縛り付ける、呪いの鎖でしかなかった。
影森寅次郎という男は、夫として決して不誠実ではなかった。
毎朝、決まった時間に起き、新しく引き継いだ慣れない家業の書類に目を通し、京華が部屋に入れば、いつものように人当たりの良い、穏やかな笑みを浮かべてみせる。衣食住の何一つ不自由のないよう、京華への気配りも欠かさなかった。
けれど、だからこそ哀しかった。
ひとつ屋根の下、生活を共にすればするほど、京華には痛いほど分かってしまうのだ。彼のその穏やかな優しさは、妻への情愛ではなく、ただ「影森の跡取り」として、格上の妻に失礼のないよう扱うための、義務としての優しさなのだと。
ふとした瞬間に、寅次郎は窓の外を、遠い目で見つめていることがあった。
その昏く沈んだ瞳の先にいるのが誰なのか、京華には分かりすぎるほど分かっていた。彼の心の中には、あの夕暮れの路地で、重い荷物をひょいと持ってあげていた仕立屋の娘――サヨしかいないのだ。
(私は、彼の心を殺してここに置いている)
毎夜、隣の寝所に消えていく彼の背中を見送るたび、京華の胸は罪悪感で引き裂かれそうになった。
「あなたが欲しかったものは、何でも手に入る」
かつて当たり前だと思っていた家の権力は、今や、愛する人の心を永遠に縛り付ける、呪いの鎖でしかなかった。


