雨錆の歯車は静かに回る

 屋敷に戻るや否や、京華は人目を忍んで谷垣を自身の部屋へ呼び出した。


 バタン、と激しく障子を閉め、京華は振り返る。その目には、大粒の涙がたまっていた。






「あなたが言ったのね!? どうして……どうしてそんなことをしたの、谷垣!」






 激しい怒りと悲しみに震えるお嬢様の声に、谷垣は衝撃を受けたように目を見開いた。


「お嬢様……私は、ただ、あなた様が街であのお方を切なげに見つめていらしたから……。お嬢様があれほどお慕いしている御方なら、來城の力を持ってすれば必ずお側へ置いて差し上げられると……お幸せに、なっていただけると思ったのです」






 谷垣の顔には、一片の悪意もなかった。そこにあるのは、ただ純粋な忠義と、良かれと思ってしたことが裏目に出たことへの、深い困惑だけだった。





「違うのよ、谷垣……!」
京華は顔を覆い、堰を切ったように泣き崩れた。





「あの方にはね、心から愛し合っている人がいたの。私があの方を見つめていたのは、あのお二人に幸せになってほしいって、そう思っていたからなのよ……! なのに、私のせいで、私が余計なことをしてしまったせいで、あの方の幸せを全部壊してしまった……!」



「――っ」







 谷垣は、息の根を止められたように凍りついた。



 己の早とちりが、お嬢様の純粋な願いを、そしてお嬢様自身の手を汚すような結果を招いてしまった。良かれと思って動いた自分の忠義が、最も守りたかったお嬢様の心を、これ以上ないほどに残酷に踏みにじってしまったのだ。






「お嬢様……私は、なんということを……。今すぐ、私がこの命に代えても、この縁談を破談に……!」
 青ざめた顔で床に伏せ、声を震わせる谷垣。



 しかし、京華は涙を拭い、小さく首を振った。



「もう遅いわ、谷垣。……もう、決まってしまったことだもの」






 影森の家にとっても、來城の家にとっても、これはすでに公式に決まった婚姻だ。格下の影森家から破談を申し出ることなどできず、來城家から覆せば影森の家は帝都で生きていけなくなる。この時代、家の名が絡んだ婚姻から逃れる術など、どこにもないのだ。






「あなたのせいじゃないわ。……誰も、悪くないの」






 京華は立ち上がり、窓の外の曇り空を見つめた。

 胸の奥にある痛みを、ぎゅっと堪えながら、京華の心の中にひとつの覚悟が宿る。



「私が、この運命を受け入れて生きていくしかないのよ」




 自分のせいで彼の心を殺してしまったのなら、せめて、生涯をかけてその罪を背負おう。京華は唇を強く噛み締め、静かに前を見据えた。