雨錆の歯車は静かに回る

 華やかな料亭の一室。庭園の青々とした緑が美しいその部屋で、來城家と影森家の顔合わせが執り行われていた。


 京華は、父に言われるがまま、最高級の織物で作られた訪問着に身を包み、お利口な人形のように座っていた。

 「お前が気に入っている男との縁談だ」と父から告げられたとき、京華は耳を疑った。なぜ父が寅次郎のことを知っているのか、なぜこんな話になっているのか、頭が真っ白のまま、今日という日を迎えてしまったのだ。




 やがて、障子が開いた。


「――遅れて申し訳ありません。影森寅次郎です」



 入ってきたのは、仕立ての素晴らしい袴を穿いた寅次郎だった。

 かつて雑踏で見せた、あの気楽な放蕩息子のようでありながらも芯の通った佇まいは、今は見る影もない。彼の肩は重苦しく落ち、何よりも、その瞳が酷く昏く沈んでいた。
 いつも眠たげに細められていたあの目は、今は生気を失い、まるで死人のように濁っている。


 その姿を見た瞬間、京華は冷水を浴びせられたようにすべてを察した。





(違う……。これは、彼の望んだことじゃない)





 彼は長男の代わりに家を継がされ、そして、この格上の家との婚姻を強制されたのだ。彼の心にはサヨがいる。あの、世界で一番大切そうに愛おしんで笑い合っていた、あの娘がいるのに。







 自分の存在が、彼の手からサヨを奪ってしまった。

 自分の、あの浅はかな恋心が、彼の人生を、彼の幸せを、完全に殺してしまったのだ。







「寅次郎、來城家のお嬢様だぞ。お前のために、これほどのお方が……」
 
 影森の父が嬉しそうに促すが、寅次郎はただ、機械的に頭を深く下げるだけだった。





「……よろしく、お願い致します」




 その低い声には、何の感情も、何の温度もなかった。ただ、逆らえぬ運命にすべてを諦めた男の、乾いた響きだけがあった。




 

 京華は、目の前が暗転するほどの激しい罪悪感に襲われていた。申し訳なくて、胸が引き裂かれそうで、ただ頭を下げる寅次郎の姿を、涙を堪えて見つめることしかできなかった。