こころ

 天野さん達のやり取りを聞いた次の日。昇降口でふと見ると、花崎さんの下駄箱の扉がボコボコになっていた。念のため、写真を撮り、証拠として残しておく。もしかしたら、上履きにも何かされていたかもしれない。
 昇降口から教室に向かい、いつものように教室に入る。俺の席に行き、花崎さんの机の方を見る。
 花崎さんは窓際の前のほうの席で、俺はその隣の列の後ろの席だから様子がよく見える。
 花崎さん本人は何事もないかのように座ってるけど、机に何かされた痕跡となにか持っているのが見えた。周囲でその様子を見ている人達ーー恐らく天野さん達の取り巻きと本人が
「強がっちゃってウケるぅ」
 そう言ってクスクスと笑っているのが聞こえた。
(あいつら……)
 助けないとマズい。そう思って行動に移そうとしたとき、不意に花崎さんが振り向く形で目があった。その瞳には恐怖と哀しみで揺れているように俺は見えた。それと同時に
(来ないでほしい)
 そう言っているようにも見えた。花崎さんはそのまま前を向いてしまった。俺はなにもできず、そのまま自分の席にいた。
 エスカレートするのは明白だった。天野さんは現に花崎さんのことを憎々しげ見ている。取り巻きはその様子に怯えているように見えた。
 なにもできないことが歯痒くてならなかった。でも、本人が望まない以上、俺には教室では(・・・・・・)なにもできない。
 チャイムの音が聞こえてすぐに担任ーー林鈴先生が来た。
「席に着いてください。出欠と朝のSHRを始めます。日直の方お願いします」
 花崎さんの様子に気にもせず、SHRを始めたのだった。

ー☆ー

 私は昇降口で下駄箱を開けようとして動きを止めた。扉がボコボコになっていた。
(一体誰がこんなことを)
 下駄箱に触れると、下駄箱の記憶を接触感応(サイコメトリー)で読んだ。これをやった人物が解ったとき、嫌な予感がした。
(ボコボコにしたのは取り巻きだけど、主犯格は天野恵ね)
 天野恵。クラスに君臨する女王のような存在。中学時代に「心の声」を聞いたことがある人物。積極的にいじめを行っていて、どうやら私はターゲットにされたらしい。
(高校2年にもなっていじめなんて)
 このときの私はそう思っていた。後にそれは甘かったと私は痛感することになる。
 ボコボコにされた下駄箱を開ける前に周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、中を透視する。すると、上履き以外になにか入っているのが判った。恐る恐る出すと、上履きの中にカミソリが入っていた。
(危なかったわ……)
 あのまま出していたら指を切っていた。再度周囲を見渡す。誰もいないことを確認するとカミソリを念動力(サイコキネシス)で浮かし、持っていた小さな紙袋に入れた。
 教室に向かっていつものように入り、自分の席につこうとした。座ろうとして思わず机を凝視した。
 机には大きく
「バーーカ、消えろ!キモいんだよ」
 と書かれていた。私は消す前に写真を撮り証拠として残した。消しゴムで消していると
『頭がいいってだけでムカつく』
「心の声」が聞こえた。声の主は誰か判っている。判っているのに咄嗟に声がするほうに振り向いてしまった。
 天野恵がいつの間にか居た。そして目があった。その瞬間、にぃと天野恵は笑った。
「これで終わると思うなよ」
 私しか聞こえない声量でそう言った。嫌な予感が当たってしまった。エスカレートするであろうことは明白だ。
 他のクラスメイトが登校してきた。その中に高野昴もいた。机から本を出そうとしたときだった。かさりとなにか音が聞こえた。
(紙……?)
 机の中に折りたたまれた紙が入っていた。私は恐る恐る開く。そこには机と同じ言葉が書かれて入っていた。私は思わず握りしめた。すると
「強がっちゃってウケるぅ」
 天野恵がそう言って取り巻きと笑い合っているのが聞こえた。私は聞こえないフリをする。
『あいつら……』
 今まで聞こえたことがなかった高野昴の「心の声」が聞こえた。私は後ろを振り返り、高野昴を見た。
 高野昴が私のことを助けようとしているのは判った。でも、そうしてしまってはターゲットにされてしまう。高野昴を制止するように見つめ、視線を机に戻す。高野昴が私のところに来ないところをみるに、意図は伝わったみたいだった。
 チャイムの音が聞こえてすぐに担任ーー林鈴先生が入って来た。
「席に着いてください。出欠と朝のSHRを始めます。日直の方お願いします」
 私の様子に気付いてるのかいなのか分からないまま、SHRが始まった。

ー☆ー

「花崎さんが持っていた紙、なにが書かれていたんだ?」
 高野昴は屋上に来るなりそう言った。私は答えなかった。なにか言いたそうにしている高野昴に
「なにもないわ。大丈夫よ。心配しないで」
 と言った。
 大丈夫。痛みはない。辛くない。悲しく、ない。
「なにもないわけないだろ?下駄箱だってボコボコにされてて、その上机になにか書かれた痕跡があって……!」
「大丈夫よ」
「大丈夫なわけ……!」
「大丈夫よ」
 大丈夫。そう繰り返す。
 はぁとため息をついて
「……わかった。これは言っておく。俺は花崎さんの味方だから」
 不本意そうな、納得してない顔で高野昴は言った。
「助けようとしてくれて、ありがとう」
 私はそう高野昴に言った。
 そのあと私達は昼休みが終わるまで無言だった。