こころ

 その日の午前の授業は何事もなく終わった。
 昼休みになると同時に私は屋上へ向かった。
「花崎さん」
 屋上へ入る直前、高野昴に声をかけられた。私は返事をせず、屋上の扉を開けた。高野昴もついてきて
「一緒に食べよう」
 と言ってきた。その言葉に不本意だけれど頷き、ガーデンテーブルに2人で座った。
 私と高野昴は無言のままお昼を食べ始めた。
「いい天気、だね」
 食べながら高野昴はそう言った。
「そうね」
「天気が悪いときもここに来てるの?」
「そうね。よほどがない限りは」
 この屋上には屋根があるガーデンテーブルやベンチもある。悪天候でも屋上が閉鎖でもしない限り来ていた。
 独りでいたいし、独りがいいから。
 いつの間にか高野昴はお昼を食べ終わっていた。穏やかに笑いながら私のことをみていた。
「高野昴は」
 私はそこで言うのをやめた。私は食べ終わってから
「どうして今日も屋上に来たの?」
「どうしてって、ここに来れば花崎さんと話せると思ったから」
 なんてことないように、高野昴は言う。私と話すことなど、なにもないだろうに。それを見透かしたかのように、高野昴は口を開いた。
「俺は話したいと思った人としか話さない。教室では花崎さんは話しかけてほしくなさそうだから、話はかけない。それに、話すことはなにもなくないよ」
(本当によくみてる)
 私はそう思った。人の僅かな表情の変化や視線、態度を見逃さず、的確に読み取る。高野昴は観察力と観察眼、洞察力が人より高いことが窺える。
(ボロが出なくても超能力があるって見抜かれてしまいそう)
 このときの私は、この考えが本当に当たることになるとは思わないでいた。
「普通ってなんだと思う?」 
 高野昴の唐突すぎる問いに、私は答えられないでいた。高野昴は気にした風でもなく続ける。
「広辞苑的に言ってしまえば、珍しくなく、世間の平均(なみ)であって、どこにでもある状態を示す1番意味が広い言葉になる。珍しくないってなんだろう?世間の平均は?」
 この問いに私は
「両親がいて、友達もいる。お昼も皆で食べる。放課後もどこかで遊んだりする。他愛な話もする」
 と答えた。答えながら私は
(私が1番普通じゃない)
 と思った。そう思う私に、私の答えを聞いた高野昴は
「確かに学校に通う学生なら(・・・・・・・・・)、そうかもね。それが基準になるなら、俺も花崎さんも普通の枠から外れることになる。だけど、普通じゃないってことにはならないと思うし、誰かに迷惑をかけてるわけじゃない。誰も困らない」
 と言った。その通りだ。と私は思った。けれど
「少しでもその普通から離れてると、異物扱いになる」
 私はその事をよく理解していた。私が普通じゃない理由は、超能力があるってだけじゃないから。
「自分の常識が他人の非常識ってわけだ。それを知らない奴が多い。だからいじめがなくならない」
「本当に、そうね」
 私は心からそう思った。
「私の普通は」
 口にするべきか、正直悩んだ。悩んで言い淀んだ。けれど
「私にとっての普通は、独りでも生きること。例えそれが、人に理解されなくても」
 高野昴は否定しないような気がした。
「そうだね。俺もそう思う」
 否定されないとは思っていたけど、まさか肯定されるとは思っていなかった。
「話してて思ったんだけど、花崎さんはさ、自分のこと普通じゃないって思ってるでしょ?」
「な、なにを言って……」
 高野昴の言葉に驚き、私は思わず立ち上がってしまった。
 ガタガタと椅子が音をたてた。
「枠から外れることになるって言っただけで、普通じゃないとは言ってないよ。嫌な思いさせちゃったならごめん。でも、そうかなって思った」
 俺もそうだから。と高野昴は言った。
 なにも言えないでいると
ーーキーンコーンカーンコーン……。
 昼休みの終わりを告げる予鈴が聞こえた。私はそのままお弁当を持って、出入口に向かった。高野昴もついてきた。
「また話そうよ、嫌じゃなければ」
 私は悩んだ。嫌じゃない、とは思う。けど
(気をつけないと)
 と思った。本当に超能力がないのかと思うほどに。
 私は悩んで、悩んで、悩んで。出入口から振り返って
「楽しいと思ってもらえる、なら」
 と答えた。高野昴は嬉しそうに笑って
「じゃあまた、ここで」
 そう言って教室に戻って行った。
 私はふうと息を吐いた。緊張していたらしい。
 高野昴の姿を完全に見送ってから私も教室に戻る。戻る道すがら思う。
(本当に超能力がないのよね)
 超能力があるのなら、私には分かる。でも、超能力を感じなかった。
(本当に危険だわ)
 人とより高いなんてものじゃないと思った。それと同時に
(ああ言われたのに、不快だとか嫌な気分にはならなかった)
 図星だと思った。高野昴はどう思ったか分からないけど。
 ふと、高野昴の嬉しそうに笑った顔を思い出す。
(私と話すのが楽しい、か)
 私と話すことなどないって思っていたけど、高野昴は違う。それが嬉しいと思う日が来るのだろうか。
 そんなことを考えていたら教室の前に着いていた。私は扉を開けて、教室に入っていった。