東野宮茜は屈しません! 〜元敵国同士の和平結婚〜



「ふぁあああ」

 茜よりも先に家を出て大和大帝国議会に着いていた杜人は、誰もいないことをいいことに大きなあくびをする。できればこんなに早く出勤せずにもっと寝ていたかったが、そういうわけにもいかなかった。
 というのも、西ノ宮の人々は時間にルーズな人が多い。そのため、杜人がいないとみんな遅刻し、準備が遅れる傾向にあるので、議会がある日は杜人が早めに来るようにしていた。
 今日も例に漏れずこうして杜人が早めに来ていたおかげで、西ノ宮側も遅刻なし、準備も滞ることなくスムーズに進んでいた。

(昨日はせっかくの休みだったんやし、もっとゆっくりしていればよかったなぁ。茜さんに触発されて、つい仕事を頑張りすぎてもうたわ。……まぁ、一日寝て過ごすよりはマシか)

 昨日は茜に起こされて、一緒に朝食をとったあとは別行動していたのだが、自室に戻ると近くから茜の鍛錬の声が聞こえてきた。それを聞いていたらなんだか自分も仕事をしたほうがいい気がして、休日だったのに自然と仕事に没頭してしまった。
 仕事が終わった頃にはかなり集中したせいか疲労感は凄まじかったが、溜まっていた書類は綺麗に片付いたので、寝不足なこと以外は杜人としては悪くない休日ではあった。

(そういえば、茜さんもお兄さんの付き添いで議会来るって言うてたな。今まで気づかんかったけど、おったんやな)

 人に対して興味がない杜人は結婚したことで初めて茜を認識した。
 ちなみに、茜の兄であり、東野宮の当主である司のことは未だにまともに顔を覚えていないのは秘密だ。

「……っ! へぇ、見違えるなぁ。凛々しい姿カッコええなぁ」

 視線だけで周りを見回したとき、茜がいることに気づく。その姿は祝言のときとも家の中にいるときとも違って凛々しい。可愛らしいと思っていた普段の姿とはまた違った一面が見られて、思わず杜人の視線は茜に釘付けだった。

「って、いくら奥さんやからって見過ぎたらあかんよな。……って、あのバカぼん。またアホなことやってるな」

 視線を外したあともう一度茜を見ると、遠い親戚である男が茜に絡んでいるのが見えた。
 家柄は大したことないのに、見栄っ張りで男尊女卑思考。相手を格下と見れば、女も男もネチネチと嫌味を言ってバカにすることで有名なやつである。

「全く。余計な仕事を増やしよって。いい加減、わからせなあかんな」

 建前で祝言にも呼んでいたので、相手が誰かわかって絡んでいることは明白だった。杜人には腰が低くぺこぺことしているくせに、八つ当たりで茜に横柄な態度を取っていることが許せない。
 茜は目の前で怒鳴られながらも毅然とした態度をとっていて、その健気な姿に杜人の男への苛立ちはさらに増しながらも、それを顔には出さずに足早に茜のところへ行く。

「僕の妻に何かご用ですか?」

 茜と男の間に割って入るように声をかければ、男だけでなく茜も驚いた顔をしていた。そのあと、すぐに安堵した表情を浮かべる彼女に、もっと早く介入すればよかったと後悔が押し寄せるも、目障りなこいつを一刻も早くどこかへやろうと視線を男に向けた。

「あ、な、なぜ、西ノ宮様が……」

 あからさまに狼狽える男。
 相変わらず杜人には強く出られないらしい。内心、こいつダサいなと思いながらも、そんな気持ちはおくびにも出さずに笑みを浮かべながら男を詰めた。

「先程も申したが、彼女は私の妻です。それから、彼女は東野宮の姫でもある。それを知っていての狼藉か? 確か、貴方は先日の祝言に出席していたはずでは?」
「そ、そうですけど。けれど、彼女は婚姻したと言っても東野宮の人間で……!」
「では、理解していてこの蛮行に及んだということで間違いない、と。……ほう、なるほど。つまり、西ノ宮の決定に異議を唱えるということでよろしいか? お父上にも確認してみましょうか」
「そ、れは……! 失礼しました。申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
「僕ではなく彼女に謝罪してくれないか?」

 あえて怒気を含んだ声音で凄めば、すぐさま茜に謝罪する男。そのあと茜が気遣ってくれたにの関わらず、逃げるようにこの場をあとにする男に「情けない男やな」と内心で悪態をついた。

「身内が大変な失礼をしました。申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず。むしろ茜を助けていただき、ありがとうございました」

 できれば先に茜に詫びたがったが、一応国家当主に謝罪するのが筋だろうと、とりあえず司に一言詫びておく。

「茜さんも気を悪くさせてしまって申し訳ない」
「いえ。杜人様が来てくださったおかげで助かりました。ありがとうございます」

 頭を下げる茜の微かに震える指先を見て、杜人は無性に腹が立ってくる。と同時に、やはりもっと早く気づいていればと改めて後悔した。

「そう言ってもらえると助かります。では、司様は、このあとよろしくお願いします」
「後ほど議会で」

 言いながら、杜人は踵を返す。

(形だけの嫁とはいえ、俺のもんに手を出すなんて。あいつにはきちんとした躾をせなあかんなぁ)

 杜人は表には全く出さないながらもどす黒い感情を抱きながら、逃げた男を追うのだった。