東野宮茜は屈しません! 〜元敵国同士の和平結婚〜

「目が覚めてしまいました」

 慣れとは怖いもので、満身創痍で就寝し、休日ということで午前いっぱい惰眠を貪ろうと画策していたのにまだ陽も出ていない早朝に茜は目が覚めてしまった。
 二度寝をしようともう一度目を閉じるも、鳥の鳴き声や庭にある鹿おどしの音などが気になって眠れずに再び目を開ける。

「潔く起きるとしましょうか」

 二度寝を諦め、茜は身を起こすと身支度を始める。
 そして、準備が整うと愛用の木刀片手に庭へ出るのだった。



「あら、茜様。これから起こしに行くところでしたのに」

 鍛錬を終え、かいた汗を流すために湯浴みを済ませて自室に帰っていると、廊下でばったり福に会う。

「本当は休日なのでもっと寝ていようと思ったのですが、どうにも寝れなくて。長年染みついた癖は治らないものですね」
「それなら、早速朝餉にします? すぐにご用意できますよ」
「嬉しい、ありがとうございます。実はお腹ぺこぺこでして。昨日の祝言では挨拶に忙しくてあまり食べる暇もありませんでしたから」
「では、すぐに用意して参りますね。茜様は居間でお待ちください」

 福はそう言って頭を下げるとぱたぱたと台所へと向かって行く。大喰らいで食いしん坊な茜は「朝餉は何かしら」と気持ちを逸らせながら、軽やかな足取りで居間へと向かった。



「美味しい〜! ご飯が何杯も進んでしまいますね!」
「茜様。おかわりはいっぱいありますから、どうぞたくさんお召し上がりください」

 山盛りご飯五杯を食べてもなお衰えない食欲。普段の茜を知らない西ノ宮の人々は配膳をしながら引いていた。
 一方、福は見慣れているので、茜の気持ちのいい食べっぷりにニコニコしている。

「東野宮の食事も美味しいですが、西ノ宮の食事も美味しいですね。お出汁が違うのでしょうか。あとお野菜も違いますよね?」

 茜が、配膳をしている西ノ宮の使用人に声をかける。
 この屋敷には西ノ宮、東野宮それぞれから使用人が選ばれて仕えているのだが、いくら東野宮出だからといって東野宮の人間だけでつるむのはよろしくないと、茜は積極的に西ノ宮の使用人に関わろうとしていた。元々、西ノ宮をあまりよく思っていなかったとはいえ、そういうところでは茜は公平な人であった。

「あ、はい。昆布から出汁をとっていまして、薄口醤油で味付けをしております。野菜も京野菜というもので、一般的に流通しているものとは違ったお野菜を使ってます」
「なるほど。奥深いですね、西ノ宮。この飾り包丁も綺麗ですし、食事を目でも楽しめるなんて。見た目も味も素敵で、丁寧に作られているのがよくわかります」

 東野宮の濃い味付けとは違ったあっさりとした味付け。
 けれど、出汁の旨さでいくらでも箸が進む。さらに、花のような形の人参や、亀のような形のきゅうりなど、食べるのがもったいないほど美しい。
 食べることが大好きな茜は、この食事を食べられただけで西ノ宮に嫁いでよかったと思えるほど西ノ宮の食事に満足だった。
 西ノ宮の使用人達も茜から褒められて、少なからず嬉しそうな顔をしている。

「ところで、杜人様は? まだご就寝なのでしょうか」

 茜が西ノ宮の別の女中に声をかける。
 すると、その女中は人見知りなのか、突然声をかけられたことで戸惑った様子を見せた。

「は、はい。あの、杜人様は朝があまり強くはいらっしゃらないので、このお時間は就寝なさっていると思います」
「そうなの。でも、せっかくの食事が冷めちゃうから、起こしに行ったほうがいいのではないかしら?」
「い、いえ! お気遣いなく。杜人様は朝餉はいつもお召し上がりにならないので」
「えぇ!? どうして。朝から食べないとやる気が出ないではないですか」

 茜が驚くと、さらに困惑した様子を見せる女中達。茜の疑問に答えることもできず「どうしてとおっしゃられましても……」と言葉を濁すばかりで、答えは返ってこなかった。

「わかりました。では、私が起こして参ります」
「えぇっ! そんな! 茜様がわざわざそんなことをなさる必要はございません」
「とりあえず行くだけです。起きないと言われたらそのまま撤退してきますから」

 女中が困惑した様子を見せるが、あえて気づかないフリをして茜は席を立つ。東野宮の人間とはいえ、今は杜人の妻。西ノ宮の使用人達はどうにか引き留めたそうにしているが、茜に何か物申すことはできずにその背を見送るのだった。



「うーん。でも、起こしに来たのはいいですが、どうやって起こしましょう」

 使用人達に杜人の部屋を聞いて、部屋の前に着いたのはいいのだが、ここからどうしようかと頭を悩ませる茜。とりあえず、一度外から声をかけてみるかと声をかけるも、反応はない。

「一応、起こしに来たわけだし、まずはちゃんと起こしたほうがいいですよね。ということは、中に入らなければなりませんね」

 許可なく入ってもいいだろうかと考えるも、一応形だけとはいえ妻なわけだし、部屋に入って咎められることはないだろうとたかを括る。
 そして、「失礼しま〜す」と声をかけながら、茜は杜人の部屋の障子を開けて入室した。

「……何もない」

 殺風景な部屋。
 私物らしい私物はほぼなく、目に見えるのは布団と杜人のみしかなかった。

(引越したばかりだから? それにしても、何もなさすぎる気がします……って、詮索するのもよくありませんよね。起こしに来たのですし、余計なことは考えないでさっさと起こしてしまいましょう)

 日差しが差し込んでいても、締め切られた部屋の中は少し暗い。なので、恐る恐ると言った様子で茜は部屋の中央で寝ている杜人のそばまで近寄る。
 そして、杜人のそばまで行くと、茜はその近くで腰を下ろして正座した。

「……やっぱり寝ている」

 寝相がいいようで、杜人は布団が綺麗な状態で仰向けで寝ていた。顔を覗き込めば、寝息もあまり立てずに静かに寝ている。

(綺麗な顔……)

 祝言のときにも思ったが、整った顔立ちをしていると、寝ている杜人の顔を見つめる。

(睫毛が長い。私以上かもしれません。肌もきめ細かくて綺麗ですし、どういうお手入れされているのかしら。……って、私ったら何をやっているのでしょう。杜人様を起こしに来たというのに)

 ついつい杜人の顔を見入ってしまって、本来の目的を忘れていたことに気づく。

(うーん。でも、ここからどうやって起こしましょう)

 杜人を目の前にしてもどうやって起こそうかとふりだしに戻る。同じく朝が弱い兄を叩き起こすことはよくあったが、いくら夫とはいえ新婚初日で叩き起こすわけにはいかないだろう。
 茜はうんうんと悩みながら、とりあえず布団の上から軽くとんとんと身体を叩いてみた。

(起きない)

 では、これならどうだと耳元で「杜人様、起きてくださーい。朝です。朝餉が用意されているので召し上がってくださーい」と優しく声をかける。
 これでダメなら、仕方ない。居間に戻ろうと立ち上がりかけたそのときだった。

「え!? わわっ!」

 突然、腕を引っ張られてバランスを崩し、そのままぐるんと視界が反転したかと思えば、真っ暗に。
 何が起きたかわからないで茜があたふたしていると、目の前に杜人の顔がある。いつのまに起きたのか、眉根を寄せながらこちらをまっすぐ見ていた。

「茜さんがなぜここにいるんです?」
「杜人様を起こしに来たんですっ」

 どうやら布団の中に引き摺り込まれたのだと、今更気づく。しかも、なぜか正面から抱きしめられていて、杜人と密着している状態。
 体温の高さ、少し甘い匂い、腕の逞しさなどを意識してしまって、茜の鼓動は大暴れし始めた。

「顔が真っ赤ですけど、大丈夫です?」
「そうおっしゃるのなら、離してくださいっ!」

 茜は必死に訴えると、杜人はすんなりと解放してくれる。茜がすぐさま布団から這い出ると、杜人も身を起こした。

「ふぁああ。すっかり目ぇ醒めてもうたわ。……それで? 僕を起こしに来たのはわかりましたが、何で茜さんがわざわざ起こしに来てくださったんです? 使用人達に止められませんでした?」

 片膝立ちし、それに肘をつきながら斜めから見上げてくる。それがなんだか色っぽくて茜はさらにドキドキした。

「と、められはしたんですけど。一応、私は妻ですし、朝食が美味しかったので、杜人様と共有したくて。もちろん、無理強いはするつもりはありませんよ? とりあえず私が勝手に起こしに参りました」
「ふぅん、なるほど。さいですか。ほな、行きましょか」

 そう言ってすくっと立ち上がる杜人。まさかこの状況で起きてくれるとは思わず、茜は面食らった。

「え。よろしいんですか?」
「えぇ。目も覚めたし、可愛い奥様に誘われたら行かざるをえないでしょう?」
「かっ……! そうやって、すぐにご冗談をおっしゃるのはよくないですよ」
「冗談じゃないんですけどねぇ。信じてもらえなくて悲しいわぁ。茜さんのこと、こんなに好いとうのに」
「す!? あ、わ、と、とにかく、朝食が冷めてしまいますから行きますよっ!」
「はいはい。あぁ、ちゃんとお礼言えてませんでした。起こしてくれてありがとうございます」
「っ! いえ、どういたしましてっ!」

 茜は照れ隠しをするように先に部屋を出ていく。
 そんな茜の後ろ姿を見ながら「茹で蛸みたいで美味そやなぁ」と杜人が独りごちる。
 そして、先程布団で抱きしめたときの風呂上がりのいい匂いと可愛らしい反応を思い出し、「ほんまに可愛えなぁ」と口元を緩めながら、ご機嫌な様子で居間へと向かうのだった。