「ふぁ〜! 疲れましたー!」
白無垢を脱ぎ、化粧を落とし、湯浴みを済ませた茜は布団の中へと思いっきり飛び込む。
結婚したとはいえ、結婚の条件で私室兼寝室を別にしているので、茜はこうして杜人のことを気にせず気兼ねなく過ごすことができた。
「茜様、はしたないですよ。それと、もう少し声量を控えてください」
「すみません。ですけど、本当に疲れたのです。今日くらいは大目に見てくださいませ」
年が近く幼少期の頃よりお側付きの福に苦言を呈されるも、茜は相変わらず布団に寝転がってゴロゴロとする。
目を瞑ると今日の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。
「それにしても、式がつつがなく終了してよかったですね」
「そうですね。思いのほか西ノ宮も大人しくてちょっと拍子抜けでした」
「ですが、茜様。油断されてはダメですよ? いつ本意を翻すかわかりませんから」
「はいはい。わかっていますよー」
そう言いつつも、茜としては案外悪い人ではなかった気がすると頭の端で考える。会う前までかなり陰気で性根がひん曲がった偏屈な人を想像していたので、その分の反動が大きいのだ。
「ちなみに、西の方って裏表がある方が多いそうですよ。あと二枚舌だったり京言葉といって皮肉を言ったりする方が多いとか」
「え。私、西ノ宮杜人に別嬪だって言われたのですが。もしかして、嫌味で言われたってことですか!? むきー! 信じられません!」
「茜様はお綺麗ですから、一概にはそうと言えないですよ」
「いいですよ。気を遣わなくたって」
むぅ、と茜は唇を尖らせる。
栗色の瞳は大きく、鼻筋は通り、唇はふっくら。顔立ちがハッキリとしていて細身の茜は東側では美人のくくりだ。
しかし、ネックなのは髪色である。
茜の髪はクセの強い赤毛で、黒髪ストレートが正義な大和大帝国ではあまり好まれるものではなかった。
(別嬪と言われてちょっと嬉しかったのに。騙されるところでした)
「ちなみに、西側では可愛らしいおっとりとした方が好まれるとか」
「ほら、やっぱり! 私と正反対じゃないですか」
「まぁまぁ、いいではありませんか。別に夫婦としては形ばかり。西ノ宮に好かれる必要なんてないのですから」
「それは、そうなのですが」
そうは言っても嫌われるよりかは好かれたい。
なぜか結婚式前なら全く思わなかった気持ちが今になって湧いてくる。
(いやいやいやいや、茜。ちょっといい人そうに見えたからって気を許してはダメですよ。私は結婚しても東野宮の人間。西ノ宮杜人なんかに屈してはいけません)
人のよさそうな顔をしていたが、評判がすこぶる悪いということは裏表が激しいということだろう。騙されてはいけないと茜は自分に改めて言い聞かせる。
「では、茜様。私はこれで。明日はお仕事お休みだそうですから、久々にゆっくりなさってくださいませ」
「ありがとう、福。そうさせてもらいます。では、お休み」
福は寝所の灯りを消して部屋を出ていく。
先程まで気にならなかったのに、慣れない部屋で一人きりというのはなんだか寂しい気がした。
(でも、慣れないと)
兄はいつでも戻ってきていいと言っていたが、そうは言っても簡単に戻ることは許されないだろう。心細いという理由ならなおさらだ。
「ふぁああ。もう寝ましょう。これ以上考えたって仕方ないことですもの。過ぎたことは変えられないのですし」
明日から新生活。どんな生活に変わっていくのか不安に感じながらも、茜は眠りにつくのだった。
◆
「はぁ。東野宮の連中はどいつもこいつも直情的でアホばっかで疲れるわ」
誰もいない部屋で布団の上に座り、頭を掻きながら独りごちる杜人。その顔は険しく、とても忌々しげだった。
というのも、先程の祝言で東野宮の親類達がこぞって杜人をおだて、自分達に便宜をはかってもらおうとしていた。
だが、そんな魂胆などお見通しの杜人はあえて空気を読まずに無碍に断ると、親類達は手のひらを返して杜人を罵ってきたのだ。杜人からしたらありきたりな光景である。
「西も東もろくでもないやつばかりでしょうもない。ほんまクソ喰らえや。アホらし」
西ノ宮の後継者という立場柄、幼少期から命狙われたり下心から擦り寄ってきたりする者が多く、杜人は極度の人間嫌いだった。表向きでは友好的に振る舞ってはいるものの、本音では東西問わず周りにいる人間を憎々しく思っている。
信頼のおけるわずかな人しか近くに寄せつけず、普段は護衛も使用人もつけずに一人きりで過ごすことが多かった。杜人は腕も立つし、頭も切れるし、非常に優秀な男で、人間嫌い以外には非の打ち所がない。
そのため、そんな杜人をよしと思わない輩が杜人の評判をわざと下げようと酷い噂を流しているのだが、杜人自身も悪い噂を流されることで、多少なりとも人が寄りつかなくなっているのが楽で、あえて噂は訂正せずに放置しているのが現状であった。
「それにしても、東野宮茜……おもろい子やったなぁ」
ハッキリとした美人で、気が強いのかと思いきや、褒められたらパッと華やぎ、気が乗らないときは顰めっ面とコロコロと変わる表情が印象的だった。杜人の悪評など知っているはずなのに、物怖じせずに思ったことを口にし、慮るような言動をしてくれる。さらに、杜人の本心を見抜くような言動も興味を惹かれた。
東野宮の連中は単純でアホばかりだと思っていたが、茜のように褒め言葉を素直に受け取り、照れてはにかむ姿は杜人も嫌いではなかった。
「とはいえ、しょせん東野宮の娘。そのうち粗が出るかもしれへんし、あんな条件出したんや、今後関わることもないやろ」
誰に聞かせるわけでもない独り言を吐きながら、杜人は就寝するのだった。
白無垢を脱ぎ、化粧を落とし、湯浴みを済ませた茜は布団の中へと思いっきり飛び込む。
結婚したとはいえ、結婚の条件で私室兼寝室を別にしているので、茜はこうして杜人のことを気にせず気兼ねなく過ごすことができた。
「茜様、はしたないですよ。それと、もう少し声量を控えてください」
「すみません。ですけど、本当に疲れたのです。今日くらいは大目に見てくださいませ」
年が近く幼少期の頃よりお側付きの福に苦言を呈されるも、茜は相変わらず布団に寝転がってゴロゴロとする。
目を瞑ると今日の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。
「それにしても、式がつつがなく終了してよかったですね」
「そうですね。思いのほか西ノ宮も大人しくてちょっと拍子抜けでした」
「ですが、茜様。油断されてはダメですよ? いつ本意を翻すかわかりませんから」
「はいはい。わかっていますよー」
そう言いつつも、茜としては案外悪い人ではなかった気がすると頭の端で考える。会う前までかなり陰気で性根がひん曲がった偏屈な人を想像していたので、その分の反動が大きいのだ。
「ちなみに、西の方って裏表がある方が多いそうですよ。あと二枚舌だったり京言葉といって皮肉を言ったりする方が多いとか」
「え。私、西ノ宮杜人に別嬪だって言われたのですが。もしかして、嫌味で言われたってことですか!? むきー! 信じられません!」
「茜様はお綺麗ですから、一概にはそうと言えないですよ」
「いいですよ。気を遣わなくたって」
むぅ、と茜は唇を尖らせる。
栗色の瞳は大きく、鼻筋は通り、唇はふっくら。顔立ちがハッキリとしていて細身の茜は東側では美人のくくりだ。
しかし、ネックなのは髪色である。
茜の髪はクセの強い赤毛で、黒髪ストレートが正義な大和大帝国ではあまり好まれるものではなかった。
(別嬪と言われてちょっと嬉しかったのに。騙されるところでした)
「ちなみに、西側では可愛らしいおっとりとした方が好まれるとか」
「ほら、やっぱり! 私と正反対じゃないですか」
「まぁまぁ、いいではありませんか。別に夫婦としては形ばかり。西ノ宮に好かれる必要なんてないのですから」
「それは、そうなのですが」
そうは言っても嫌われるよりかは好かれたい。
なぜか結婚式前なら全く思わなかった気持ちが今になって湧いてくる。
(いやいやいやいや、茜。ちょっといい人そうに見えたからって気を許してはダメですよ。私は結婚しても東野宮の人間。西ノ宮杜人なんかに屈してはいけません)
人のよさそうな顔をしていたが、評判がすこぶる悪いということは裏表が激しいということだろう。騙されてはいけないと茜は自分に改めて言い聞かせる。
「では、茜様。私はこれで。明日はお仕事お休みだそうですから、久々にゆっくりなさってくださいませ」
「ありがとう、福。そうさせてもらいます。では、お休み」
福は寝所の灯りを消して部屋を出ていく。
先程まで気にならなかったのに、慣れない部屋で一人きりというのはなんだか寂しい気がした。
(でも、慣れないと)
兄はいつでも戻ってきていいと言っていたが、そうは言っても簡単に戻ることは許されないだろう。心細いという理由ならなおさらだ。
「ふぁああ。もう寝ましょう。これ以上考えたって仕方ないことですもの。過ぎたことは変えられないのですし」
明日から新生活。どんな生活に変わっていくのか不安に感じながらも、茜は眠りにつくのだった。
◆
「はぁ。東野宮の連中はどいつもこいつも直情的でアホばっかで疲れるわ」
誰もいない部屋で布団の上に座り、頭を掻きながら独りごちる杜人。その顔は険しく、とても忌々しげだった。
というのも、先程の祝言で東野宮の親類達がこぞって杜人をおだて、自分達に便宜をはかってもらおうとしていた。
だが、そんな魂胆などお見通しの杜人はあえて空気を読まずに無碍に断ると、親類達は手のひらを返して杜人を罵ってきたのだ。杜人からしたらありきたりな光景である。
「西も東もろくでもないやつばかりでしょうもない。ほんまクソ喰らえや。アホらし」
西ノ宮の後継者という立場柄、幼少期から命狙われたり下心から擦り寄ってきたりする者が多く、杜人は極度の人間嫌いだった。表向きでは友好的に振る舞ってはいるものの、本音では東西問わず周りにいる人間を憎々しく思っている。
信頼のおけるわずかな人しか近くに寄せつけず、普段は護衛も使用人もつけずに一人きりで過ごすことが多かった。杜人は腕も立つし、頭も切れるし、非常に優秀な男で、人間嫌い以外には非の打ち所がない。
そのため、そんな杜人をよしと思わない輩が杜人の評判をわざと下げようと酷い噂を流しているのだが、杜人自身も悪い噂を流されることで、多少なりとも人が寄りつかなくなっているのが楽で、あえて噂は訂正せずに放置しているのが現状であった。
「それにしても、東野宮茜……おもろい子やったなぁ」
ハッキリとした美人で、気が強いのかと思いきや、褒められたらパッと華やぎ、気が乗らないときは顰めっ面とコロコロと変わる表情が印象的だった。杜人の悪評など知っているはずなのに、物怖じせずに思ったことを口にし、慮るような言動をしてくれる。さらに、杜人の本心を見抜くような言動も興味を惹かれた。
東野宮の連中は単純でアホばかりだと思っていたが、茜のように褒め言葉を素直に受け取り、照れてはにかむ姿は杜人も嫌いではなかった。
「とはいえ、しょせん東野宮の娘。そのうち粗が出るかもしれへんし、あんな条件出したんや、今後関わることもないやろ」
誰に聞かせるわけでもない独り言を吐きながら、杜人は就寝するのだった。



