東野宮茜は屈しません! 〜元敵国同士の和平結婚〜

 言われた通りの部屋に入ると、そこには既に先客がいた。

「おはようございます」
「……おはようございます」

(この人が、西ノ宮杜人)

 頭を下げたあと、杜人にバレないようにちらっと彼の顔を見る。

(もっと嫌味っぽいいけすかない顔かと思っていましたが、案外美男子)

 ちょっと長い黒髪はまっすぐサラサラ。瞳は黒曜石のようで柔和そうな顔立ち。肌は白すぎず、鼻筋は通っていて唇は薄い。あまり鍛えてはいなさそうな体格だが、すらっとしていて身長は茜よりも頭一つ分は高い。紋付袴もよく似合っている。声も高すぎず低すぎず心地よい声色で、ただ挨拶されただけなのに胸が少しだけ高鳴った。

(性格が悪くて嫌味っぽいって聞いてましたけど、意外にそうではない? いや、でも初対面だから取り繕っているだけの可能性もあるかもしれないですし)

 巷で西ノ宮杜人の評判はあまりよろしくない。冷徹で無慈悲。モラハラ。性格破綻者。非常に狡猾で、表面上はニコニコしていながら婉曲に嫌味を言う男。というのが世間一般の評価である。
 そのため、見た目や雰囲気だけで油断してはダメだと茜は自戒した。

「朝からぎょうさん人がおるせいで気ぃ張って大変やろうけど、お互い頑張りましょうね」
「ぎょ……ぎょう?」
「あぁ、たくさんって意味です。すんません。訛りが抜けきれなくて。一応、気をつけてはいるのですが」

 独特のイントネーション。方言に聞き馴染みがない茜は困惑するも、杜人がすぐさまフォローを入れてくれる。もっと気難しい人なのかと思いきや、意外に気安く話しかけられて戸惑うも、印象としては悪くなかった。

「あ、なるほど。……そうですね。本当にすごい人。雰囲気もあまりよろしいとは言えないし、嫌になってしまいますけど、これも仕事だと思ってお互い頑張りましょう」

 杜人の指摘通り東西それぞれの関係者達がこぞって押し寄せ、自分達を好奇な目で見てくる人々の姿に辟易していた茜は、杜人の言葉に同調する。
 先程まで身内には西ノ宮を拒絶するような反抗的な態度を取っていたというのに、緊張と気安く接してくれたこともあって、つい素直に杜人を気遣うような返事をしてしまった。
 すると、杜人が少しだけ目を見張ったような表情に変わる。そこで茜は自分が余計なことを言ってしまったことに気づいた。

(いやいやいやいや。なぜ私は相手の調子に飲まれているのでしょうか。相手に合わせてちょっと親しげに話しすぎました。無遠慮な女だと思われてますよね、きっと)

 単純で素直で優しい性格の茜は敵対視していた杜人に対して友好的な態度をとってしまったことに反省するも、今更どうしようもない。
 その後も、いきなり失礼な態度をとるのはよくないのではないか、とはいえ相手は元々敵国西ノ宮家だしと、うんうん唸りながら煩悶するも、結局正解はわからなかった。

「でも、お相手が想像以上に別嬪さんでよかった。遅くなりましたが、僕が西ノ宮杜人です。形だけとは聞いてますが、末永くよろしゅうお願いします」
「べっ……!? あ、いや、杜人様も男前だと思いますけど。って、私は東野宮茜です。こちらこそ、よろしくお願いします。あと、私の要望を色々と聞いてくださったというか、受け入れてくださったと聞きました。ありがとうございます」
「あぁ、いえ。その辺、僕にこだわりはないので。まぁ確かに、色々と要望がおありなのだなとちょっと身構えてしまいましたが」
「そっ、それに関しては申し訳ないです。ちょっと無理難題をふっかけていたつもりはあるというか、要望に関しては本意ではなくて、その……ワガママを言って杜人様にこの縁談を上手く断ってもらえたらいいな〜という淡い期待をしていました。ごめんなさい」

 杜人の言葉に申し訳なさが募って、つい謝罪の言葉を吐き出してしまう。聞いていたイメージとは全然違って想像以上に物腰が低く柔らかで、声音が優しい杜人に、単純で素直な茜は気を許してつい本音をぺろりと白状してしまった。

「っぷは。ふふ。面白い方ですね。茜さんは」

 (あ。笑った)

 西ノ宮杜人って笑うんだ、と思わず目を瞠る。笑われたことに関しては不本意ではあるが、冷徹だと悪評が立っている人が笑うなんて珍しいのではと惚けて見てしまう。

「結婚相手が茜さんでよかった。茜さんとは気が合いそうや」
「そうですか?」
「あれ? 僕の片想い?」
「いや、そういうんじゃ……ないですけど。本気じゃないですよね?」

 何となく杜人が上辺で話しているような気がしてそう指摘すれば、にぃっと杜人に笑われる。その表情は先程よりもなぜだか楽しそうだった。

「……へぇ。やっぱり面白い子やね、茜さんは。とにかく、今日はお互い気ぃあんま張らんと適当にやり過ごしましょ」
「そうですね。下手に気を遣うと疲れますし、今日はご馳走がいっぱいあるので、余計なことは考えずにご飯を楽しむことにします」
「はは。せやな。今後については今日を乗り切ってから考えましょ」
「会場準備が整いました。新郎、新婦の入場をよろしくお願いします」
「ほな、行こか」

 杜人に手を差し出される。
 茜はその手に自分の手を重ねると、杜人と一緒に披露宴会場へと向かうのだった。